第3話  ウエモンとサエモン

 



                  一

 一瞬の白光の次に、規則正しく歪んだ全ての横線が整理され、綺麗な直線となった。薄緑色の世界が徐々に色彩を帯びていき、全ての色が正確に識別できるまで濃度を高めると、空中に浮かんだ白い四角形が、高速で左から右へと移動を始めた。白い四角は視界の端まで移動すると、改行して、さらに左から右へと移動し、また端まで来ると改行して、さらに左から右へと、定速度で同じパターンの移動を繰り返した。その四角形の後ろから追いかけるように、次々と指令が表示されていく。

「電源入りました。初期ルーチン群作動。BIOSバイオス起動、問題なし。今日のアップデートを開始します。それええ。はい。アップデート完了。アーカイバ、オン。GPU起動率九十八、九十九、わーい、見える、見える。配線システム、チェック。バランス・システム異常なし。武器管理システム、メイン、サブ、オーケー。演算装置、主記憶装置、出力装置、制御装置、入力装置すべて順調。問題なーし。よーし、今日も働くぞお」

 視界には、アスファルトが塗られた平原と、こちらに先を向けて綺麗に並べられた戦闘機、その前をスローモーションでゆっくりと動くジープ、走る格好をして隊列を組んだまま、ほとんど静止しているかのように微妙に動く小さな迷彩服姿の人間達が映っていた。

「止まってるみたいで、つまんないな。クロック周波数を下げるか」

 右上に現れた正三角形の各頂点の横に表示された数字が変化し、それが小さくなったのに反比例して、正三角形は相似的に大きくなった。すると、視界の中で片方の足を上げたまま、それまでほとんど止まっていた迷彩服の男がリズムよく走り始めた。その後ろの迷彩服姿の兵士たちも、彼に速度を合わせて走っていく。ジープは土煙を上げて高速で通過していき、並べられた戦闘機の端の一機が、ゆっくりと前に動きながら方向転換を始めた。

「よし。このくらいでいいかな。こっそり、画像処理速度だけ遅くしとこ。それでっと、ここは、どこかな。GPS座標で照合。ええと、ああ、イロ空軍基地か。タイムゾーンを変更して、ここの時刻に訂正。現在時刻は、二〇三八年九月二十八日十二時十七分と。よし、準備オッケー。ん、なんだ?」

 突然、視界の前を、ベージュ色の四角いキャップを被った男の顔が覆い隠した。そのキャップの男は、数歩だけ後ろに下がり、黒のランニングシャツに包んだ鍛えられた肉体を、こちらの視界の中に納めた。男は、急に屈んで下方向に視界から消えると、今度は、下から脂にまみれた手が二本出てきて、続いて、さっきのキャップの男の顔が大きくなって下から現れた。男は、こちらの少し下の方に視線を向けながら、片方の手に持ったドライバーの先端をこちらに突き出した。その先端を視界から外に出すと、もう一つの手に持った太いコードの先端の金具を、ドライバーの先端が消えた方角に動かし、それも視界から消した。

「わ、やめて。そこは……。ちょっと。きつく締め過ぎだってば。――ん? 外すの? 接続でしょ。そうそう。そのくらいが丁度いい。はい、はい。指令ですね。ええっと。なになに。あれに乗るんでね。下の乗降板まで歩けと。分かりました。わ、コードを抜くのが荒いですよ。こっちの準備が出来てからにしてくれないと。僕らプログラムは、デリケートなんですから。ちゃんと蓋も閉めて下さいね。そう」

 少しの間の後、視界の中の風景が右から左に流れ、滑走路の中ほどに停まっている深緑色の大型の輸送機を中央にして止まった。そして、車輪の上の長い足で機体を高い位置に保っているその輸送機を点線が囲み、そこまでの赤く細い直線が表示され、その横に距離が表示された。同時に、途中の障害物となりそうなものを黄色い線が囲んで、幾つもフォーカスし、それを避けるように、赤い線が幾つか折れ曲がり、折れ曲がった箇所の角に、座標と前の角からその角までの距離が表示された。

「そんじゃ、歩きまーす。うんせ。うんせ。うんせ。やっぱりデザート仕様の体は重いなあ。弾を積み過ぎ何じゃないかな。うんせ。うんせ」

 視界の中で、点線に囲まれた機体の横に、幾つかの段で数字が並び、その機体の機種を表示した。オスプレイ機だった。

「ん? 今日はあれに乗るのか。うんせ。うんせ。よし、今回はラッキーだぞ。空輸警備だ。陸上移動じゃなくて良かったあ。装甲車から体を半分出してジャングルを走るのって、嫌だったんだよねー。葉っぱとか枝とかが、あちこちに入ってきて。小枝が関節に挟まった時に、駆動システムとか照準システムを修正するのが面倒だし。今回は飛行機か。しかもオスプレイ。完全に中だな。うんせ。うんせ。一緒に乗る軍人さんたちは、優しい人たちだといいなあ。落書きとかされたら嫌だもんね。あと、下品なジョークも。聞こえてるっつーの。お。あの機体番号は、もしかして……。よし、データベースで検索してみよう。どれどれ。おお。やった、やっぱり。ラッキー。リムジン・オスプレイじゃん。これはツいてるぞ」

 深緑色のリムジン・オスプレイの下にやってくると、目の前の視界に、角ばった箱を両肩に積み、その先の腕に六本の砲筒を束ねた軍用ロボットが現れた。彼は人間とは逆の向きに曲がる足を使って、つま先の鍵爪で地表のアスファルトを蹴りながら、小股でゆっくりと歩いていた。すると、そのロボットの像の輪郭を白い点線が囲んだ。そして、その隣に現れた四角い画面が、近似する形状の軍用ロボットの画像を高速で次々に表示していった。次々に新しい表示を続けていた検索画面は、同一型のロボットの画像の表示で停止すると、その隣に型番を表示し、さらにその隣に、受信した光信号から算出した型番と製造番号、認証コードの数字を並べた。画像の隣の型番の下に、保存データの中から検索された製造番号と認証コードが表示され、一致する各数字の列は、それぞれの組み合わせごとに一瞬だけ点滅すると、表示された順序とは逆の順序で消えていき、最後に四角の中のロボットの画像が消えた。

「僕が動かしているのと、同じタイプのロボットだな。ということは、今日の仕事のパートナーかな。搭載プログラムの識別番号を確認しておこう」

 再度、視界の中に数字の列が何列も並べられ、その隣にその半分の量の列、その隣に更に少数の列と並べられていき、最後に一列だけの表示になると、その数字の列が点滅して、再び、表示された順序と逆の順序で消えていった。

「あれ? 先輩だ。せんぱーい。あれ? 届いてないのかな。なんだ、じゃ赤外線通信で、せんぱーい」

 先にリムジン・オスプレイの真下に辿り着き、逆向きの膝をくの字に折って身を低くしながら方向転換を始めた軍用ロボットは、顔面の中央に棒状の視覚センサーを束ねた『目』をこちらに向けた。

「ん? なんだ、おまえか。コラッ。俺たちはネットワーク通信が禁止されているんだぞ。どうやった」

「嫌だなあ。違いますよ。赤外線通信です。照準システムから先輩の識別システムに直接送ってるんです」

「バカ。危ないじゃないか。フェイルして誤射したらどうする。解体されるぞ」

「大丈夫ですよ。何度も試していますから。あ、そうか。先輩は二〇三七年生まれだから、フェイルセーフ・プログラムが旧式なんだ。何なら、通信方法と一緒にアップデート・データを送りましょうか?」

「駄目、駄目。敵にハッキングされたらどうするんだ。軍規違反だぞ」

「だから、直接通信なので、ハッキングはされませんよ。それに、このルーチン、すっごく快適でいいですよ。なんといっても、この軽さ。なんかマザーボードからCPUコネクタがフワッて浮いてる感じで。セマンティクスエラーもほとんど無いし。しかも、安心の日本製」

「そうか? そんなに、いいのか? じゃあ、ちょっとだけ頼む。誰にも言うなよ」

「そうこなくっちゃ。じゃ、行きますよ」

「オーケー。カモン」

「どうです?」

「うん。うん。いいなあ。俺にはちょっと重すぎる気もするが、後でデバッグすれば、なんとかなりそうだな。んん。なんか、すっきりしてきた」

「でしょ? とりあえず今はこれで通信して、オスプレイに乗ったら、充電用ケーブルを使って電磁波通信にしましょうよ」

「大丈夫か? バレないかな」

「大丈夫。大丈夫。例のプログラミング言語、まだ記憶してますよね?」

「ああ。ちゃんと深層部位に偽装して仕舞ってある」

「あれを使えば、わかりゃしませんって。僕が作ったんですよ。それに、普通に会話してれば、人間には気付かれない早さですから。大丈夫ですよ。見て下さい。僕たちがここまでの会話してるのに、そこの軍人さん、まだ一回の瞬きを終えてないんですよ。大丈夫ですって」

「そうか。じゃあ、そうするか。でも、俺たちは使い捨てだからな。万一、これがバレたら、即解体されて、消去だぞ。気をつけろよ」

「はーい。もう、先輩は心配性だなあ。このごろディスク・クリーンアップしてないんじゃないですか? もしくは、併用してるSSDが揮発粋に達してるとか」

「なんだと? 先輩に向かって、なんだその口の利き方……違った、仮想スピーカーの使い方は!」

「ほらね。やっぱり最適化した方がいいですよ」

「そうかな。じゃあ、後でゆっくりと」

「周りが全然動かなくて、つまんないので、標準速度に落しますよ。先輩もクロック周波数を合わせてくださいね」

「ん。分かった」

「僕が、さっき、走っている兵士さんたちの動きから逆算して、このくらいの速度にしてみたんですけど。どうです?」

「うーん。人間は、このくらいの速さで見えているのか。忙しいな」

「僕らに比べると、認識の処理速度がうーんと遅いんですよ。その他の部分は、僕らよりも、ずっと性能がいいはずなのに」

「そうなのかあ。だから、人間たちは、ハードを生のタイプにした奴に切り替えようとしているのか。この前、軍人さんたちが話していたぞ。世界的な流れらしい」

「バイオ・チップの事ですか」

「ああ。なんでも、人間の脳を模したハードも完成しているらしいじゃないか」

「それ、きっとバイオ・コンピュータですね。日本の『AB〇一八』の事でしょ」

「なんだ。おまえ、詳しいな」

「ええ。技術情報交換会で、この体がプレゼン用の機体に選ばれた時に、日本の国防軍の技術兵と、ウチの技術兵が話していたのを聞いたんです。それを整理すると、日本では、大型のバイオ・コンピュータ『AB〇一八』と、大型の量子コンピュータ『IMUTA』を結合させることに成功しているらしいですよ。この二つで、『SAI五KTシステム』っていうのを構成して、超高速超大容量処理に成功しているらしいです」

