第2話 元入所児童の怒りのやり場
ある土曜日の夕方のこと。
2歳から18歳までよつ葉園で過ごし、大検こと大学入学資格検定を取得してO大学の法学部の二部(いわゆる「夜間主学部」といわれる学部)に現役で進学した大学2回生のZ青年が、よつ葉園に来た。
彼はもちろん、遊びに来たのでも、報告と称して「雑談」をしに来たのでもない。
彼らと必要な話をするべく、正確には「抗議」に来たという次第。
彼は、お世話になった(と、世間ではそう関係づけるであろう)相手の代表ともいうべき幹部職員らを、一人で、数十分にわたってどやしつけていた。
あなた方のやってきたことは何ですか?
役にも立たん情緒論と、くだらん青春ごっこを勧めるのは一人前だが、こちとらが施設から出ていくにあたって、どういう権利が私にあって、あなた方職員が何をすべきか、そういうことを一つも述べずに、よつ葉園を帰ってくる家と思えとか何とか。
そんなことばかり述べて、それのどこがプロのすることですか?
安っぽげな家庭論ばかり述べられても、私にはね、クソの役にも立たん。
騒ぐべくして騒いでいただけやないですか?
よくそれで、人を指導とか言えたものですな。そもそもの問題としてあなた方は、人の人生をどれだけ軽く見たら気が済むのか?
そうそう、山崎さん、あなたね、精神的なアドバイスなら、難しいができないわけじゃないとか何とか、大層なことをおっしゃってくれましたねぇ。
あなたたちのおっしゃる話の内容に、こちらが聞くべき様なものなど、あるはずもないですよ、そんなテイタラクでは、ね。
Z青年は、山崎良三指導員と尾沢康男指導員に「抗議」していた。
悔しいが、彼の立場からすれば当然の指摘ばかり。
こればかりは、今更悔いてもどうにもなるまい。Z青年自身にとっても、突上げを食らっている彼ら児童指導員らにしても、それは同じこと。
「今後はそんなことのないように・・・」
尾沢指導員は言った。
だが、彼の怒りは、そんな言葉で収まるはずもない。
じゃあ、私への対応はどうなのだ、という話になるのは、容易に予想がつくどころか、火を見るよりも明らかな話ではないか。
彼はさらに声を荒げた。
「タラは北海道、レバは焼肉屋、コンゴはアフリカです!」
青年より一回り少々年長の児童指導員という職掌をもってこの職場に勤める2名の男性たちは、下を向いて黙りこくっていた。とにもかくにも、時が過ぎるのを黙って待っていた。彼らの上司でもあり先輩でもある大槻和男園長から、職務上の叱責を受けているときのように。
ただし今回は、自分たちより年長の上司ではなく、まだ20歳になるかどうかの若者。Z青年は確かに、大槻園長にしてみれば「有為な人材」足り得る人物だが、自分の後輩であり部下でもある彼ら児童指導員らは、彼をきちんと育てるだけの仕事ができているとは到底思えていなかった。それでも、任せると決めた以上は彼らに任せねばと思い、できる限り口をつぐんできた。
彼の大学進学にあたり、大槻氏は、Z青年の奨学金や授業料免除申請の際の保証人になってやった。アパートを借りるに際しての保証人には、かつてよつ葉園に在籍していた米河清治青年の叔父がなってくれていたから、そこまでしてやる必要はなかったが、仮にそこまでしてやったとしても、それさえも焼け石に水としか言えないほどに、Z青年にとってよつ葉園という場所は許すことまかりならぬ「組織」であり、そこの職員らはどうにもならない者ばかり、という認識になっていた。
彼はO大の二部法学部に在籍している。
法律家になるかどうかはわからないものの、そのくらいの力は十二分にある。
その芽を削ぐような言動しかできていない幹部職員たる男性児童指導員らの日頃の仕事ぶりには不満を持っていた。それでも大槻園長は、極力部下である山崎・尾沢両児童指導員らを窓口にして、Z青年に対応した。
あの青年はいつか、よつ葉園での経験を何らかの形で世に出す。
そう思うと、自ら出張って何かを仕掛けることがはばかられるというのも、内心の一部にはあった。
それを「保身」ととるかどうかは、人によりけりだろうが・・・。
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