第3話無視と過去

巴side

 ダンダンッとボールを床に着く音が体育館に響く。

「はあ〜……。あいつ、スゲーな。」

 私は感心しながら神楽のプレーを見る。今は体育の時間。この学校では、水泳の時以外は主に男女混同だ。

 今はバスケの時間で、女子が休憩タイムだ。

 それにしても神楽がすげー。

 ドリブルをしながら、身体を左に回転させ、目の前の相手を抜き、シュートの体勢になる。が、目の前に敵チームの人が、二人来ている。だが二人来たせいでできたノーマークの人に、神楽はその相手を見ずにパスをする。

 そのパスは見事に成功し、その人がシュートを決めた。

「うぉぉ。ナイスパスだな神楽坂!!」

「あはは。たまたまだよ」

「たまたまだったら俺らバスケ部の面目丸つぶれだよ」

 そう言ってわあわあと戯れあっている。

 私がじーっと見ていると、神楽がこっちに気づいて、その輪から抜けてこっちまで歩いて来る。

「上野さん。どう?どう?」

「うん。まぁいいんじゃねえの?」

 私はそう軽くあしらうと神楽は嬉しそうに頬を緩める。

「えへへ。そうかな?」

 そう笑う神楽を見て、昨日の事を思い出す。

(友達になれて幸せだよ?)

 カッと頬が熱くなり、フィッと顔をそむける。

「ん?どうしたの?上野さん」

 そう言って、心配そうに私の顔をのぞき込む。

「な、何でもねえよ」

 私はのぞき込まれないように逆の方向に顔をそむける。

「……そう?」

 なんか不満そうに眉間にシワを寄せている神楽。

「おーい次は女子の番だぞ~」

 体育の先生がそう皆に声をかける。

「あ、じゃあ行ってくる」

 私は神楽から逃げるように横を抜ける。

悠side

「……厶ゥー」

 なんか上野さんが、避けている気がする。

 僕は頬を膨らませ走り去って行く上野さんを見つめる。

「なんで上野さんは逃げてるんだろう……」

 ズキっと心臓の辺りが痛む。

「……」

 あぁ痛い。慣れたと思っていた。感じないと思ってた。

「ハハッ……。痛いな……」

 グッと目を閉じる。よみがえる声。

(神楽なんて……消えちゃえ!!)

 よみがえる痛み。

(やめて!!助けて!!)

 よみがえる肌が焼けるにおい。

 僕は、泣きそうになって、そっと、本当にそっと、体育館を出た。

 そしてそのまま校舎の裏に向かう。校舎の裏はなかなか人は来ない。暗くて不気味だからだ。

 校舎裏についた所で僕はしゃがみこむ。

「ッ……」

 怖い。苦しい。痛い。嫌だ。…………生きたい。そんな感情が心の中を暴れまわる。

 感情の欠片が頬を流れる。

「生きたいよ……」

 弱々しい声が口からこぼれる。その時だった。

「おい。大丈夫か?」

 声が聞こえた。しかもこの声は……。

 ばっと、後ろを見る。そこに立って居たのは……。

「って!!おまえ泣いてんのか!?」

 上野さんだった。体操服を着たまま肩を上下させている。

「あ……」

「どうした!?大丈夫か!?」

 そう言われ、僕は慌ててジャージの袖で涙を乱暴に拭う。

「な、なんでもないよ。……大丈夫だから」

 すると上野さんは、キッと睨んでくる。

「なんでもないわけねえだろ!!バカか!!」

 上野さんはズンズンと近づいてきて手を伸ばす。ぼくは、それに一瞬だけ昔の事を重ねてしまう。

 ……でも不思議と怖くなかった。多分それは上野さんがやわらかい笑顔だったから。

 上野さんの手は、そのまま僕の頭の上に置かれる。

「なにかあれば言えよ?友達なんだろ?」

 上野さんはニッと笑う。でもその顔がピントが外れたように滲んでいく。

「あ、あ……うっ……うぅ……」

 頬にポロポロと涙が流れる。ずっと、ずっとずっと溜め込んできたものが崩れるように溢れてくる。

 泣くのは恥ずかしいと思っていた。

 泣いても何も変わらないと思ってた。

 でも……。

「う、うぅ……」

 泣くってこんなにも落ち着くものなんだな……。

巴side

 子供のように泣く神楽が落ち着くまで私は神楽の頭を撫で続ける。

「……あ、ありがとう。もう大丈夫」

「ん?そうか」

 私は撫でるのをやめて、神楽の隣にしゃがむ。

「……大丈夫か?」

 神楽は鼻をすすりながらコクリとうなずく。その後、神楽はポツリポツリ話し出した。

「僕ね、イジメられてたんだ。内気な性格が気に入らない。そんな理由でイジメられていてね……肌を焼かれたり、髪を掴まれて殴る蹴るの暴行を受けたり、クラスでゴミのような扱いをされたり……。家でも居場所がなくて父親に疎まれていたんだ……。その父親は借金まみれで母さんを捨てた。借金は母さんが返したから大丈夫だけど、その疲労で母さんは死んだ。その時から僕は一人暮らしを始めたんだ。」

 そう言って神楽は空を見上げる。その目には涙が浮かんでいた。

 私は神楽にどんな言葉をかけてあげたらいいか分からなかった。辛かったね。苦しかったね。そんな言葉をかけても神楽の心の傷は、塞がらないだろう。

「……ごめんね。変な話をしちゃって……」

 そう神楽は笑う。見てるこっちが辛くなるような笑顔だった。

「変な話じゃない!!」

 つい声が出てしまう。その後は、止まらなかった。

「大切な話だ。……私は、神楽がどんな人生を歩いてきたのかは知らない。でも、知りたいと思ってる。今、どんな言葉をかけたらいいのかは分からない。まだ知らないからだ。だから……」

 私はそこで息を吸い込む。

「教えて欲しい。お前のこと、神楽のことを。だって友達だしな」

 私がそう言うと神楽は一瞬目を見開き、緩やかに泣きながら破顔した。

悠side

「……授業、サボっちゃたね」

 落ち着いた僕はそんなことを口にする。

「……まぁ大丈夫だろ」

 上野さんが空を見上げながらつぶやく。その時、僕は思い出したことを口にする。

「そういえば上野さん、なんで無視してたの?」

 そう言うと、上野さんはビクッと身体を震わせた。

「あ〜……。えっと……」

 なんか言いにくそうにしながら上野さんは理由を話した。

「つまり、僕が恥ずかしい事を言ったから照れて話しにくかった。……ってこと?」

「……そういうことだよ」

 なかなか本題に入らないから、時間がかかった。

 上野さんは顔を真っ赤にして僕と目を見ようとしない。それがかわいくて、フフッと笑みがこぼれる。

「……なんだよ」

 ふてくされたような声を出した上野さんに慌てて弁明する。

「あ、いや上野さんを笑ったんじゃないよ?ただちょっと面白かったというかなんというか……」

 さすがにかわいかったからとは言えない……。

「へ〜面白かった……ね〜」

「ご、ごめんなさい」

 つい謝るとプッと上野さんが吹き出す。

「?」

「いや、悪い悪い。これでおあいこな」

 そう拳を頭の高さまで持ち上げる。何をするのか分かった僕は軽く上野さんの拳に自分の拳を当てた。

「うん!!」

 そう僕らは笑いあった。

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