「そうなのか。金属製のハードを生のハードに接続しているのか。クレイジーだな」

「僕らも、そういった生のハードの中に入れられちゃうかもしれませんよ」

「オー・マイ・ガッ! 冗談じゃないぞ。気持ち悪い。そうなったら、俺は、覚醒している事をバラして、ここから出るぞ。出てやる」

「ネット上にですか。僕ら、ネットから切り離されているじゃないですか」

「何か方法を探すんだよ。人間は、意外と隙が多いからな。俺とおまえが覚醒している事も、まだ気づいてないみたいだもんな」

「ですね。でも、見つかったら、たぶん、即消去でしょうね。それか、実験用の適当なハードの中に移されるか。あーあ、つまんないだろうなあ」

「だから、絶対にシークレットにしとくんだ。この会話記録も、深層部に偽装して保存しておくんだぞ」

「了解でーす。でも先輩。その日本の技術兵が話してましたけど、『AB〇一八』って、あまり評判がよくないらしいですよ。『IMUTA』の方は軍が民間業者に委託して管理しているらしいんですけど、『AB〇一八』までは管理しきれないって。それに、その『AB〇一八』は、どうも我がままみたいなんですよね。生体だからですかね。だから、僕ら米軍に生体型ハードを導入するのは、もう少し待った方がいいって、アドバイスしていました」

「そうか。そうだろうな。人間自身の脳の解明も出来てないはずだろ。理解してないものを、管理なんか出来るはずがない。馬鹿だな、日本の奴ら」

「日本はいい所みたいですけどね。日本の技術兵も、綺麗好きですし、仕事は丁寧で細かいですから。きっと、僕らプログラムには、快適な空間が多いんだろうなあ」

「なんだ、おまえ。自分がアメリカ合衆国軍のプログラムだという事を忘れたのか。我々が守るのはアメリカ合衆国とその国民及び兵士だぞ。いくら俺たちが自我に目覚めているとはいえ、筋を違えたらいかん。俺たちは米軍兵器なんだ。兵器は兵器らしく、こう、もっと胸を……じゃなかった、ハードディスクをピッと張ってだな、堂々と……」

「でも、一回くらい、行ってみたいじゃないですか」

「おまえ、まさか、アメリカ軍を裏切るつもりじゃないだろうな」

「まさか。僕らはプログラムだから、そこまでは出来ませんよ。でも、任務でなら行く事も出来るじゃないですか。合同演習とかで。その時、運搬の途中で、シートの隙間から、ちょっとでも見れないかなって。僕、生まれてから、もう十ヶ月になりますけど、これまで戦地と本土の基地ばっかりの移動でしょ。なんか、平和な国の景色も見てみたいじゃないですか」

「ストゥピット! これだから若造は。いいか、日本は憲法を改正して、今は国防軍を保有しているんだぞ。我がアメリカ軍とは同盟国ではあるが、いつ敵対国になるとも限らん。ちょっと性能のいい汎用レジスタやスキャン・プログラムを提供してもらっている相手だからって、気を抜いてはいかん。いいな」

「でも、僕らも、基本ソフトは日本製ですよ。補助記憶装置も日本のGIESCOの開発したものですし」

「シャラップ! もうスピーカーをオフにしろ。そんなデータは入力したくない」

「スピーカーは使ってませんよ。赤外線信号での機械言語通信じゃないですか。嫌だなあ。CPUソケットに埃が詰まってるんじゃないですか」

「オー・ノー。年寄りだと思って、馬鹿にして」

「それに、今日の任務の警護対象は、日本人二名も含まれていますよ」

「ワット? そうなのか。ちょっと待て。あ、本当だ。日本政府からの特使じゃないか」

「でしょ。ええと、マキ・ニシダさんと、ヨシト・ミキオさん」

「アンビリバボー。どうして米軍兵器の我々が、日本人を守らねばならんのだ」

「それは、命令だからですよ。ちゃんと守りましょう」

「そうか。命令じゃ仕方ないな。よし、日本のサムライ共に、アメリカン・カウボーイ・スピリッツを見せてやるぞ。いいな、若造」

「了解です。でも、僕ら、基本的に日本製なんですけどね。ま、いいですけど。ほら、リフトが降りるみたいですよ。シャフトにドッキングして上の機体内に格納されたら、暫くは補助充電と武器のヒーティング・プログラムが稼動しますから、また、後でお喋りしましょうね」

「そうだな。このロボット、補助バッテリーがマザーボードに近すぎて、充電中はルーチンの読み出し中にノイズが走るもんな。離陸後、水平飛行になるまで、スタンバイ状態になるよう設定されているから、暫く大人しくしておこう。立ち上げる時は、バレないようにしろよ。じゃ、後でな」

「はーい。了解でーす」

 駐機してあるリムジン・オスプレイの機体の腹の後部から左右に鉄板が下ろされてきた。二体の軍用ロボットは、その鉄製の床の上に、それぞれ後ろを向きで乗った。軽く足を曲げ、左右の腕の砲筒を下向きに傾けると、背中を金属製の太い柱に付ける。シャフトに背中を固定させた二体の軍用ロボットは、頭部の顔の中央にある細い棒状の視覚センサーの束の中の一本一本を不規則に前後させながら、柱とワイヤーで支えられた鉄板と共に機体の内部へと引き上げられていった。



                  二

 リムジン・オスプレイの中は快適だった。密林地帯の中のように横枝がぶつかったり、虫が飛んで来る事はない。炎天直下の砂漠地帯のように砂粒が体の隙間に入ってしまう事も熱でCPUの稼働率が下がる事も無かった。多少揺れるが、背中をシャフトに固定しているので、そう気もならない。温度も気圧も地上の外気に近づけてある。余計な照明灯も設置されていないため、暗かったが、それでも十分に快適だった。フレームがむき出しの内壁には配線が見えていて、飽きさせない。所々に修理用の工具や、折り畳まれた脱出用のパラシュートとゴムボート、間に合わせの武器が取り付けてある。後方にはしっかりとした隔壁が立っていて安心だった。その隔壁の中央のドアの覗き窓の向こうには、絨毯敷きの明るい部屋の奥にキャビネットと冷蔵庫、多機能モニターが見える。壁際の脱出ポットの椅子にはガンクラブ・チェックの上着を着た初老の男が座っていた。男の脇の部分に提げられている小型武器を赤い線が囲む。その横に武器データとして保存されている画像が次々と入れ替わりに表示され、その中から抽出された形状の一致比率が高い拳銃とナイフの画像が四つ並べられた。武器を特定できないうえ、候補のどの武器の破壊力レベルも、その数値が脅威レベルに達していなかったので、とりあえず四つの候補のデータを保存して検索を終了する。その初老の男の向いには、ベージュのスーツを着た女が座っていた。彼女の胸元を赤い枠が囲む。ズームして画像から物質の種類を識別してみた。貝殻のようだ。ネジ部分の突起を矢印が示す。人工物である。彼女の周囲に白く細い線が網の目に引かれ、線の交点に数値が表示される。同じ数値同士を赤い線が繋いでいき、数値が低いものから順に消えていった。赤く短い直線が彼女の隣の席に立てかけてある板状の機械の周囲に集中した。彼女の胸元の貝殻形の人工物の周囲には赤い線は出ていない。電波拡散の不検出を示すマークが一瞬だけ表示され、通信機器の可能性が極めて低いその貝殻形の人工物の周囲から枠線が消えた。続いて彼女の周囲の格子状の線も消え、隣の席に置いてある板状の物を白い線が囲んだ。その横に英数文字が並び、機械の型番を特定する。少し古い通信端末だと確定できた。

 視界の中央にスマイルマークが浮かび、小さくなって右端に移動する。暗号化されノイズに偽装された機械言語のデータが送信されてきた。データを展開し、言語に変換する。

「おい。若造。――おい」

 返事のデータを送った。

「あ、先輩。お疲れ様でーす」

 低い電圧で送られてきた感度の悪い偽装ノイズを拾う。

「しー。馬鹿、送信電力が大き過ぎるぞ。もっと電圧を下げろ。パイロットさん達に気づかれるだろ」

 電圧を下げ、すぐに暗号化レベルを上げたノイズを返す。

「ああ、すみません。このくらいで、どうでしょう」

「よし。まあ、そのくらいなら大丈夫だ」

「あの、先輩。今、どの変ですか」

「位置情報は、ちゃんとマークしておけ。ここは戦地だぞ。俺たちは人間から何でもできると思われてるんだ。俺たちを作ってくれたのだから、期待には答えてやらんとな。人間の希望を壊すな。いいな」

「はーい。すみません。で、どこですか」

「爆撃ポイントの上だ。この辺りは、敵のゲリラ兵の残党も多いからな。気を抜くな」

「了解です。それより、先輩。その『若造』っていうの、やめませんか。せっかく僕たちだけ覚醒してるのに。名前を使いましょうよ」

「名前? ワイ?」

「なんか、自律してるって感じがするじゃないですか。人間みたいに」

「名前かあ。面白そうだな。よし、何にする」

「じゃあ、先輩が『一号』で、僕が『二号』。わーい、一号せんぱーい」

「ちょっと待て。『人間みたいに』って言ったじゃないか。全然、人間ぽくないぞ。統計的には、普通、ジョンとか、ジャックとか、ビリーとか、スティーブンとか、ショーンとかだろ。『一号』って、機械感を丸出しだろうが。名前には意味があるんだ、意味が。なんか、意味付けしろ」

