第13話 若き日の夢よ、もう一度・・・
それにしてもこの親子、何故、自分と彼とばかり、込み入った話をしに度々出てきたのか。それも、この数十年来にわたって・・・。
よくはわからないが、強いて言えば、幽霊の話とか何とか、そういうものにさして興味も示さないし、ある意味そんな話をする人の対極にいる者だからではないか?
Z君もそうだが、米河君もまた、自分以上に、人間性と社会性のどちらが大事かと聞かれたら、明らかに「社会性」と答える側の人間。だからこそこの母子連れ、「社会性」によりかかる側の者に対して出張ってきて、話をしているのではないか?
大槻園長はそんなことを考えた。母親の言を継ぎ、少年がさらに話をつなげた。
でも、いいじゃない。
伊島さんって若い人が後継者になってくれるのだからさ。
山崎さんや尾沢さんだって、あの人たちに向いている仕事に就いていると思うし、何も、よつ葉園だけが、仕事場じゃないでしょ。
この際、若い頃の夢をもう一度、クルマ屋でもやってみたら?
合同会社なら昔の有限会社以上に簡単にできるし、資本金にしても、何百万も見せ金なんかしなくたって十分立上げられるじゃない。大槻モータース合同会社を設立して、若いクルマ好きのオニイチャンたちを集めて、中古車屋なんかどう?
若い子にインターネットをやらせて、そっちでも売買したり車検をやったりするのは?
大槻氏は、若き日の夢を思い出していた。
そう、クルマ屋をやろうと、車をいじっていたあの頃を。
「実は、ズバリ大槻モータースでクルマ屋をやろうと思っていたところが、結局やれないままだった。そうかと言って、今から「大槻モータース」は、ちょっとなぁ。今どきの若い社員やお客さんから、ダサいってブーイングを食らうだろうなぁ・・・」
少年の姿のままの兄と同じ年の男性が、意外なことを述べ始めた。
ぼくの口からダサいとは言わんけど、確かに、ナウくはないな(苦笑)。
実はね、何年か前の職員会議の言葉、外から聞いていた。一流の職員の条件をね。
ごめん、母は来ませんって言ったけど、ボクはあのとき行っていたの。
来ないと言ったのは母であって、ぼくじゃないから、ま、問題ないでしょ。
幽霊って、自在に年齢はもちろん、服装も変えて動けるの。
あのときは大人の格好で出向いていたよ、森川先生と一緒にね。
唖然とする大槻氏に、母親が述べた。
いつの間にか、「先生」という敬称はなくなり、普通の敬称になっている。
私もあちらで森川先生から、大槻さんは20代の頃、事業を興したがっていたとお聞きしました。
その準備もかねて、川上モータースに出入りしておられたようですね。
結局、大宮病院の哲郎さんや川崎ユニオンズにおられた西沢茂さん、それに森川先生にたしなめられて、よつ葉園に勤め続けることにしたのも、前の奥さんと結婚された経緯についても、じっくりと伺いました。お若い頃の大槻君らしいと思いました。
でも、いいじゃないですか。これから、されたかったことをされれば。
今どきの70代は、老人なんてお年でもないでしょう。
うちの子が先程、生意気を申しまして、それはお詫びしますけれども、この子の言うとおりです。
年金や生活保護がおりた日には、朝から早速お金をおろしてお酒を飲みに出るような生活を大槻さんがされるのは、あまりに、もったいないですよ。
この母親の弁、バーボンのアルコールに勝るとも劣らず、大槻氏の心底に随分染み入っているようである。
「そうですね。これから、本当にやりたかったこと、模索しながら頑張ってみたいと思います。理事長職は、そう忙しくもないですから・・・」
「森川先生も山上先生も、みんな、大槻君にはまだこっちには来るなって伝えてくれって言っていたよ。だからさ、和男君、飲みすぎちゃ、駄目だぞ!」
後期高齢者のはずの、5歳のままの少年が言う。母親は、微笑をたたえつつ頷く。
いいお年を召されたのですから、大槻さん、お体には、どうぞお気をつけになってくださいね・・・。
母のその言葉とともに、二人は、彼のもとを去っていった。
彼はグラスに氷を継ぎ足し、さらにその上から、バーボンの原液をいくらか注いで、グラスをゆっくりと回し、そっとグラスを唇に寄せ、金色の液体を口にした。
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