理事会を終えて

第11話 立春の昼下がり

2018(平成30)年2月3日(土) 岡山市内・大槻邸


 この日は立春。鬼は外の節分の日。


 平成30年度の最初にして、平成29年度最後の理事会が、よつ葉園の集会室で行われた。この日の理事会で、35年来園長を務めてきた大槻和男園長兼理事長の園長辞任が決まり、次期園長も決まった。

 この4月より、理事長専任となることとなった大槻氏は、園長室に戻り、理事長としての書類棚に、自らの辞任願を収納した。

 雑用をこなしていると、ほどなくして、女性事務員が、頼んでいたコーヒーをマグカップに入れて持ってきてくれた。

 インスタントコーヒーもあるが、普段は、米河氏に教えてもらった街中の下田珈琲という店で買っている豆を使って電動式のドリップでコーヒーを淹れている。この珈琲豆は、来客用としても使っているが、職員らの福利厚生費として計上している。専門店で焙煎された豆で淹れたコーヒーを飲みながら、彼は再び、考えるともなく、いろいろなことを考えていた。


 平成が始まったあの頃、この地では「幽霊騒動」があった。自分自身はそんなオカルト話に興味があったわけではないが、幽霊を見たという声は多くの職員や児童らから出た。彼はこの部屋で、その「幽霊」に会った。戦時中、岡山空襲で亡くなったと思われる母子連れだった。よく考えてみると、あの和服姿の少年は、生きていれば自分より年上で、70代後半。今どきの法令上の定義では、すでに「後期高齢者」となる世代である。


 あの幽霊の母子に初めて会って、すでに30年近くの時が経った。

 あの頃の職員で、いまだよつ葉園に勤めている者は、もう自分だけ。

 子どもはやがて大きくなり、親元を巣立っていく。自分の息子たちもすでに巣立って久しい。あの頃ここにいた子どもたちも、みんな巣立っていった。今ここにいるのは、彼らがいた頃まだ生まれていなかった子ばかり。職員にしても、巣立った彼らがいた頃、まだ生まれていなかった人や、その頃まだ子どもだった人がほとんど。


 あの二人だけだろう、あの頃と変わらないのは・・・。


 よつ葉園での業務を済ませた大槻園長は、自家用車で、電車通りから少し入ったところにある街中の自宅へと戻っていった。

 この日、大槻氏の現妻は所用のため、泊りがけの出張に出向いていた。彼女はある会社を経営していて、多忙を極めている。

 大槻氏は、自宅のソファに一人腰かけ、缶ビールを飲んだ。

 そして、あらかじめ用意していたバーボンのボトルを手に取り、ロックグラスに氷の塊を何個か入れ、ロックで水割りを飲んだ。昔なら煙草を吸いながら飲んでいたものだが、今はもう、煙草は吸わない。

 彼は、金色の液体を氷に浸し、一口飲んで、テーブルの上に置いた。


 そういえばこのところ、あの二人には、会ってないなぁ・・・。

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