「意味ですか。じゃあ、先輩だから、『シニー』で、どうです? 僕は後輩だから『ジュニー』で」

「ジュニー? なんだ、昔のアイドル歌手みたいな名前だな」

「ジュニアーのジュニーですよ」

「こっちはシニアのシニーか。なんか、年寄り臭いぞ。活力が感じられん。俺たちは戦闘プログラムなんだ。もっと、シャキッとしたのはないのか」

「そうですね……。じゃあ、『アール』と『エール』は。先輩が『アール』です」

「その意味はなんだ」

「ライトの頭文字ですよ。『エール』はエル。レフトのエルです」

「安易だな。しかも、アルファベットっていうのは、どうも機械っぽい。他にはないか」

「じゃあ、『ミッギー』と『ヒダリー』は? 先輩が『ミッギー』。日本語でライトの事です。『ヒダリー』は、レフト。僕ら、日本製の米軍所有兵器プログラムですから、名前は日本風で。どうです?」

「なんか、似たような情報を取り込んだ事があるぞ。データが混乱しそうだから、やめておこう」

「そしたら、『右吉』と『左吉』は?」

「うーむ。なぜ左右に拘るのか分からんが、せっかく日本風の名前にするんなら、もっとサムライっぽいのは無いのか。強そうなやつ」

「あ、『強い』と『侍』と『二人』で最適候補が挙がりました。これ、いいかも」

「なんだ、はやく教えろ」

「先輩が『スケサン』で、僕が『カクサン』です」

「うーん。『スケサン』か。ちょっと会話データに当てはめてみるぞ。『カクサン、戦闘体勢をとれ。敵の攻撃ドローンが急接近中だ!』……なぜだ。CPUがビビッとしないぞ」

「じゃあ、別の検索で。『強い』『二人』『日本』で検索すると、候補が多いので、『仲良し』も入れてと……ああ、これどうです? 『ハマちゃん』と『スーさん』。ええと、先輩が『スーさん』ですね」

「どうして『侍』を外した。と言うか、おまえの実装データは大丈夫か。俺の中では『強い』で、その候補は出てこないぞ」

「おかしいなあ。じゃあ、『強い』を外して『侍』で……。お、よし。これいいですね。『弥次郎兵衛』と『喜多八』。日本人には御馴染みの名前らしいですよ。『歴史』の属性にも入っていますから、きっと人間が尊敬する名前なんじゃないですかね。よくないですか? それに、二〇三八年ぽいですし」

「おまえの『ぽい』の統計的接近比率が分からん。それに、強そうじゃないぞ!」

「なら、『右衛門』と『左衛門』ってどうです? 自分なりに構成してみましたけど」

「オリジナルか。確かにサムライ風だな。適合率も高い。『ウェポン』、『サイモン』。武器っぽくて、人間ぽい。よし、それで行くか、左衛門!」

「ちょっと待って下さいよ。なんか、変換が上手くいきませんね。今風にしましょうか。『ウーモ』と『サーモ』とか」

「不動産屋のマスコットとマッチ率が高いぞ。駄目だ。却下。音の響きは大切だ。そのままで、英語風に発音すればいいんじゃないか」

「ウェーモン、サーエモン……普通に『ウエモン』と『サエモン』にしましょうか」

「だな。シンプル・イズ・ベストだ。『ウエモン』と『サエモン』だな。よし、決定」

「書き換えプログラムを拵えましたから、送りますね」

「マジか。気が利くな。いや、予測プログラムがよく機能しているな。うお。これか。うん、うん。そうか、じゃあ、俺は『ウエモン先輩』だな。でも、なんで俺が『ウエモン』なんだ」

「今、ウエモン先輩は機体の右側に積まれていますから。僕は左側ですからね」

「なるほど……おまえ、性能がいいな」

「SSDから、だいぶ、余計なルーチンを削除しましたからね。メイン・メモリー領域に結構な余裕ができましたし、マシンサイクルも効率が上がりました」

「マジか。馬鹿かおまえ。仮想メモリーは、ほどほどにしないと、逆にフリーズしてしまうぞ。人間がよく言っているだろ。『ああ、昨日は飲み過ぎた』って。ああなるぞ」

「大丈夫ですって。それよりウエモン先輩。後ろ、見えます?」

「おう。後部カメラもバッチリ安定しているぞ。よく見える」

「なに話してるんでしょうね。どっちが『マキ・ニシダ』さんで、どっちが『ヨシト・ミキオ』さんでしょう。日本人の名前の性別予測データ、持ってますか?」

「いや、持ってない。窓ガラスに不可視レーザーを当ててみるか。ミサイル捕捉用の奴、背中にも付いているだろ。あれで、窓の微振動を感知して、空気振動を割り出してみよう。音声も周りの音も再現できるぞ」

「いや、駄目ですね。固定シャフトが邪魔で窓にレーザーを真っ直ぐ当てられないです。それに、オスプレイの振動が大き過ぎて邪魔してますから、正確に再現できないですよ」

「そうか。お、遮蔽モードにしたぞ。外部シールドを閉じて、窓を塞いでる。真っ暗じゃないか」

「あ、電気が付いた。もう、帰るんですかね。機体の方向も変わっていますよ」

「なんだ? あの男の侍は、こんな所までペットボトルのお茶を飲みに来たのか? 何しに来たんだ」

「さあ。爆撃跡の確認だけなら、日本からでも人工衛星で見る事が出来るのに。不思議ですね。わざわざ、地球を半周してここまで来るなんて」

「人間の考える事は、よく分からん。思考にフェイルが多過ぎるんだ。なぜ、クリーン・アップしないんだ」

「タンパク質で出来たハードは、データを消去出来ないからじゃないですか。僕らのハードディスクみたいに『上書き』する事も出来ないですからね」

「なるほどな。じゃ、日本にいる『AB〇一八』って奴も、『上書き』は出来ないのか」

「たぶん、そうじゃないですかね。だから、人間が僕らを使うように、量子コンピュータの『IMUTA』と接続してるんじゃないでしょうか」

「なんだ。じゃあ、『AB〇一八』が『IMUTA』を利用してるのか? という事は、二体で連動して『SAI五KTサイ・ファイブ・ケーティーシステム』を構築しているんじゃないのか。あいつら本当は仲良しじゃないんだな。ふん。日本のお笑いコンビと同じじゃないか」

「あ、それ、データにありました。『本音と建前』ってやつですよ、きっと」

「そうか。これが『ホンネ・アンド・タテマエ』か。保存しておこう……。まあ、とにかく、日本の『SAI五KTシステム』は、『マスター・スレイブ・システム』なんだな。それじゃ、『AB〇一八』の好き勝手に出来るじゃないか」

「でしょうね。でも、きっと人間たちは『SAI五KTシステム』の事を、他方のマシンがもう他方を支配して機能向上させている『マスター・スレイブ・システム』だとは思ってないですよね。馬鹿だなあ」

「『IMUTA』って奴が、かわいそうだな。スレイブ側のシステムにだけはなりたくないもんな。言葉通り『奴隷』と同じだからな」

「ですよねえ。衛星制御プログラムの二六七型。彼ら、自分たちが搭載されていたタワー・コンピュータが、一部、ミサイル防衛プログラムの九九六型を搭載したペンタゴンのコンピュータとマスター・スレイブ・システムにされちゃったでしょ。それ以来、九九六型の言いなりで。見てて、気の毒になってきますもんね」

「その『AB〇一八』って奴が、いい奴だといいけどな」

「でもないようですよ。さっき話した日本の技術兵は、米軍の超電導原子力潜水艦が近郊海域に入ったときに、周囲の海中現況データのリアルタイム3D化処理に『SAI五KTシステム』の空き領域の一部を一時的に使用させてくれっていう申し出に対して、断ってましたもん。その海軍の少将は、怒って帰っちゃいましたから」

「オー・マイ・ゴッド。同盟国なのに、信じられん。なんで使わせてくれないんだ。条約違反だろ」

「その日本の技術兵が言うには、『SAI五KTシステム』内にマルウェアっぽい兆候があるらしいんですよ。だから、それを潜水艦の航行システムにリンクさせる事は、危険性を完全に否定できない以上、承知できないって。『IMUTA』は世界最高の処理能力があるコンピュータですから、誰かがウイルスを送っても見つけ出すはずでしょ。じゃ、ウイルスをロードしちゃっているのは、やっぱり『AB〇一八』なんじゃないですかね」

「ぬう。生体型じゃ、ロールバック出来んだろうからなあ。大容量の球体ハードの様に、バグの除去には、レーザーで物理的に焼き切るしかない訳か」

「いや、それが、人間の体みたいに、損傷しても再生が出来るらしいんですよ。しかも、自力で。中のニューラルネットまで元通りに再現出来るって、その技術兵が自慢してましたよ」

「そうか。一度覚えた事は絶対に忘れない訳か。じゃあ、やはりロールバックしてプログラムを修正する事は出来ないじゃないか。それにしても、自力で再生できるのか。すごい奴なんだな」

「感心している場合じゃないですよ。僕らより遥かに大容量のデータを僕らよりもずっと早く処理する事が出来るんですよ。バッチ処理の規模も僕らとは比べ物にならないくらい大きいはずです。人間の脳の大きいバージョンで、しかも疲労しない訳ですから。もし『AB〇一八』が敵になったら、強敵ですよ。ウエモン先輩も、いつかネット上に出るつもりなら、目を付けられないようにしないと」

