第一章 一

 階段を降りるだけの所作は、目線の全てを惹きつけるように色気を醸し出している。白く雪のような肌に淡い青色の総髪そうがみの頭、腰まで伸びる長い髪を美しく揺らす。

 「やけに静かだと思って出て来てみれば。楽しそうだなあ、ディノック。」

 名を呼ばれたのは、つい今しがたダンを問い詰めていた大弓の男。

 威圧感のある笑顔に少し気圧された様子のディノックは、ばつが悪そうな様子で頭を掻いた。

 「喧嘩じゃねえっすよ、ギルド長。」

 へへ、と屈強な体を縮こませ、焦るように笑う。対して、ギルド長と呼ばれた女は腕を組み、気圧されるような威圧感を放つ。若い見た目とは裏腹に、歴戦の戦士のような雰囲気は、さりげなくこの場を離れようとしたダンの足を止めた。

 「分かっているさ。ダンとやら、ギルドへようこそ。私の名はミロク、ここの長をしている。」

 歓迎するよと笑うミロクは、値踏みするような眼でこちらを見る。髪と同じ色の瞳は力強く光り心の内側を見透かしているようだ。

 「ダンだ、逆さに読んでもな。歓迎してもらえるのは有り難いが、ここらで失礼するぜ。」

 何やら面倒な事になりそうだと直感したダンは、足早にその場を後にしようと後ずさるが、何かに背中を支えられる。

 「せっかちは嫌われるぞ。」

 先ほどまで目の前で笑っていたミロクがいない、加えて後ろからは彼女の声。後ろを向くと、腰に手を当て仁王立ちするミロクが得意げに言う。一瞬にしてダンの背後にまわったことを自慢するように、小さく膨らんだ胸を張る彼女は、ダンを逃すまいと出入口の前に立ちふさがる。

 「瞬間移動ができるのか。」

 どれほど速い動きであろうと見逃さない自身があったダンでさえ、眼で追うことが出来なかったミロクの動きは、言わば点と点を結ぶ瞬間的なもの。

 ダンのあっさりとした反応に納得がいかないのか不満げな表情のミロク。

 「別に珍しくもないって反応だなあ、つまらない。」

 べえ、と舌をだして不満を講義する彼女は、先ほどの威圧的なギルド長とは違い、まるで悪戯好きの童子のような顔を見せている。そんな顔も見せたのはほんの僅か、すぐにギルド長としての顔に切り替える。

 「少し話をしないかい?君には聞きたいことがある。」

 さあ観念しろとでも言いたげな、若干むかつくドヤ顔で迫るミロク。爽やかで微かに甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

 「それで、ご用件は?」

 溜息ひとつ、どうやらここからは逃がしてはもらえないようだ。ダンは降伏の姿勢でおとなしく話を聞くことに決めた。

 ディノック含めギルド内全ての人間を蚊帳の外に、ダンはミロク連れられる。ディノックには後で話す旨を伝え、案内されるまま二階への階段を上った。


 場所は変わって応接室。綺麗に整頓された室内で向き合う二人、妙な緊張感で居心地が悪い。落ち着きなくきょろきょろと中を見渡していると、彼女は落ち着いて話し始めた。

 「強引に連れて来てしまってすまない、お前さんに頼みたいことがあってな。」

 目を瞑り心境な面持ちのミロクは、話の内容が良からぬことであることを暗喩している。

 「依頼ってことでいいんだな、相手は?」

 そう返すと、彼女は体を引いて言葉に詰まる。なんだその反応は。やはり無理にでも帰るべきだったと内心後悔する。しかしそこまで口を重くさせる内容とやらも気にならないでもない。上げかけた腰を下ろし、目線で続きを促した。

 「依頼相手は、王族。」

 うへぇ。思わず声が漏れる。辟易しているのが伝わったか、ミロクも苦笑いを浮かべた。

 

 来たばかりの街に漂う暗雲に心曇らせながら、つい数刻前のそよ風と、朝日に輝く草木を思い出す。

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