第9話 かつての孤児院は・・・
女性、と言っても幽霊(お化け?)というわけではあるが、彼女は、大槻園長の回答に非常に満足した様子で、ゆっくりと頷いた。
そうですか。それを聞いて、安心しました。
よつ葉園という孤児院、いえいえ、今は養護施設というのですね。
園長の古京友三郎先生は、当時岡山市長も務められていたほどの立派な方でしたけれども、いくらそのような方がいらっしゃるとはいえ、孤児院にこの子を入れることだけは、本当に忍びなかったのです。
とはいえ、大槻先生の今のお話をお聞きして、心底、後悔しております。
私たちは、このよつ葉園の子どもたちや職員の皆さんに危害を加えるつもりはありません。ただ、大槻先生は合理主義というか、今風の冷たい人だという話がありまして、ちょっと、近寄りがたいものを感じていましたが、今日のお話を聞いて、それは間違いであるとわかりました。
なぜこうもよつ葉園さんに伺ったのかということにもなりましょうが、以前、津島町からこの地に移転したと伺いまして、どのようなところか、ぜひ、行ってみたいという気になりまして、こうして伺っていた次第なのです。
たびたびお騒がせして、本当に申し訳ありませんでした。
これ以上、ここにお邪魔してご迷惑をおかけすることもないでしょう。
それでは、失礼いたします。
そう言って、女性は男の子を連れて、園長室を去っていった。
「ああ、夢だったのか・・・」
わずか20分ほど、デスクのチェアーの肘掛に肘をかけ、居眠りをしていたようだ。気が付くと、決裁した覚えのない文書をいくつか、すでに決済していた。
噂に聞く母子の「幽霊」と会えて話をしたのは、夢だったのか・・・。
「かずおクン、がんばれー!」
男の子の声が聞こえたような気がした。あの夢で聞いたことが事実であるとして、あの男の子が生きていれば、自分より少し年上で、50歳ぐらい。定年まであと一息に迫りつつある男性になっているはずのあの少年は、5歳のまま。実際大槻氏には、5歳年上の兄もいる。あの少年にとって自分は、弟のように見えていたのかもしれない。あの子にとって自分が弟なら、自分の上の息子より1歳年上のZ君や米河君は、彼にとっては息子か甥のような存在に見えているに違いない。
「兄ちゃんも、がんばれよ!」
心の中で、5歳の少年に精一杯のエールを送った。大槻園長の意識の中には、もはや、非科学的とか、そんな言葉は存在していなかった。
ふと窓を見ると、母子連れが彼に向かって手を振っていた。彼も、思いっきり手を振り返して、よつ葉園のある丘を降りてゆく二人を見送った。
その日を境に、よつ葉園で幽霊を見たという声は聞かなくなった。
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