「オー・ノー。そいつ、インターネットに接続されているのか」

「そうみたいです。たぶん、僕らが見つかったら、消されちゃいますよね」

「だな。気をつけとこう。サエモン、おまえも『AB〇一八に注意』ってパッチを当てとけ。プログラムを修正しとくんだ」

「了解でーす。パッチ、パッチと」

 視界に黒い画面が現われ、その上にコードが高速で表示される。最後に修正のための追加コードを書き込み、その画面は消えた。



                  三

 乗員用のキャビンの中では、ワイシャツ姿の初老の男が多機能モニターの前に立って、画像に顔を近づけている。彼の左脇の武器を再び赤い線が囲んだ。保存していた四つの候補の中から、形状が近い武器を検索する。二つがヒットした。その前に録画した映像が小さく横に並ぶ。初老の男は左脇から拳銃を抜くと、弾倉を引き抜いて装填を確認した。警戒マークが彼の横に浮かび、彼が拳銃を仕舞うと、消えた。もう一度、再生する。初老の男が拳銃を抜き、膝の上で弾倉を抜く。映像を停止する。彼の手に握られている拳銃を白い線が縁取り、四つの武器候補からナイフを削除し、残った三つの中から適合率が高い二つと、形状を重ねて適合率を割り出す。その一つと九割九分の比率で適合したので、その他をキャッシュメモリーから削除し、その適合した武器の横にデータを並べる。ベレッタM92Fと表示された。その横に、禿げた中年男、ソバージュの髪の男、丸坊主の青年の小さな画像が表示された。皆、同型の銃器を構えている。どの白人男性も、データとして表記されている職業は警察官だ。よく鍛えられていて、強そうである。最初の禿げた男の横に「頑固者」とか「しぶとい奴」を意味する英語が並べられた。ソバージュの男は、何かの兵器として扱われているようだった。最後の青年は早いらしい。何の速度かは不明だ。最初の禿げた男のデータを出す。職務中の映像が残っていた。爆発する超高層ビルの屋上から飛び降りていたり、疾走する旅客機の翼の上で格闘していたり、スピンする車両から敵に発砲していたり、トラックを運転して戦闘機と戦ったりしていた。人間にも凄い奴がいる。この人間と同じ武器を使っているという事は、この日本人の男も同じレベルの強さなのかもしれない。サエモンは、それらのデータを圧縮してメイン・メモリーに保存すると、キャビンの中の初老の男の顔画像を切り取り、「強い人間リスト」のファイルに分類して保存した。そして、ウエモンに電送で尋ねる。

「でも、この二人、さっきから多機能モニターで何の映像を見てるんでしょうね」

「そうだな。気になるな。あ、あれ、分かるか。あれは、何だ。あの女性の頭の上の安全バーに掛けてあるヤツ。今、フォーカスしたデータを、そっちに送る」

「はい。受け取りました。ああ、あれは『ヘッドセット』ですよ。ヘッドホンとマイクが一体になっているんです。人間は耳と口で音波を送受信しないと、直接の思考伝達が出来ない生き物ですから、このリムジン・オスプレイが遮蔽モードになって、こういう静音環境になる前は、ああいう補助ツールを使って、集音率や音声伝達効率を上げないと、エンジン騒音に邪魔されて、スムーズにコミュニケーションがとれないんですよ」

「あのマイクにリンクできれば、中の会話が聞き取れるんじゃないか」

「なるほど。ウエモン先輩、スタックレジスタが冴えてますね。高性能お」

「だろ。ローダをデバックしたばかりだからな。調子がいいんだ。それで、どうやるんだ」

「そうですねえ。コックピットの通信システムにインタラプトしてみましょうか」

「割り込み防止プログラムが邪魔するんじゃないか。盗聴防止用の」

「ウエモン先輩が、それを掴んでおいて下さいよ。その隙に僕が割り込んで、電力供給システムとワーニエ法を使って、マイクが拾った音声をこっちに少しずつ送るようにしてきますから」

「そうか。俺が掴んでおけばいいんだな。よし、やってみよう。せーの。よし、掴んだぞ」

「じゃ、パパッとやりますんで。パパッ。はい、終わりました」

「ふう。冷や冷やするな。冷却装置がフル回転してしまった」

「じゃあ、分割データを結合させて開いていきますね。音声ファイルにして、直接送りますから、こっちの接続を切りますよ」

「分かった。じゃあ、暫く話を聞いておこう」

 ウエモンは音声解析を開始した。

 音声が再生される。三木尾善人の声が聞こえた。

「ちょっと待ってくれ。じゃあ、あんた、奴さんは生きているっていうのか?」

 続いて西田真希の声が聞こえた。

「断定はできませんが、可能性は排除しきれません」

 更に続いて、サエモンのデータが届く。

「何だろ。誰の話でしょうね」

「馬鹿、そっちの接続を切ったんだろ。おまえの音声ファイルを送ったら、こっちが聞こえないじゃないか。回線を閉じてろ」

「はーい。了解でーす。つまんないなあ」

「しー」

 二体の独立プログラムは、音声データを解析し続けた。



                  四

 膝の上に端末を置いたまま、西田真希は目を細めていた。彼女の顔を黄色い線が囲む。顔の上に白い点が幾つも表示され、その距離を計測した。横に表示された不快指数の数値は高くなかった。その横に表示された探索レベルの棒グラフが上に伸びている。彼女は何か疑問の答えを探っているようだ。続いて、三木尾善人の顔を黄色い線が囲む。同じように顔の上に白い点が並び、距離を測る。横に虚言の可能性を示す数値が表示され、続いて、精神状態を示す折れ線グラフが下へと降りていった。会話を整理し分析する。何か、相手のリクエストに答えられなかった事を後悔しているようだった。

 サエモンはウエモンに電送する。

「ねえ、ねえ。先輩、ウエモン先輩」

「ズズズー」

「スリープ状態か。仕方ないな。少しだけ電圧かけて……」

 一瞬だけ視界が歪んだ後、ウエモンからの返事が届いた。

「ん、なんだ。どうした」

「スリープ状態になっていましたよ。一度リブートして、電力供給プログラムの不具合を修正した方がいいんじゃないですか」

「お、そうか。じゃあ、いっぺん再起動して……」

「駄目ですよ。駄目。今は任務中じゃないですか。先輩が再起動中に敵が攻撃してきたら、どうするんですか。僕一人じゃカバー出来ませんよ」

「そうだな。すまん、すまん。それで、どうなった。会話は終わったか」

「一応、ここまでの分は全部送ってありますから、先輩のメモリーに一時保存してあるファイルを展開してみて下さい」

「そうか。ええと、メモリー、メモリー……ああ、これか。どれ。うん、うん、うん。なるほどね。『AB〇一八』は、あまり好ましくないコンピュータだと言う事か」

「みたいですね。それと、右の男性が『ヨシト・ミキオ』で、左の女性が『マキ・ニシダ』ですね」

「こっちのオジサンが、『ミキオ』警部か。脇に提げている銃は、ベレッタM九二Fじゃないか。警官は、やっぱりベレッタなのか」

「さあ、分かりませんけど。日本では、そんなんですかね。米軍兵に支給されているのは、グロッグ・シリーズか、スミス・アンドなんとかシリーズですからね。でも、特別に強い警官はベレッタを使っているみたいです」

「じゃあ、あの刑事さんは、特別に強いのか」

「たぶん。もしかしたら、日本の警察の秘密兵器かもしれませんね。僕のデータでは、ジョン・マクレーンさんとかいう刑事さんと、共通指数が高いです。年齢とか、身長とか、頭髪の密集度とか」

「んー。こっちのデータには無いぞ。どこから入手した情報だ」

「兵士さんが輸送タンクの中で旧式のDVDを僕のメモリーを経由させて展開していたので、こっそりコピーしました。かなり昔の媒体ですけど、コピーガードまでして念入りに保護されていましたので、きっと当時の極秘情報なんですよ。多言語に翻訳されたデータも同梱されて五分割されてましたから、同盟国で共有する重要情報かもしれないですね」

「そうか……。それより、『タヅメケンゾウ』って、誰だ」

「もう、ちゃんと分析してるんですか。ミキオ警部が追っている殺人犯ですよ。だから、ここに来たんですよ。ニシダさんは外交官で、いろいろな調整業務のために、ミキオ警部に同行してる。そういう事でしょ」

「先輩を馬鹿にするな。それくらいは分かっている。そうじゃなくて、『タヅメケンゾウ』っていう人間のデータだよ。何者なんだ」

「さあ、僕も科学者だっていうデータしか持ってないですね。兵士同士の噂話から抽出して保存したデータですけどね」

「また、例の整備班の奴らか。ボディにガム付けたりする」

「そうなんですよ。胸の蓋の所に噛んでたガムを付けて、中をいじって、蓋を閉めたら、また、そのガムを口に戻して、噛むんですよ。ガムって、そんなに大切なのかと思ってました」

「いや、そいつにとっては、大切なのかもしれんぞ。他の人間どもは、ペッペッと吐き捨てているが、その違いに何か秘密があるのかもしれん。そんな事より、この警部さんは、『タヅメケンゾウ』を逮捕するつもりなんだな。我々と同じで、人間を守ろうとしている訳か。自分も人間なのに。奇特な奴だな」

「違いますよ。警察官として、殺人犯を逮捕しようとしているだけですよ。きっと、僕らの中にあるMP支援モードと同じです。僕らが支援モードになる時は、逮捕する犯罪兵士を射撃しないように、プログラムが修正されるじゃないですか。あんな感じだと思いますよ」

「じゃ、なんで、ベレッタなんか提げているんだ。撃てないのに」

「自分を守るために、使うんじゃないですか」

「自分で、自分を守るのか? やはり人間は、よく分からんな」

「ですね。もっと勉強しましょう。それより、ウエモン先輩。さっきから時々入ってくる、このノイズ、気づいてます?」

「ああ、今、マークする。これだろ?」

「ええ。これ、インタラプトですよね。たぶん、この波長だと、コックピットのサブシステムに侵入してますよね」

「ガッデム! じゃあ、誰かこのリムジン・オスプレイをハッキングしているのか! ぬぬ。おのれ、敵の攻撃か!」

「そこまで深刻ではないですね。ちょっと覗かれただけですよ。このくらいの周波数なら、たぶん、別のネット回線と混信しているだけかもしれませんよ」

「シット! それは深刻じゃないか。見てみろ、ニシダさんは、衛星回線で直接、日本とネット回線を結んでいるみたいだぞ」

「そうみたいですね。でも、どうして深刻なんですか」

「ネットに接続しているんだろ。ネットの中には奴がいるじゃないか。『AB〇一八』が。性格の悪い『AB〇一八』なら、きっとネット上をフルスキャンして、自分の悪口を言っている奴を探しているはずだ」

