第6話カエルと梅雨

巴side

 梅雨は憂鬱な月だ。雨が降って靴が濡れるは、ジメジメするは、めちゃくちゃ嫌になる。だが、神楽は機嫌が良さそうだ。

「……なんでお前は機嫌がいいんだ?」

 そう聞くと、神楽はニコッと笑いながら、こっちを向く。

「え? そんなことないよ?」

 そうとぼけてから、満面の笑みをこぼす。それになぜかドキッと心臓が鳴る。

(くそっ……。なんだよ)

 最近、ずっとこんな調子だ。心臓がたまに音を立てる。でも、それが不快ではなくて……。

「チッ……」

「どうしたの?」

 そう不思議そうな顔をする神楽は何かを作っている。片手に針を持って緑色の毛玉のようなものをつついていた。机の上にはアイロンが置いてあるし……。

「……そんなことよりも、おまえは何を作っているんだよ」

「ん……?ああ、これはフェルトの人形を作っているんだよ」

 そう言って作りかけの綿を見せてくる。

「フェルト?」

「うん。こうやってフェルトの綿に針を刺して形を作るんだよ。で、人形を作って行くの」

 と、親指ぐらいの緑色の固まりに針を刺している。

「なるほどね……。で? なんの人形を作ってるんだ?」

 そう聞くと、神楽は悪そうな笑顔を浮かべる。

「ひ・み・つ」

 そんな小悪魔的な表情をした神楽にひときわ大きく心臓が鳴った。思わずプイッとそっぽを向いてしまう。

(くっそー。何なんだよ)

 なんか、神楽に振り回されているようで、ムカついた。

悠side

 チクチクとフェルトの綿に針を突き刺していく。綿はだんだんと形になっていく。体ができて、そこに作っておいた頭を針でくっつける。

 そこから黒いフェルトをつけたり、白いフェルトを付けた。最後にアイロンかけて……。

「よし……。できた」

 できた親指ぐらいの人形の頭に銀のリングを付け、上野さんに見せる。

「上野さん。できたよ」

「あ? できたのか?」

 そういって上野さんがこっちを向く。そして、少し目を見開いた。

「えへへ、どう……かな?」

 僕の手の上には小さなアマガエルの人形があった。

「……かわいいんじゃねえの?」

 そう言う上野さんの手を取る。

「はい。あげる」

 その手にカエルの人形を置く。最初はポカンとなった上野さんだが、あわてて首を横に振る。

「だ、ダメだろ。せっかく作ったのによ」

「いいの。だって上野さんのために作ったんだし」

 その言葉にまたポカンとした顔をする上野さん。

「……私のため?」

 そんな呆けたような声を出した。

「うん。だって今日、上野さんの誕生日でしょ?」

 僕がそう言うと、上野さんは驚いたような顔をする。が、次の瞬間には目つきを鋭くさせた。

「……なんで知ってんだよ」

「え? 上野さんのお兄さんに聞いたよ」

 その瞬間、上野さんは大きいため息をついた。

「……そういうことか」

 そうがっくりした様子の上野さん。

 ……もしかして。

「い、嫌だった? 誕生日プレゼント」

 不安になった。プレゼント……嫌だったかな……?

 友達にプレゼントを渡すのは初めてのことだし、センスも悪かったのかな?

 そんな感じで、不安になっていると上野さんが慌てる。

「ち、違うぞ⁉ ただ、お兄ちゃんを怒る事が増えたなあって思っただけだ」

 そう言ってプイッとする上野さん。

 数秒後、上野さんは改めてこっちを見る。

「あ、ありがとうな……」

 顔を真っ赤にしてカエルの人形を手に取る。

「……!! うん!どういたしまして」

 そう言うと上野さんはさらに顔を赤くしてそっぽ向いてしまった。

 それが可愛くて、ついついいじめたくなっちゃう。

「あれ~? どうしたの? 顔が真っ赤だよ」

 キッと上野さんが睨んでくる。

「うっせえよ! この野郎‼」

 そう言った上野さんは拳で、パンチを打ってくる。

 そのパンチはスピードが乗っていて、よける間もなくみぞおちに叩き込まれた。

「ごふっ」

「あっ……。ごめん」

 そう言って、上野さんはバツが悪そうな顔をする。そんな上野さんを見ながらうずくまる。

「だ、大丈夫……。いいパンチですね」

 鈍い痛みに数秒ほど耐えてから、立ち上がる。

「ごめん……。だけどな!!あれはお前がからかうからいけないんだぞ!!」

「アハハ……ごめんね」

 そう笑うと上野さんもこれ以上いうことが出来ないのか、『分かればいいんだ』というような顔をしていた。

巴side

 結局あの後、神楽に送ってもらって、家に帰った。家の中に入り、濡れた靴の中に新聞紙を詰め込んで、洗濯物を洗濯機に突っ込む。

 お兄ちゃんはまだ帰って来ていないようだ。部屋に戻るとバックを放り投げて、ベッドに寝転ぶ。

「……」

 ポケットからあいつの作ったカエルの人形を取り出す。かわいくデフォルメされたカエルの人形……かわいいんじゃねえの?

 トクンと心臓が鳴る。初めての異性からのプレゼント。うれしくないわけがない。にやけが止まらない。

「……ありがとうな」

 つい声がもれる。あの時はあまり言えなかったことを一人になるといえる。

 ……もどかしいな。

 もどかしくて、もどかしくて、でも素直になれなくて。そんな私に優しくしてくれるのは学校ではあいつだけ。

 でも、十分だった。

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