第16話 酒をたしなめる少年は、中年男の伯父の同い年

「その客観的事実は認めるにしても、酒、飲みすぎじゃないか?」

 少年のほうは随時このような調子。

 見た目と違い、甥をたしなめる伯父のような話ぶりである。


「大丈夫ですよ。こう見えても、飲食の量はかなり減らしていますから。高血圧はありますけど尿酸値も正常ですし。今でもカレーやラーメンの大盛を食べはしますが、昔のような暴飲暴食はしなくなりました。飲み放題も大幅に回数を減らしましたね」

「へぇ~、ちょっとは考えて行動シテルナ。その割には、説得力ないけど(苦笑)。そりゃそうと、今年のプリキュアの春の映画、また延期になったそうだな」

 この母子はどうやら、彼が最近の人気アニメ「プリキュア」を張り切ってみていることも先刻承知の模様。

 観念し切った中年男、開き直るという次元を通り越したところから回答していく。

「しょうがないですよ、あの映画は小さい子ども相手が主ですから。でもその代わりに、三島由紀夫対東大全共闘の映画を観られました。私が生れた1969年の知識人同士の果し合いの立会みたいなものでして、なかなか素晴らしかったです」

「まあ、プリキュアを観るのも果し合いの立会とやらも同じペースでやれるのは、君らしいね。以前君が高学ゼミの生徒の前で、横浜銀蠅とセーラームーンは矛盾するかなんて言って、みんなに矛盾していると言われていたそうだけど、プリキュアと三島由紀夫と東大全共闘、もう、ハチャメチャの無茶苦茶だな。こちらには、到底ついていけた代物じゃないね・・・」

「その無茶苦茶に涼しい顔で淡々と立ち向かうのが、知識人というものかと」


「密造酒のネタをどこかの講話で出された「自称知識人」もいたものだね」

 この密造酒のネタというのは、かつて米河氏が鉄道趣味の会のとある先輩がビールキットで作ったという、しっかりアルコールの入ったビールを飲んだという話を絡めて、よつ葉園の大槻和男理事長がある年の創立記念日で述べた講話の中で述べられたもの。何でもできるからといって酒を造って飲んだら、税務署の人につかまって日本国の法令で罰されるとか何とか、そんな話になり、居合わせた子どもたちや職員、そして来賓各位を笑いに包んだというネタである。

「私は密造酒なんか作りませんって。大体、自炊もしない奴が密造酒なんてハードルの高いものを作れるわけもないでしょ。私は、飲む専門ですから」

「酒をノムさん、ってかな(苦笑)」

「私は酒飲みの三冠王です。押忍!ビールにワイン、ウイスキー・・・それ一気、一気(笑)。」

「バブル期の歌の駄賃で酒飲みの三冠王かよ。専門馬鹿じゃなくて、馬鹿専門だな」


 ここで母親が、孫ほどの年齢にあたる中年紳士に向かって、用件を切り出した。

「あなたもご存知のよつ葉園の大槻和男さんもあなたも、Zさんも、人間性と社会性で言うなら、社会性を重視される方々ですけれど、そちらの方に傾きすぎるところに生ずる危険性をどうお考えかと思いましてね。それで、伺ったのです」


 生きていれば100歳をいささか超えているはずの彼女だが、見た目はまだ30歳かそこらのまま。

 巨人の帽子をかぶってやってきた少年にしても、生きていればちょうど80歳ぐらい。先日死去した元南海ホークスの野村克也氏よりも、いささか若い。

 米河氏の母方にはこの少年と同年生れの伯父がいて、つい先日東京で亡くなった。ちょうど80歳を迎えたばかりだったが、新型コロナウイルスとは特に関係ないとのこと。前日にたまたま母親に電話をかけていて、そのことを知ったという。


「君の伯父さんにも、先日お会いしたよ。ぼくと同じ年生れだけどね」

 そんなことを言われても、この世の者がピンと来るはずもない。

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