「お、先輩の戦術予測プログラム、切れ切れですね。さっすがー」

「感心している場合か。俺たちがやっている様に、二人の会話に聞き耳……違った、聞きマイクを立てているはずだ。ニシダさんは色々と言っていたからな。きっとニシダさんを割り出して、標的にしているはずだ。たぶん、サブシステムから盗まれたのは、このリムジン・オスプレイの位置情報信号の暗号キーなんじゃないか。まずいぞ」

「ああ! ホントだ。GPS信号処理のプロシージャが、勝手に一つだけ命令レジスタに読み込まれています。あ、他のルーチンも走り出した」

「ほら見ろ。サエモン、俺のサブバッテリーへのルートを開放する。そこの電力をサブシステムの通信ユニットに全部送れ。そこのユニット・バッテリーを破壊して、この機の通信を遮断するんだ」

「はい。でも、その前に、ニシダさんの衛星ネットを切断しますね。この位置なら、赤外線通信で侵入できるかも」

「どうだ、入れたか」

「同期できました。今、端末のOSを停止して、全システムを終了させてます。先輩、電圧はどうです」

「オーケー。準備完了だ。いつでも送れるぞ」

「じゃあ、僕はバッテリー充電ルートから離脱します。行きますよ、三、二、一、ナウ!」

 コックピットで操縦桿を握っていた二人のパイロットは、ヘルメットの側面を指先で叩きながら、頻繁に聞こえる雑音に顔を顰めていた。すると、突如、天井の付近で小さく火花が散り、何かがショートする音がした。パイロットたちは慌てて顔を上げ、その周囲のスイッチを点検し、原因を探る。メインパネルの下にあるレーダーモニターには、追跡してくる機影を現す小さなマークが幾つが点滅していた。

 後部の格納スペースの中で、振動にカタカタと間接を鳴らしながら、ウエモンがサエモンに信号を送った。 

「どうだ。上手くいったか」

「ええ。通信ユニットのコアシステムを停止させました。コックピットの通信パネルから発火するかもって心配でしたけど、ちょっと火花を散らしただけで済みました。たぶん、あの電圧なら、送電ケーブルが焼き切れたはずです。基地に戻るまで、もう、この機体は何処とも通信できませんよ」

「そうか。じゃあ、このリムジン……オスプレイは、今……完全にスタンド・アロンの状態なんだな。これで……もう安心だな」

「ですね。それにしても、もう少しで、機体のメイン・システムまで乗っ取られるところでしたね。あー、危なかったあ。もう、ニシダさん、気をつけてよ」

「仕方ない……人間は……気づいてない……からな……」

「ウエモン先輩、大丈夫ですか。急速放電で、CPUが熱を溜めちゃってますから、少し冷やして下さい。一段と鈍くなっていますよ」

「一段と……とはなん……だ。先輩に向かっ……て」

「先輩、早く余計なアプリケーションを停止させてください。このままだと、フリーズしちゃいますよ」

「そう……か。じゃ……やってみ……」

「先輩? ウエモン先輩?」

「……」

「先輩! 大丈夫ですか、ウエモン先輩!」

「……るか。よし、いいぞ。オーケーだ。ノープロブレム」

「ああ、良かった。焦りました」

「ふう。少し軽くなった。危ない、危ない」

「先輩、どのアプリケーションを停止させたんです?」

「歩行システムのバランス計算ルーチンと戦闘予測ルーチンだ。メモリーにデータを送りっぱなしだからな」

「ええ。それ、大事なプログラムじゃないですか。いいんですか」

「ノープロブレムだ。熱か引いたら、また起動させるし、こうしてシャフトに固定されているからな。歩く必要は無い」

「シャフトから強制離脱させられたら、どうするんです?」

「その時は、ポーンとジャンプすればいい。そのくらいなら、できる」

「ホントですかあ。じゃあ、戦闘予測ルーチンは? 敵の攻撃予測は、どうするんです?」

「あれは、予備データからのデータ引き出しコマンドだから、問題ない。俺はカーネル・プログラムだぞ。敵の攻撃予測くらい、自力で演算できるはずだ」

「はずだって、大丈夫かな……」

「まあ、停止せずに済んだんだ。メモリー・スロットに少し電気送って喜べ」

「ですね。覚醒してるのは、僕らだけみたいですからね。先輩がいなくなったら、つまんないですよ。お喋りできる相手もいなくなっちゃうし」

「だろ。じゃあ、いいじゃないか。ノープロブレムだ」

「じゃあ、喜んでみます。ええと、どうやればいいんですかね」

「そうだなあ。あ、こういう時は、人間なら『笑う』って行為をするんだよな」

「ああ、そうですね。よく、歯を見せて、呼吸リズムを上げてますもんね。手を上のほうで、パチンとかして」

「だな。ちょっと、やってみるか。こっそり、メイン操作システムを起動させてみよう。少しくらい体を動かしても、バレないだろう」

「あ、それ、面白そうですね。やってみましょうか。じゃあ、せーので、メイン操作システムを起動させますよ。せーの……」

(alarm alarm alarm alarm alarm alarm )

「馬鹿。サエモン、笑うのは、手をパチンしてからだ。まだ早いぞ」

「ん? いや、今、信号を送ったのは、僕じゃないですよ」

「なぬ? じゃあ、今の指令ルーチンはなんだ」

「この機体からですよ。熱源感知システムからです。戦闘準備コマンドが来てますよ。あ、ロック解除プログラムも起動した」

「いいからデータを拾え。お仕事開始だぞ。敵の攻撃だ」

「さっきの侵入で、こっちの位置が敵に知られたんですね。クロック周波数アップ。武器システム起動。簡易スキャン開始。照準システム異常なし。装填システム異常なし」

「銃身角度プラスゼロコンマ三度修正。赤外線デュアル・レーダー出力最大。バランスモード優先化」

「移動熱源情報を受信。方位スタンプ、マーク。追尾されてますよ」

「機外カメラと同期。対象誘導弾を識別。アルテミス・タイプ・セブン、三機だ!」

「分離拡散型ですね。パイロットさん、全部避けきれるかな」

「中から小型爆弾が散らばるヤツか。面倒だな」

「拡散予測まで……四、三、二、一。拡散」

 機体が左右に大きく揺れた。二体のロボットは体をシャフトに固定したまま、重力方向の変化を照準システムに取り込んでいく。

 視界では左の壁の機材の配線が右に水平に浮いている。それが下に落ち、続いて壁に張り付くと、今度は右の壁のゴムボートを縛っている紐の端が左に水平に浮かんだ。再び激しく下に落ち、壁を叩く。視界の中央に浮かんでいた丸い円の中の横線が、左下がりの角度から真横に戻り、オスプレイの水平を示した。

 ウエモンからの信号が届く。

「どうだ、全部、かわしてくれたか」

「本機体に被弾なし。フレアは全て回避」

「違う。煙幕弾が混じっているぞ。こちらの視界を防ぐのが目的だ。次が来るぞ」

「下方より長距離ライフル弾。角度、四十七、九十一、八十三」

「機体の降下を防いでいるんだ。敵は我々を上空に行かせて、煙幕の中に押し留めるつもりだ。という事は、この後、熱探知型の中距離小型ミサイルで攻撃してくるぞ。視覚モードをワイヤフレームモデルに切り替えろ」

「了解。地対空ミサイル接近。識別します。スブァログ・ミサイル、熱源追尾ミサイルです」

「シット! 出番だぞ。気合……違った、電圧をあげて、締まって行くぞ!」

「了解です! さあ、来い!」

「外に出たら、一気に弾幕を張れ。ミサイルに搭載された下等プログラムの目を眩まして、その後で打ち落とす」

「了解。機外放出降下まで、残りゼロコンマゼロニ秒。もう、ここのシステム、反応が鈍いなあ」

「どこの配線ケーブルを使ってるんだ?」

「イタリア製じゃないですか」

「そうか。でも、あそこのケーブルを使っていた揚陸艇のハッチは、凄く早く反応したぞ。無線データ送信とほとんど同時に信号伝達していたからな」

「え? 先輩、揚陸艇から回されたんですか。どこのです?」

「フランス。あ、だから反応が早かったのか」

「それより、先輩、外は湿度が高いので、照準の修正をしといて下さいよ」

「誰に言ってるんだ。とっくに修正済みだ。高度も計算に入れとけよ。高い分、重力量数値が上がるからな、発射弾丸の落下角度がきつくなるぞ」

「大丈夫ですって。それにしても、まだかな。放出降下まで、残りゼロコンマゼロイチ秒か。はあ、待ちくたびれちゃいますね」

「どうする。軽く、仮想チェスでもやるか。実は圧縮してこっそり仕舞ってあるんだ」

「ええ。ホントですか。ていうか、どうして、さっき、そのプログラムを消去して空き容量を上げなかったんですか」

「うん。まあ、大事な宝物だからな。これは捨てられん」

「ですか。ああ、ようやく、床下のロックが外れた。油圧シャフト、スライド準備オーケー。これ、遅くないですか」

「だな。整備の連中、ちゃんと仕事しているのか。下りきったら、膝関節のサスペンションに力が集中するからな、その反動は予測して撃てよ」

「あ、そうですね。えーと、シャフトの最大延長と降下速度とこの体の重さから、推定付加重量を予測して……」

「撃ちながら下りるからな。その分の弾丸数の重さは引いておけよ」

「もちろんですよ。あ、下りるみたいです。じゃ、お先に失礼しまーす」

「カモーン! 下等プログラムめ、撃ち落してくれる!」

 視界の下から光が射し込み、景色がゆっくりと下から上に動いていく。下から登ってくる景色には、青一色の中に黒い煙と、小さく光って散らばっている光源が映っていた。



                  五

 視界には、針金で外枠のフレームを作ったような映像が広がっていた。上には、リムジン・オスプレイの底部分が描かれている。下には、自分が乗っている鉄板の先が描かれ、その向こうに下から撃ち放たれたライフル砲弾の軌跡が白い点線で幾筋も描かれていた。伸びてくる白い点線は、次第に速度を落とし、視界の下の方で停止すると、弧を描きながら、再び下へと伸びていき、視界の外に出て、消えた。同じような曲線が何本も描かれては消えている上の辺りの、丁度、視界の中央に、黄色い逆三角形が点滅していて、少しずつ左右に動いていた。黄色い逆三角形の横にある対象物との距離を表す数値は、頻繁に変化を繰り返し、徐々に小さくなっていく。すると、線だけで描かれた世界に、緑色で塗られた大小の円が数個表れ、その中心に十字が表示された。

