第17話 父方の祖母よりも長生きしている孫

「私はこの世では、成人後は一度も会っておりませんから、何とも言えません。そう言えば、母方の祖母は今から8年ほど前に、90代で大往生を遂げましてね」

 中年男の母方の祖母の話を受け、少年が話を受けてつないでくる。


 そのおばあさんもだけど、君の父方のおばあさんにも会ったよ。なぜかさっぱりわからんけど、君にはものすごく感謝しているって。

 君のお母さんのところに、夢で出張って来られたらしいね。

 一張羅の着物を着て髪をきれいに整えてお出ましになられたそうで。


 かの中年男の父方の祖母が同じく彼の母の夢の話を聞きつけた少年が、祖母のことを述べる。彼は、その父方の祖母よりもこの世で「長生き」していることになっている。祖母の享年は数えで51、満年齢で50歳になるかならないかのときに、がんで亡くなっている。孫の彼は、この年の誕生日をもって満年齢の52歳になる。今既にして、満年齢での51歳。明らかに、満6歳の誕生日を迎えて間もなくこの世を去った祖母よりも、長く生きている計算になる。


「ええ、なぜ私じゃなくて、岩崎・渡辺コレクションに出てくる明治時代の寒漁村民、もとい、母のところなのか、よく判らないですがね。しかも、何ですか、生前は腹の立つことばかりで「確執」なんて生ぬるいほどの間柄の嫁姑同士だったのが、そのときは、満面の笑みで寒漁村民様に何やら語っていたそうですわ」

 これは、彼の母に初孫が生まれてすぐの頃には歯を見て思いついたと言われる言葉。親を親とも思っていないのかといわれても仕方ない内容ではあるが、まあ、彼らしい言葉といえば、そうらしい。

「何が明治時代の寒漁村民だ。そういう君は内山下商事のⅩ氏に言われたとおりの、大正時代の酔っ払いだろう。まあ、それを自分のウリにしていれば、世話もないけどな。大体だな、おばあさんにしても、自分が生まれた頃にあちこちいたような酔っ払いよろしくへたばった孫を見るのは情けないから、出て来られないだけと違うか?」

 巨人帽の少年が、中年男にからかい気味の言葉をよこす。

「ほっといてくださいよ・・・」

 中年男は目前のグラスにバーボンの原液を注いで、氷も入れずに一口すすった。


「まあ、こうして務めて余裕をかましてみせるのが、知識人というものであります」

「自称知識人、ね。東大の教室で煙草を吹かす近代ゴリラさんの猿真似じゃないか」

「猿ということは、ゴリラと同じく霊長類つながりですな。さすればわたくしも、三島ゴリラ大先生と同類ということですね。実に光栄至極です」

「やれやれ。自画自賛もここまでくると、芸術ものだねぇ・・・」


 中年作家がグラスをおいたのを見計らって、母親が話をつないだ。

「今日私どもが出向いたのは、その父方の御祖母様からの御依頼です。私よりは10歳ほど若い方ですね。あなたはお母様に似ていらっしゃるから、顔つきはそれほど似ているとは思えませんが、でもどこか面影もありますね。じゃあ、本題に入りましょう。米河さん、あなたは小説家として本を出すまで何年、小説を書かれましたか?」

 この質問に、彼は即答した。

「3年目ですね。正味は、2年ほどです」

 さらに母親は、中年作家の日頃から意識していることについて尋ねてくる。

「3年目に芽を出して、後に三冠王になったプロ野球選手、御存じかしら?」

「南海ホークスの野村克也選手です」

 母親は、自らの意見を述べつつ、さらに畳みかけるような質問をしてきた。

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