第2話教科書とバイト

巴side

「ねえ上野さん。教科書見せて?わすれちゃって……」

 そう言って私に向かって祈るかのように手を合わせているこいつは神楽坂 悠という名前だ。私はなぜかこいつに懐かれている。

「……別にいいけど……」

 そう答えると神楽は嬉しそうに頬を緩めた。

「えへへっありがと」

 ちなみに神楽と私は隣の席だ。入学式の日に、先生が好きな席に座ってもいいと言ったせいで、神楽は私が座った席の隣に来た。

 そのおかげで女子からの視線が痛い。神楽はこの学校でトップクラスなぐらいイケメンだ。それに加えて優しい。そのため女子から人気がある。

「じゃあ、席をくっつけるよ?」

 ほんと、なんで私に懐いたんだろ。

悠side

 ガタガタと上野さんに机をくっつけ、僕はイスに座る。

 僕の隣に座っているのは上野 巴さん。最近よく……というか毎日話している。すごく目つきが悪いがとてもいい人だ。消しゴムを落とせば拾ってくれるし、忘れ物をしたら貸してくれる。

「んで……?何を見せたらいいんだ」

 そう上野さんは手提げバックから教科書を出しながら聞いてくる。

「あ、次の数学だけ……」

「ん……。分かった」

 上野さんは言いながら次の授業の準備を進める。僕もノートを取り出しながら、チラッと上野さんの方を見る。

 上野さんは準備をしながら、小さく口笛を吹いている。それがなんかかわいい?……いや、キレイだ。

 その時上野さんが目だけでこっちを見る。

「……なに」

 僕は見とれていたため、すぐには反応できなかった。

「……あ、ご、ごめん」

「いや、別にいいけど?」

 そう言ったあと上野さんはフッと笑った。それを見た瞬間、心臓が飛び跳ね、頭が甘く痺れるような感覚に落ちる。

「……ッ……そ、そう?」

「ああ別にいいよ」

 そうして上野さんは前を向いた。それでも僕の鼓動は早いままだった。

巴side

 授業が終わり、神楽は席を元に戻す。そしてなぜかあいつは授業中ずっと顔を赤らめていた。

 ……まぁ気にしなくていいか。

「なあ、神楽」

「え……?あ、どうしたの?」

 そう声をかけると、神楽はキョトンした顔で返事をする。

「今日、暇か?」

「あ……ごめん。今日はバイトがあって遊べないんだ。」

 そうとても残念そうな顔で謝る神楽。

「ふーん。そっか、わかった。じゃあバイト頑張れよ」

「うん。じゃあ、また明日ね」

 そう言って神楽は手提げバックを持って教室を出る。

「あぁ、またな」

 私はその背中に声をかけた。

「さて、私も帰るか」

 そうぼやいて、私は手提げバックをリュックのように背負って、席を立つ。そのまま教室を出た。

 さて、このまま帰っても暇だしどこか行くか。

 そのまま私は歩き出す。ただブラブラするために。

 それから、私はいつの間にか住宅街にいた。

「……あれ?ここどこ?」

カランカラン

 そんな鈴の音が聞こえ、そっちの方を見ると小さな喫茶店があった。赤レンガの壁にツタが絡みつき、昔からあるような存在感とオシャレな空気をまとっていた。

「……こんな所あったか?」

 そうつぶやいて、吸い寄せられるようにその喫茶店に近づく。

 ……そうだ。ここで暇を潰そう。

 そう思いいたり、ドアノブに手をかけた。

カランカラン

「いらしゃいませ〜」

 聞いたことのある声が聞こえ、その方を見ると……。

「あれ?上野さん?」

 視線の先には青と白のバスクシャツとカーキー色のチノパンツに紺色の胸当てエプロンを着た神楽がいた。

悠side

「あれ?上野さん?」

 僕は店内に入ってきた上野さんに笑いかける。

「あ……?か……ぐら?」

 上野さんはほうけたような顔で僕の名前を呼ぶ。そんな上野さんに笑いかける。

「そうだよ?上野さん」

 そう話しかけるとハッと上野さんが顔を引きしめる。

「お、おまえなんでここに……?」

「え?僕は元々ここでバイトしてるよ?それよりなんで上野さんはここに?」

 そう問いかけると上野さんはプイッとそっぽを向く。

「べ、別に……ただ歩いてたらこの喫茶店に着いたんだよ」

「へ〜そうなんだ。あ、どこでも座ってもいいよ。一人?」

 そう聞くとキッと上野さんが睨んでくる。

 あれ?なんか、悪い事したのかな?