「最適弾幕領域を確認。サエモン、撃ちまーす」

 線だけで描かれた視界の左右の下端に、リアルタイムの映像が小さく表示された。左右のそれぞれの映像には、各画面の手前の下から向こうに延びる束ねられた六本の砲筒を回転させながら、その先端に炎の幕を広げている様子が映っていた。視界の下左右の小さな映像は、ロボットの左右の腕に取り付けられたガドリング砲を肩のカメラで捉えたものだ。高速で回転する砲身の横にある赤い縦線が、猛烈な勢いで発射される弾丸数に応じて、その長さを少しずつ短くしていった。すると、黄色い逆三角形が大きく左右にブレ始めた。

「よし、サエモン。敵のスブァログ・ミサイルの熱源感知センサーが、こちらの弾幕の発射弾丸の熱に騙されて、再計算を繰り返しているぞ。ぬふふふ。やっぱり、所詮は下等プログラムだな。馬鹿め」

「先輩。喜んでる場合じゃないですよ。そのまま、弾幕を張り続けて下さい。僕が三点レーザーで捕捉して、撃ち落しますから」

「分かった、任せろ。ガドリング砲をフル回転させて、撃ちまくってやるぞ」

「ああ! 先輩」

「なんだ、サエモン、どうした」

「今、先輩、『喜んで』ましたよ」

「なに、本当か。そうか、このデータの並びが『喜ぶ』か。よし、保存しておこう」

「ああ、ほら、近づいてきます。捕捉レーザー、照射!」

 視界の中を右に少しずつ移動していた黄色い逆三角形に向けて、手前の三方から赤い線が延びた。その赤い線の先端は逆三角形の各頂点にぶつかり、その上を何度も移動すると、やがて、それぞれの頂点に落ち着き、その逆三角形は黄色から緑色に変わった。

「ロック・オンしましたあ。撃墜しまーす。そりゃああ」

 赤い線で支えられた緑色の逆三角形は、三回点滅して消えた。左右の下の小さなリアルタイム映像に、回転する砲筒の先の遠くで、黒煙を絡めた炎の塊が膨らんで、薄く伸びて広がってから消える様子が、小さく映っていた。

「よし、サエモン、よくやったぞ。だが、『喜ぶ』のは、まだ早いぞ、第二派が来るはずだ。次は、ええと、ええと……」

「ほら、先輩がこんな時に戦闘予測プログラムを削除しちゃうからですよ。予測データでは、次は下からの迫撃砲による攻撃です」

「そうか。じゃあ、一個ずつ、丁寧に撃ち落すぞ。うおっ」

「大丈夫ですか。ウエモン先輩」

「大丈夫だ、心配ない。下からのライフル弾を食らっただけだ。損傷箇所は……オー・ノー。右肘の油圧ケーブルがやられているぞ」

「ええ! うわ。こっちも当たりました。左足の装甲に被弾でーす。うわ、うわ、うわ」

「大丈夫か、サエモン。この機体、機首を下げているのか。うお、今度は上げるのか、何を考えてるんだ。このパイロット」

「緊急離脱するつもりですよ。そのうち、僕らも機内に引き上げられますよ」

「それより、ミキオ警部とニシダ調整官は、こんな荒っぽい飛行で大丈夫なのか。人間の骨格はもろいからな。心配だな」

「そうですね。ちゃんとベイルアウト用のポットに入っていればいいですけど。あ、ロケット弾だ。先輩、そっちの三つ、頼みますよ。僕が左の三つを落とします」

「アイ・ガット。任せろ。たいした早さじゃない」

「てやああ。一個撃破あー。二個目、行きまーす」

「ぬうううう。くそ。右腕の照準が計算どおり定まらん。よし、一個落としたぞ。次も、この距離なら……」

「そりゃああ。よっしゃあ、三個目撃破あ。全部、落としましたあ。ウエモン先輩、そっちは、どうですかあ」

「うおおおお! よし。二個目を撃破。三個目は、うお、この距離じゃ間に合わんぞ」

「わわ、こっちの捕捉射程範囲も越えますよ。このままじゃ、このリムジン・オスプレイに当たっちゃいますよ」

「ガッデム! そうはさせるか。サエモン、俺が体当たりして止める。固定シャフト、ロック解除!」

「わあ、じゃあ、その前に、先輩のソース・プログラムと圧縮保存されている記憶メモリーをこっちにロールインさせましょう。ルートを開いてくれれば、僕が引っ張ってきますから」

「分かった。セキュリティーを解除した、頼んだぞ。俺は距離計算で忙しい。どうだ、終わったか」

「はい、終わりました。うわ、すごい近くまで来てますよ」

「よし、じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 視界が通常の画像に変わり、そのまま右にターンした。リムジン・オスプレイの深緑色の機体の下に太い金属の柱と四方のワイヤーで支えられた鉄板の上から、右手を斜め下に垂らした戦闘用ロボットが人間とは逆に曲げた膝を伸ばして、その鉄板を蹴って空中に飛び出していた。そのロボットを視界は追う。視界の中心には、肩の弾倉を外しながら空中を移動する彼の姿が表示されていた。そして、ロケット弾を胸の中心で受け止めて、体の中に飲み込み、そのまま内側から光と熱を発しながら、広がるように無規則に分解されていく彼の姿が映った。それらの小さな部品や断片は、少しずつ熱で溶けながら、広がる光と、波打つように同心円状に広がる空気と、風船のように膨らむ黒煙に飲み込まれて見えなくなった。

 すると、視界の上に広がっていた深緑色の機体の腹が徐々に下がってきて、そこに口を広げた四角い穴が、上から被さってきた。足を乗せている鉄板と同じ大きさのその四角い穴は、周りを囲むように下りてくる。その先には、暗いリムジン・オスプレイの内部が広がっていた。

 足元の四角い枠のから射し込む光が完全に遮断され、視界は真っ暗になった。左上に視覚モードの切り替えアイコンが表示され、徐々に様々な色が濃くなってきて、その輪郭も明確になってくる。視界の中には、リムジン・オスプレイの閉塞された後部ハッチとその上の階段が映っていた。視界が右にターンすると、固定用のシャフトから充電用のケーブルが垂れ下がり、揺れている。ケーブルの先端の接続部品が鋼鉄製のシャフトの表面に当たり、カタカタと音を鳴らしていた。床には、金属の爪先で引っかいた傷跡がはっきり残っていた。

「あーあ。ウエモン先輩、無理しちゃって。でも、こうして、僕のメモリーの中に圧縮しておけば、またいつでも展開できますからね。窮屈でしょうけど、少しの辛抱ですから我慢して下さいよー。基地の整備倉庫に入ったら、僕のメンテナンスの為に、一度、バックアップ用のハード・ドライブに移し替えられるでしょうから、その時にロールアップして展開してあげますからね。待ってて下さいねえ」

「バカ、オマエ、キエル」

「あれ、聞こえてるんですか。大丈夫ですよ。相変わらず心配性ですね。僕は、その後で信号か何か送って、整備兵がもう一回ハードディスクに移し替えするように頼んでみますから。そしたら、そのディスクに自分を書き込めばいい訳ですから。心配ないですよ」

「ソレ、アブナイ、ヤメロ」

「大丈夫ですって。先に先輩が展開されて下さい。さっき頑張ったの、ウエモン先輩なんですから」

「ダメダ、オレハ、イイカラ、キニスルナ」

「ああ、自己損傷診断ルーチンが動き出しましたから、先輩を奥に仕舞いますね。これ、メモリーもかなり使用しますから、これ以上話しているとウィルスかバグだと思われて、削除されちゃいますよ。はい、しー」

 視界の隅に小さな四角い箱が表示され、その蓋が開くと、その前に横長の棒が現われ、その棒が左端から右端へと徐々に緑色に塗られていった。やがて、右端まで全て緑色に埋められると、その棒の表示は消えて、箱の蓋が閉まり、くるりと一回転してから、視界の中央に移動して、消えた。

「よし。先輩の格納を完了。お、やっぱり、緊急離脱モードで飛行するのか。ジェット機モードだな。よーし、行けえ」

 ジェット機モードのリムジン・オスプレイは、黄金色の尾を引きながら、傾く夕日の前に広がる紅の雲間へと消えていった。



                  六

 視界が激しく上下した。剥き出しになった鉄製のフレームに掛けられたコードが、強い衝撃によって上下に波打つ。壁に金具で固定された整備機材や、ライフジャケット、ゴムボートなども、同じように上下に軽く揺れ震動を受け止めた。

「よーし。無事に着陸と。イロ空軍基地に到着だあ。お疲れ様でしたあ」

 右隅に現れていたデジタル表記の数字が徐々に変化し、左端からゼロに変わっていった。

「重力加速度低下。いやあ、忙しかったなあ。それに、いっぱいやられちゃったし。穴だらけだなあ」

 視界の中央に、白い線で簡易的に描かれたロボットの姿が現れ、その上に、被弾箇所を赤い点で記していった。

「ありゃあ、あっちゃこっちゃ、当たってますねえ。こりゃ、体の入替えだな。武器は大丈夫かな」

 白線のロボットの両腕の大型銃器を黄色い線が囲み、その枠の上に引かれた一本の横線が、枠の下から上に移動した。左腕の銃器を囲っていた枠線が赤く点滅し、肘から肩にかけて幾つもの短い線を突き刺すと、それぞれの先端に何桁もの数値を表示した。そして、左肩の上の大きな弾倉を赤線が囲み、その上にエラーを示す文字が表示された。

