第2章 幽霊は、静かにやってきた。そして・・・

第6話 ここだけの話だがな・・・

1990年4月上旬 よつ葉園管理棟内・園長室にて


 実は、ここだけの話で、ちょっとな、他の職員や子どもらには到底話せんことを、話させてくれるか? 君は大学の法学部にいるなら、弁護士はじめその手の資格の仕事にある人には、法令で職務上の守秘義務があることはもうご存知だと思うが、これも、その一つということで、とまでは言わん。ただ、あまり人には聞かれたくない。


 大槻和男園長は、移転後のよつ葉園に初めてやってきた元入所児童の大学生と話しているとき、突如、かくも秘密めいたことを言い始めた。大槻氏の地声は基本的に大きい。米河氏も、それほどではないがやはり大きい方。

 そんな二人が、いささか声を落として話し始めた。


「はあ、それはいいですが、何か、ありました?」

「幽霊じゃ、幽霊・・・」

 声を落としてそんな会話が始まるのかと、米河氏はいささかキツネにつままれたような表情で、しかしそれでも平静を装いつつ、両親よりいささか年長の男性の話に耳を傾けている。

「あのなあ、このよつ葉園に、大きい声ではとても言えんが、「幽霊」がたびたび出るとか何とか言うて、ひと騒動あったのよ。君にこの後御紹介するが、うちの児童指導員でくすのき学園から来られた山崎良三君というのがいてだね、その知人を通して紹介された方に除霊をしていただいたりもした。そんなこともあって、このところそういう話はおさまっているのだが、問題は、な、ここから。うちの職員の誰にも話しておらんことだが、聞いておいてくれるか? 君にだけは、話しておかないといかんような状況で、な、申し訳ないが、お付合い願う」

「え? 私に、幽霊だかお化けだか知りませんけど、そんな知人はいませんよ。相手さんはひょっと知っておいでの方があるのか知りませんけど、そんなこと、私に言われましても、ねぇ・・・」

「そう言いたくもなるわな、いきなりそんなことを言われれば。うちにおったZ君がおろうがな、彼の話になって、米河君の名前も、出させてもらった次第じゃ。どうやら、先方は、それ以前から、君のことも存じ上げておいでのようじゃ」

 お化けの知合いとは、いかに?

 さすがに、タモリこと森田一義氏の「笑っていいとも」の合言葉じゃないが、トモダチの友達はみんなトモダチで、みんなで広げよう友達の輪と来て、そこまではいいとしても、さあその中に、幽霊と目される人とも何とも言えぬ方がおいでといわれるとなると、さすがに、なぁ・・・。

 そんなことを思いつつ、米河青年は答えた。

「大槻先生、あ、もとい、大槻さん、お化け云々の話は、このよつ葉園内では一切いたしません。ろくな話にならないことくらい、目に見えています。不要な騒動なんかを起こすネタを、こちらから出すこともない。何卒、ご心配なく。しかし、そのお化けさんだか幽霊さんというのは、どんな種類の方なのでしょうか? それくらいはお聞きしておいた方がと、いいかなと思えましたもので・・・」

「それもそうじゃ。お話しておく。実は、先月のこと。この園長室での話でな」


 大槻氏は、ここで問題となった事実の顛末の一部始終を米河青年に話した。

 なんでも、昭和の戦前から戦中期にかけて岡山市内に住んでいた、母親と息子の二人だという。母親は30代前後、息子は5歳程度の風貌で、確かに、昭和戦前から戦中にかけての、典型的な日本人の服装をしていたという。

 話を一通り聞いた米河青年は、改めて答えた。

「それは、ちょっと人前では言えない話ですね。その話なら、その幽霊さん母子は、私のところにもおいでになるかもしれません。ですがまあ、そのときはその時で、こちらとしては冷静に対応いたしますので。どうかご安心を。その点につき何かありましたら、また、こちらからも情報をお出ししますね」


 トントントン


 園長室のドアを、誰かが叩いている。

 大槻園長がどうぞと声を掛けると、中年の男性児童指導員が入室してきた。

 米河氏にとっては初対面になる人物であった。


・・・・・・


 大槻園長から米河青年にこの日伝えられた怪談とも何ともつかぬ話を、次話より御紹介してまいります。

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