「……一人だよ」

 そう怒ったようにつぶやく上野さん。

「そ、そう?」

 そして上野さんはプイッと近くの窓際の席に座ってムスッとしている。

 どうしたんだろう……?

「じゃあ注文が決まったらを呼んでね?」

 僕はそう上野さんに告げて僕は作業に戻る。その後、上野さんにちょくちょく話しかけながら仕事を進める。

「あ、神楽坂。もう時間でしょ?帰っていいよ」

 そうマスターが声をかけてくれ、今日の仕事が終わった。

「……おまえ、もう帰るのか?」

 ちょうど上野さんも帰るらしく、レジで支払いを済ませている。

「うん。あ、一緒に帰る?」

「……」

 上野さんは無言のまま頷く。それに微笑みかけ僕らは帰路に着いた。

「ねぇ上野さん。今日なんか怒ってる?」

「……怒ってねえよ」

 そう怒った顔でつぶやく上野さん。

 ……怒ってるじゃん。

「あのさ……上野さん。悩みがあるなら聞くよ?」

「……何もねーよ」

「……ならいいけど……。なにかあったら言ってね?友達だから」

 その瞬間、ピタッと上野さんの歩みが止まる。急に止まったので僕は上野さんより数歩先まで歩いてしまう。

「あれ?上野さんどうしたの?」

「……った」

 上野さんは少しうつむき小さい声でなにかつぶやいた。

「え?なに?」

「おまえ、なんて言った」

 すごく緊張した声で上野さんはつぶやく。

「え?なにかあったらいってねって」

「その後だ」

「?……友達だから」

 僕がそう言うとパッと上野さんが顔を上げる。上野さんは口元は笑いながらパクパクさせて、頬は赤く少しピクピクしている。それはまるで喜びと羞恥をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような顔だった。

「え?え?……どうしたの?」

「う、あ、えっと……」

 急に上野さんはモジモジしだした。そう思ったら、ばっと上野さんが顔を寄せてくる。

「ほ、本当にいいのか!?私だぞ!!こんな私だぞ!!」

「え?な、なにが?ど、どういうこと?」

 急に上野さんが近付いてきたので一歩か二歩下がる。

「え、えっと……。わ、私、今まで友達がいなくてさ。目つきが悪くてよく怖いって言われるから絶対友達とか出来ないって思ってて……」

「そんな事ない!!」

「……え?」

 僕は思わず上野さんにズイッと一歩踏み込む。

「上野さんはステキだよ!!目つきが悪くても優しいし……僕はそんな上野さんだから友達になったんだよ」

巴side

「僕はそんな上野さんだから友達になったんだよ」

 そ、そんなめちゃくちゃ本気マジな目で見ないでくれ……。は、恥ずかしい。

「お、おい……ち、近い」

「あ、ごめん……」

 神楽は顔を赤くして、パッと離れる。そして恥ずかしそうに頬を掻く。そんな神楽をみるとなんかこっちまで照れてしまう。

「と、とにかく僕は上野さんと友達になれて幸せだよ?」

 そう白い歯を見せて百点満点の笑顔を見せる神楽。

 幸せだよ。と言われた瞬間、ぼっと顔が火が吹き出しそうになる。

「そ、そうかよ」

 すんげー恥ずかしくなって走り出す。

「え!?上野さん!?」

 後ろから神楽が追いかけてくるのがわかる。でも私は恥ずかしすぎて足を止めることが出来なかった。

(あ〜くっそ。めっちゃ恥ずかしいこと言いやがって……!!)

 こんなんじゃ、明日どんな顔をすればいいか分からないだろ!?

 でも、それもおもしろいと思っている自分もいて……。なにがなんだか分からず私は花びらが残る道を走った。

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