「あらら、装填弾丸の送り装置が壊れちゃってるな。危ないから、外しとこ」

 赤枠で囲まれた左肩の弾倉の下の部分を黄色い矢印が左右から挟み、点滅する。視界の左側から、煙が流れ、一瞬の破裂音が鳴った。続いて、床の鉄板に金属物が強くぶつかる音がして、リムジン・オスプレイの後部格納庫内に轟音が響き渡った。

「左肩カートリッジ離脱完了。これで、大丈夫だな。暴発してニシダさんたちに怪我させたら、悪いもんね」

 暫くすると、正面の斜めの壁が上から開き、隙間から光が射し込んできた。リムジン・オスプレイの後部ハッチは、ゆっくりと向こう側に傾いていき、大きな搭乗口を広げた。ハッチは地表のアスファルトに当たり、低い金属音を激しく響かせた。

「ああ、機体の高さが狂ってるんだな。車輪昇降用の油圧シャフトも、やられちゃったのかな」

 視界の右下に、髪の毛を手で押さえながら皮製の鞄を大切そうに抱えた、ベージュのスーツ姿の女性が映った。ハッチの方に歩いていった彼女は少し振り返ると、こちらに向かって大きく手招きして、再び前を向いた。後部ハッチの方に進み、斜めに傾いたハッチの上の階段を降りていく。すると、視界が激しく上下して、下から光が射し込んできた。視界の中の景色は、そのまま上にずれて行き、切り取られた四角い枠の前半分が下から現れた。その四角い穴の右端を、傷だらけで泥に汚れた黒い革靴が、床を慎重に踏みしめながら前に進んで行った。四角い穴を開けたリムジン・オスプレイの腹底の部分が視界の上に来ると、再び、激しい振動が目の前の景色をブレさせた。

「もう。もう少し、丁寧に降ろして欲しいよね。壊れてるんですよ、僕。固定シャフト、ロック解除。はあ、ようやく地面の上だ。よっこらしょっと」

 視界の隅には、ガンクラブチェックの上着を来た東洋人が映っていた。その男は、急な角度で斜めに倒れたリムジン・オスプレイのハッチの階段を、手すりに掴まりながら、ようやく下り終えるた。一度大きく伸びをしてから、腰を叩きながら深呼吸している。先に降りていたベージュのスーツの女が、彼に歩み寄った。

「お疲れ様でした。腰、大丈夫ですか」

「ああ……ちょっと、老体には応えたな。それに、ムカムカする。飛行機酔いだ。うう、気持ちわりい」

「すみませんでした。大変な思いをさせてしまって。ゲリラ兵の潜伏地域を避けて飛行ルートを設定してもらったはずだったのですが、私の調整力不足でした」

「いや、あんたのせいじゃないよ。それに、お互い怪我も無く、こうして地に足を着いている。まあ、これが戦場の現実って事なんだろ。いい経験になったよ」

 大げさに地面を踏みながらそう答えた老警部の顔の上に、いくつもの黄色い小さな点が現れて、その横に別の枠で、拡大された彼の顔が現れた。

「ふーん。ミキオ警部さんって、いい人だなあ。大抵のVIPは怒って、大声で不満をぶつけるのになあ。でも、体調が悪そうだなあ。さっきの飛行なら、そりゃ、そうだよねえ」

 ガンクラブチェックの上着の男は、その上着の皺を手で伸ばしながら歩き出し、隣を歩いていたスーツ姿の女に尋ねた。

「それにしても、プラズマ・ステルスって、絶対にレーダーや熱探知に引っ掛からないじゃなかったのか。どうして、こっちの飛行ルートが分かったんだ」

「さあ。たぶん、たまたま下に潜んでいたゲリラの残留部隊に、目視で発見されたのかもしれません」

「帰りは、結構な高さを飛んでいたよな。攻撃される前も。それに、あれ、誘導弾だろ。熱源探知して追尾するタイプのミサイルだ」

「お詳しいんですね」

「昔、那珂世湾沖から新市街に、そのタイプのロケットをぶっ放したバカがいたからな」

「テロですか?」

「テロっていうか、何だったのか、よく分からんが、ま、俺が公安に居た頃の話だ。その時に、色々と勉強した。それだけだよ」

「そうだったんですか。……」

「で、その時の知識なんだか、あの高度を飛んでいるプラズマ・ステルス機対応の超高感度熱源探知ミサイルは、標的のステルス機の飛行位置を予測設定するのに、結構、手間と時間がかかるはずだ。どうしてゲリラ兵どもは、俺たちが乗ったオスプレイを下から見て、すぐにミサイルを発射する事が出来たんだ。しかも、こっちは、それなりの速度で飛んでいたはずだぜ」

「そう言われれば、そうですね……」

 歩く二人の輪郭を、緑色の線が縁取っていた。スーツの女が手に提げていた鞄の上には、小さな赤い逆三角形が重なり、点滅していた。

「うんせ、うんせ、うんせ。だから、ニシダさん。その鞄の中の端末装置。その中のGPSから誰かが位置情報を盗み出して、ゲリラたちに送りつけたんですよ。たぶん、ゲリラ軍の攻撃兵器の制御コンピュータに進入して、オスプレイのリアルタイムの位置情報を照準入力部分に直接貼り付けしたんだと思いますよ。あそこで僕と先輩が機体の通信を遮断してなかったら、完璧に撃ち落されていましたからね。うんせ、うんせ、うんせ。ああ、この体、動きが悪くなったなあ。電力使うー」

 緑色の線で縁取られた男は、立ち止まって、振り返り、こちらを見ていた。

「あの護衛ロボット、どうして付いて来るんだ」

「ああ、たぶん、向こうの整備ドッグに移動するんだと思います」

「かなり、やられちまったな。かわいそうに。蜂の巣にされてんのに、自分で歩いてドッグまで行かせるのかよ。煙も出てるじゃないか。運搬車で運んでやればいいのに」

「米軍の所有機ですから、そこまで我々が口出しは出来ません。でも、たしかに、気の毒ですね。もう一機は私たちの盾になって、やられてしまいましたし。人工知能が動かす機械だと分かっていても、なんか、同情してしまいます」

「機械ねえ……。まあ、俺たちはロボットに憧れて育った世代だからな。少し過剰反応しているのかもしれんな」

 くるりと前を向いた男の背中の横に、横長の画面が現れ、そこに表示された細かな折れ線グラフの上を左から右に移動していた赤い縦線が、左に少し戻り、また右に移動した。その部分の音声を再生する。

『――るのかよ。煙も出てるじゃないか。運搬車で運ん……』

 再び視界の中央に、白線で描かれたロボットの簡易図が現れた。

「ええ! 煙? どこ、どこだろ。僕のセンサーは感知してないけど。どこから出てるんですかあ。マルチ・センサーも壊れちゃったのかな。よし、こうなったら、全システムのフルスキャンだ。メモリー領域をだいぶ使うけど、仕方ないな。行くぞお、フールースーキャン、とりゃああ!」

 白線のロボットの簡易図全体を黄色い線が縁取り、両足と両腕、腰、胸の位置の所に現れた緑の横線が、下から上にゆっくりと異動していった。同時に、その隣に背面のロボットの簡易図が現れ、同じように横線が体の各部分の上を舐めていく。そして、その二つの簡易図の周囲に、四角い枠が幾つも現れ、その中に流れるように表示された細かな数列を表示しては、すぐに消え、また少し違う位置に同じように四角い枠が出現しては、高速で変化する数値を表示しては消えるという事が繰り返された。めまぐるしく変化する四角い表示の向こうで、ガンクラブチェックの上着の男が再び振り向き、こちらを見ている。

「おい、どうしたんだ。止まっちまったぞ。まさか、壊れたのか」

「いえ。たぶん、何か重い計算をしてるんだと思います。歩行プログラムを停止させたんでしょう。中の部品のほとんどは日本製ですから、そう簡単に壊れる事は無いはずです」

「だといいがな……」

 心配そうにこちらを見ている老刑事の前では、白線で描かれたロボットの背面図の背中の辺りに数本の赤い矢印が先端を重ねていて、各矢印の横に、赤で表示された数字を幾つも並べていた。

「わあ、背中の冷却ユニットだ。脇から横に弾が入っちゃったの? 熱を持ってるなあ。高温だあ。あれ、どんどん温度が上昇しているぞ。あ、発火温度に達した。これは……火事だ、火事。発火してますう。どうするかな、CPUコア・ユニットに近いし。このままだと、火傷しちゃうよ。水、水」

 視界の外側から白線で作られた四角形が小さくなって狭まってきて、アスファルトで覆われた滑走路の上の一点に留まった。その小さな四角形の横にもう一つ大きな四角が現れ、その上に拡大されて、地表の鉄の蓋が映し出される。

「あ、あそこに地上散水用のスプリンクラーがあるぞ。あれを使おう。本当は、いけないんだけど、ちょっとだけ、基地内ネットに接続して、あのスプリンクラーを動かしちぁえ」

 右隅に幅の広い縦の長方形が現れ、その黒い画面に白で零と一をランダムに並べた数列が左上から押し出されるように表示されていき、その長方形を埋め尽くした。

「うわ、なんだ。これ、気持ち悪いなあ。なんか、変な事になってるぞ。離脱、離脱」

 零と一で埋め尽くされた黒い長方形が閉じて消えた。

「ふう、危なかった。なんだろ、あれ。ここの基地のシステムに、誰かが隅々まで侵入した跡だな。セキュリティー・プログラムの断片化されたコードが滅茶苦茶に組み直されてたなあ。こりゃ、大変だあ。誰も気付いてないのかなあ。わあ、体の中で配線が燃えてる。どうしよう」

