第5話絵と約束

巴side

 シトシトと雨が教室の窓をたたく。窓から外を見ると校庭に大きな水たまりが何個もできている。

「あー……。早く雨やまねえかなぁ」

 私は今、傘を忘れて学校に取り残されている。

「ほんとだね」

 と、私の独り言に反応しながらも隣で紙に何かを書いているのは私の友達である神楽である。

 神楽はシャッシャッと鉛筆を紙の上で走らせている。

「……何やってんだよ」

 私はヒョイと神楽の手元をのぞき込む。

「え?……わっ!!」

 神楽は急に赤くなってパッと離れる。

「ん? ……これって」

 そこには、アニメ風の一人の女性が雨を背景に書かれていた。白いシャツに控えめの紅色のリボン。2つにまとめた髪。シャープな横顔。そして、とても目つきが悪い。

「……これ、もしかしなくても私か?」

 そう言って神楽を見ると……。

「あ、いや、その~」

 そう言いながら、もじもじしている。そして数秒おいてから、言葉を発した。

「ご、ごめん。上野さんをモデルに絵を描いていました……」

「……はぁー」

 私は思わずため息をこぼす。それに神楽はビクッとおびえたようにうつむく。

「ふーん……うまいじゃん」

「……え?」

 神楽はそんな間の抜けた声を出した。

「怒ってねーよ。むしろ嬉しい……かな?」

 なんか恥ずかしくなって、そっと下を向く。

「そ、そっ……」

「でもな……そういう時はちゃんと相談してから描けよ」

 そう言って、私は席から離れる。

「う、うん。分かった」

 そういうと神楽はホッとしたような顔をすると口元を両手で覆った。

悠side

 ……ヤバい。にやけちゃいそう。

 僕は口元が見られないように両手で覆う。嬉しかった。ただ単純に嬉しかった。絵をほめられたのもそうだけど、それ以上に上野さんだからというのが大きい。

 僕は友達が少ない。だから絵を描いて友達に見せるということがなかった。それを好きな人に褒められた。

 ――――好きな人?

「あーそれにしても雨がやまねえな」

 急に上野さんがぼやく。それに思わず身体が反応する。

「あ、そう……だね」

 僕は声に反応したが、頭の中では違うことを考えていた。

 僕が……好きな人?  誰に……? いや、ここにいる人は一人しかない。つまり……僕は上野さんのことが好き?

 そう理解した瞬間、全身の血液が沸騰しそうなほどに熱くなる。

「え? ええ?」

「ん? どしたー?」

 僕が変な声を出してしまうと上野さんが声をかけてくる。

「い、いや……何でもないよ」

 そうごまかすが、心の中ではものすごく焦っていた。それはまるで約束した時間が迫っている時のようだ。

「ハ~……しゃあねえ。走って帰るか」

 そう上野さんがつぶやいて立ち上がる。……もしかして濡れて帰るつもりかな?

「だめだよ。職員室で傘借りていこ?」

 僕は思わずそう言って上野さんの顔を見る。

「……いや、別によくねえか?」

 その瞬間――正確には上野さんの顔を見た瞬間――顔が急激に熱くなる。

「あ……いや、風邪……ひいたらいけないし……」

 声が弱々しく、たじたじになってしまう。なぜなら上野さんがいつもより……なんというか、キラキラして見えるというか、可愛くてとてもキレイで。

 その時、僕の胸の中にストンとある言葉が降ってきた。

 ……好き。

「……あ」

 そっか、僕は……上野さんのこと好きなんだ。

「どうした? 神楽」

「……フフッ、何でもないよ。上野さん」

 思わず笑ってしまう。なぜか満たされた気分だった。心が温まっていく。そんな感じ。そんな僕に上野さんは不思議に思ったのか少し首をかしげている。

巴side

 職員室に行くと、先生に傘を借りた。

「よかったね。借りることができて」

 私は黙ったまま靴を履き替える。隣では神楽がボロボロのスニーカーを履いていた。

 それにしても眠い。昨日一時までゲームしてたからか?

「……あの、上野さん?」

「……ん? どうした?」

 神楽のほうを見るとちょっと赤くなったあいつは口の中でもごもごしながら喋る。

「あ……の……お、怒ってる?」

 と、聞いてくる。一瞬、きょとんとなってしまう。神楽は𠮟られた大型犬のようにシュンっとなっている。それが少しおかしくてククッと笑ってしまう。

「怒ってねえよ。ちょっと眠かっただけだよ」

 そう言うと神楽はホッとしたように顔を和らげる。そして、私は職員室で借りた傘を広げる。透明なビニールの傘に雨水が落ちてくる。

「んじゃ、さっさと帰ろうぜ」

「うん……そうだね」

 つぶやいた神楽の横顔が少し寂しそうに見えた。でもそれは一瞬で、すぐいつもの、のほほんとした空気に戻っていた。

 いつも通り神楽と話して、『また明日』と言って別れる。……はずだった。

 今日はなぜか神楽は送っていくと言って、家までついてきた。

「どうした? 送らなくてもよかったのに……」

「だめだよ。最近、変質者が出るようになったこと、HRホームルームでも言ってたよ?」

 そうだっけ……?

「まあ、上野さんはHRの時間はいつも寝てるもんね……」

 そう苦笑いする神楽。まあ……そうなんだけど……そんなはっきり言わなくてもよくね?

 なんか、ムッとなってしまう。

「どうしたの? 上野さん」

 ムッとなった私を見て、神楽は不思議そうな顔をする。

「まあそういうわけで、今日から上野さんを送っていくからね」

「……は? 言ってんだ。別にいらねえよ」

 そう言うが神楽はふ るふると首を横に振る。

「だめだよ変な人に会ったら、怖いのは上野さんだよ?」

 ……まあ、そうだけど。

 私が黙っていると、神楽はにっこりと笑う。

「じゃあ、そういうことでいいね?」

「……分かったよ」

 しぶしぶそう言うと神楽は嬉しそうに笑った。

 その笑った顔にトクンッと胸が鳴る。

「……⁇」

「じゃあ、今日から一緒に帰ろうね。約束だよ?」

 そんな私に気づいてないのか、神楽は嬉しそうにほほえんでる。

 それを見て、また胸が鳴る。

「……んだよ。これ」

「ん? どうしたの?」

 そう聞いてくる神楽に無視を決め込む。そんな私の扱いに慣れたのか、神楽は笑って違う話題に話を移した。

 そんな中、私はなぜか速くなっている鼓動に耳を傾けた。

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