第7話  赤と歌

巴side

 昼休みになり、私はざわざわしている教室にいる。弁当はもう食べたし、神楽は先生に呼ばれて職員室に行った。そんなわけで暇な私はスマホを取り出す。イヤホンをさし、歌を流す。

 優しいリズムと美しい歌声が耳の中で反響する。その余韻を感じているとトントンと肩をたたかれる。そっちのほうを見ると笑顔の神楽がいた。

「上野さん。なに聞いてるの?」

 イヤホンを外すとそんなことを聞いてくる。

「ん……?『ワスレナグサ』って歌。しんみりした感じがいい」

 私が言うと、神楽はキョトンとした顔になる。

「……『ワスレナグサ』?」

「うん。……もしかして知らないの?」

 すると目に見えて動揺する。

「あ、えっと……。うん、知らない。流行っているの?」

「……まあ流行っているな。おまえスマホ持ってねえの?」

 私が冗談半分に聞いてみる。すると神楽は少し首を傾げて、頬をかく。その表情は困っているような顔だった。

「まじで? 持ってねえの?」

 私がそう言うと数瞬黙った神楽はこくりとうなずいた。

「実はね、そんなお金とかないから買ったことないんだ」

 そう言って、ハハッと渇いた声で笑う。

「あ、でも家の電話はあるからね!」

 『心配ないよ』という顔をする神楽。だが、こんな時代にスマホを持ってないとか大丈夫なのか?

「……一緒に聞くか?」

 すると神楽はパッと顔を輝かせる。

「え? いいの? 聞きたい‼」

「ん……。いいぞ」

 私がそう言うと隣の椅子を持ってきて、隣に座る。

 ……ち、近くねえか?

 なぜか頬が熱くなってくる。

 だが、神楽は気にしていない ようだ。それどころか目をキラキラさせている。

「ん? どうしたの?」

「……いや、なんでもないです」

 私は右のイヤホンを渡す。神楽はイヤホンを受け取ると耳にさす。

「準備できたよ」

「ん……」

 なんか、恥ずかしい……。

 そんな感情を隠すように歌を流す。再生ボタンを押した瞬間、優しいイントロが耳を木霊こだまする。そして美しい声でAメロに入った。

 チラッと神楽のほうを見ると目を瞑って音楽に合わせて指でリズムをとっている。

(……まつ毛、長いな)

 ふと、そんなことを思った。本当に整った顔立ちをしている。肌は白くきめ細かいし、小顔で眉も整っている。指も細いし。って、なに考えてんだ。

 ……でも、1つの曲を一緒に共有する。なんだか、とても心地よかった。

悠side

 音楽が終わるとゆっくりと目を開く。その音楽の余韻に浸る。

「いい音楽だね。僕、結構好きか……も」

 そう言って、上野さんのほうを見る。その瞬間、あることに気付く。上野さんとの距離がとても近いことに……。それこそ肌が触れそうなほどに。上野さんもこっちをじーっと見つめている。

 急に周りの温度が5度ほど上昇したように感じる。

「あ……、えっと……」

 僕が声を出すとハッとなる上野さん。

「あ……?」

 一瞬目をぱちくりさせると上野さんが少しずつ赤くなっていく。

「あ、う……は、離れろ」

 か細い声でつぶやいた上野さん。……いつもだったら大声で怒鳴るところなのに、なぜか弱々しい上野さんに加虐心をくすぐられる。

「……なんで?」

 僕がつぶやくと上野さんは視線を逸らす。

「な、なんでって……」

 そう言ってモゾモゾする上野さんに少し微笑む。

「……もしかして、僕のこと嫌い?」

 そんな意地悪なことを聞いてみる。まあ、上野さんのことだからイラついて殴ってくるのだろう。だからだろうか。

「……そ、そんな事ないけど」

 急に素直になった上野さんに動揺してしまう。それに驚くと同時に更なる加虐心が生まれた。

「そんな事ない……けど?」

「ッ……!! う、うるさい!!」

 ついに怒った上野さんは僕からイヤホンを奪い取ると、それを耳にはめ、ムスッとしてる。

「……かわいい」

 そう小さな声はイヤホンをした上野さんには聞こえてないみたいだった。

巴side

 あれから放課後になり私たちは帰り道を歩いていた。

「ねぇー。上野さん? ……まだ怒ってるの?」

「……怒ってねぇよ」

 自分でも分かるくらい怒気をはらんだ声でそうつぶやく。それに神楽はオロオロしている。

「……ごめんね」

 そんなナヨナヨした、悲しそうな声に思わず振り向く。

 そこには泣きそうな顔をしている神楽がいた。

「え、おい……大丈夫か?」

「……上野さん。嫌いになった?」

 急にそんな事を聞いてくる。

 泣きそうになってる神楽に私は困惑すると同時に言葉の意味が分からなかった。

「何言ってんだ? 嫌いになるはずがねえだろ。好きになるなら分かるけどよ」

 そう言ってやると、ピタリと神楽の動きがとまる。そして、だんだんと赤くなっていく。

 それはそれはトマトのようにという言葉が似合うほどに……。

「? どした?」

「あ、いや、なんでもない……です」

「?」

 何が何かわからんかったが、そんな神楽を見てなぜか、ほっこりとした気持ちになる。

「ほら、帰るぞ」

 そう呼びかけると神楽はまだ顔を赤くしたまま笑った。

「うん!!」

 その声は夕方の色に吸い込まれるように消えてそして今日が終わる。

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恋する少年と目つき悪い少女 霜石アラン @aran001

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