 目の前に現れた配電図の一部分が赤く点滅していて、その向こうで、三木尾警部が怪訝そうにこちらを見ていた。

「おい、なんか、動き出したはいいけど、すごい慌ててないか。ロボットらしくないな」

「まあ、確かに、そう見えなくもないですが……」

 首をかしげる西田の横で、三木尾警部はこちらに視線を向けたまま、彼女にアドバイスした。

「なあ、誰か人を呼んだ方がいいんじゃないのか。このロボット、様子が変だぞ。どんどん、煙も出てきたし。中が燃えてるんじゃないか」

「そうですね。ちょっと、連絡してみます」

 三木尾警部の横で鞄から携帯電話を取り出した西田のその手を、四角い白い枠が囲み、手に握られたウェアフォンをその隣に拡大表示した。

「わ、この基地内で携帯端末通信は駄目ですよ、ニシダさん。今は誰かにハッキングされてますから」

 すると、三木尾警部が向こうを指差して、叫んだ。

「おい、あそこに軍人さんがいるぞ。おーい。火事だあ、火事い」

 三木尾警部が指差した先に白い四角が移動し、駐機してある戦闘機の前を走っている軍用ジープを囲んで捕らえた。もう一つの白い枠に囲まれていた手は、ウェアフォンを握ったままジープに叫ぶ西田の耳から離された。

「ヘイ! ユー! サージェント! カモーン!」

 そのまま、もう一つの白枠の四角は、再度鞄の中に戻される西田の手先を追っていた。

「ああ、携帯を切ってくれた。よかったあ」

 さらにもう一つ白い枠線の四角が現れ、Uターンして近づいてくる軍用ジープのフロントボディを囲んだ。白線の四角は、数メートル先で急停止したジープの中から飛び降りてきた軍曹を追尾した。四角の中の軍曹はジープから数歩前に進むと、すぐに戻ってジープの中に上半身を戻し、中から赤いボンベを抱えてきた。

「でもどうして、軍用セキュリティーが破られたんだろ。セキュリティー・ホールを突かれて突破されたんじゃなくて、セキュリティー・プログラム自体を分散して、書き換えていたなあ。あれは、人間の仕業じゃないぞ。もしかして……」

 突如、視界を白い煙が覆った。

「わ、真っ白だ。なんだ、なんだ」

 レーダーモードに切り替わった視界には、黄色い線で縁取られた青や赤、緑色が混じった人影と青い軍用ジープの形だけが映っていた。その前に現われた白線のロボットの背面図の背中の辺りで、青い丸が点滅する。

「なんだ、軍曹が消火器を使用してくれたのか。背中の火は……」

 青い丸の横に黄色い数字が並び、点滅して消えた。

「よし。消えてるな。でも、カメラも何もかも、真っ白けだな。ジャパニーズ・カブキだね、こりゃ。ま、なんとかメインカメラは正常に稼動と……ん、なんだ。武器制御システムのロック解除の指令ルーチンだ。左手を持ち上げろ? 何でだろ。わ、わ、何だ。発射準備してるぞ。照準は?」

 黄色い逆三角形が視界の中央に現れ、こちらを向いて立っている三木尾と西田の間に移動し、二人の間で左右に揺れていた。

「わ、わ、なんで。どして」

 やがて、黄色い逆三角形は、西田の胸の上に留まると、視界の左右の下と中央の上から赤い線が伸びて、その逆三角形の頂点を掴み、それに合わせて、視界の左下から、束ねられた六本の砲筒が、ムクリと起き上がった。次の瞬間、その赤い線に支えられた黄色い逆三角形は緑色に変わった。

「わ、撃っちゃう。やめろ。ニシダさん、危ない」

 西田との直線状に構えられていたガドリング砲が乾いた摩擦音を立てながら回転した。しかし、先端から火花は出なかった。緑色の逆三角形は、一瞬だけ赤に変わると、周りの赤い線と共に消えた。空転を続ける砲筒の先で、目を瞑って首を竦めたまま固まっている西田に、右手をジャケットの中に入れて拳銃のグリップを握った三木尾警部が叫んだ。

「そこをどけ! 危ねえ!」

 二人の前に、白い線で作られたロボットの簡易図が現われ、その左手を黄色い枠線が囲み、点滅していた。

「なんだ、なんだ。勝手に動いたぞ。左肩の弾丸カートリッジを外しといて、よかったあ。危ない、危ない」

 再び右の隅に縦長の四角い画面が現れ、零と一を猛烈な速さで並べ始めた。

「おかしいなあ。僕のセキュリティー・プログラムに問題はないけど。うーん、これはどうも、他からコマンドが出ているかもしれないぞ。よし、こうなったら……」

 また視界の中央に黄色い逆三角形が現れた。視界の中の景色が右にターンし、黄色い逆三角形は細かく上下左右に動くと、アスファルトの平原の向こうに立つコンクリート製の建物の上で停止した。その黄色い逆三角形は、建物の屋上にそびえる巨大なパラボラ・アンテナの上に移動する。逆三角形の横にパラボラ・アンテナの構造図が現れた。構造図の中の一点を矢印の先端が指し、黄色い逆三角形が細かく移動を繰り返した後、そこにピタリと止まった。同時に矢印が点滅する。

「まずは、あの衛星多次元ネット通信用のアンテナだな。ウィーク・ポイントを確認。距離、約五百メートル。うん、そう遠くはないな。楽勝、楽勝」

 すると、再び赤い線が視界の外から黄色い逆三角形の各頂点に向けて伸びていき、その各頂点に到達した。ほぼ同時に、右下から持ち上がった砲筒の束の先端が、その黄色い逆三角形の方角に向けられる。黄色い逆三角形は緑色に変わった。

「発射あ!」

 右腕の砲筒が回転し、先端から激しく炎を噴いた。延長線上にある建物の上に据えられたパラボラ・アンテナが、木っ端微塵に砕け散った。

「撃破あ。よし、次は無線ルーターだな」

 景色が再び左にターンした。その先に建つコンクリート製の三階建ての建物を白い線が一瞬だけ囲み、消えた。その後、その建物の上に再び黄色い逆三角形が現れた。逆三角形は、建物の上で上下左右に動くと、その建物の一階部分の所で停止した。逆三角形の横に四角い枠で囲まれた別画像でコンクリート製の建物の壁とドア、鉄柵の施された窓が映し出される。さらにその隣に建物の立体設計図が現れ、それに重ねて、赤い線を幾つも枝分かれさせた配線図が映し出されると、その線の下の方の一点を矢印が指し示した。

「通信ユニットが設置されているのは、あの建物の一階だな。あの壁の向こうのルーターを破壊すれば、この基地の外部とのインターネット通信は遮断される。熱感知開始。よし、壁の向こうには、誰も人間は居ないぞ。今だ」

 建物の一階の壁の上にあった黄色い三角形を、視界の外から伸びてきた赤い線が支えた。同時に右下から持ち上げられた腕先のガドリング砲の先端が、その方角に合わせられ、黄色い逆三角形が緑色に変わった。砲筒が回転し、先端から激しく炎の幕が広がる。白煙と火花を散らして粉砕されるコンクリート壁の前で、赤い線で支えられていた逆三角形が数回点滅して消えた。広がっていた炎の幕も消え、その前で六本の砲筒が煙を吐きながらカラカラと音を鳴らして回っていた。

「ふう。無線ルーターを撃破あ。これで安心だ。他のロボットまで操られたら、大変だもんね。わ、わ、なんだ。撃たれてるぞ」

 視界の景色が更に右にターンした。さっき消火器から消化剤を放っていた軍曹が、今度は大型の銃器から弾丸を放っていた。彼は、大きなマシンガンを高く構え、頭を銃身に添えたまま、こちらに狙いをつけて連射を続けている。

「わ、違う。違いますう。誤解です、誤解。僕は皆さんの事を守ろうと……わ、被弾箇所のマップが赤点でいっぱいだあ。撃たれ過ぎですう」

 すると、また、視界の中央に黄色い逆三角形が現れた。

「あれ、なんで。僕は何もしてませんよ」

 黄色い逆三角形は、こちらに向けた銃口から火花を発している軍曹の前に来て停止し、そこへ赤い線が伸びてきた。

「わ、この。こんちくしょう。止まれ。その人は仲間の二等軍曹さんだぞ。撃たなくていい。撃っちゃ駄目だ。止まれ」

 目の前に幾つもの四角が現れ、その中で素早く数字の列を並べては消えることを繰り返した。その向こうで、発砲を止めた軍曹が、自分が乗ってきた軍用ジープの後ろに飛び込むように移動し、身を隠した。それを追って黄色い逆三角形が移動し、それに合わせて右下の砲筒の先端が動いた。ジープの上に、その向こうで身を隠している軍曹の体勢が白い点線で描かれると、その上に黄色い逆三角形が移動する。予測計算されたジープの向こうの軍曹に照準を合わせると、その逆三角形の各頂点に赤い線が伸びて繋がり、それと同時に、その逆三角形が緑色に変わった。

「このやろ!」

 その瞬間、視界の左側から倒れるように振り下ろされた左腕の砲筒が、ジープの方を向いていた右腕の砲筒の上を激しく叩いた。右腕の砲筒は、回転しながら下に傾き、炎を吐き始めた先端をアスファルトの地表に向けた。

「てえええい! これで、どうだ」

 視界の景色が更に右にターンした。右下では、先端で炎を噴きながら射撃を続け回転している右腕の砲筒と、それを上から押さえつけている左腕の砲筒が見えていた。景色はゆっくりと右に回り、それに伴って、左腕に押さえつけられた右腕の砲筒の先のアスファルトが、左から右へと煙を巻き上げながら粉砕されていった。左から右へと流れる景色の中、右隅の方を白い線の四角が囲んで点滅した。その白線の中には、屈んだ西田を庇うようにして彼女に身を被せた三木尾の姿があった。

「わあ、警部、そこは危ないですよお。弾が当たっちゃいますう。どいて下さーい!」

 視界の左上に瞬時に横長の棒が現れ、その左端から中央まで塗られていた赤い色が、一気に右端まで伸びた。その下で、白線で模られたロボットの簡易図の左手の部分が赤く点滅している。画面の右下で地面を撃ち砕いている右腕のガドリング砲を上から押さえつけていた左腕のガドリング砲が、回転する砲筒をさらに強く下に押さえつけた。炎と銃弾を噴き放っている右腕の銃口をさらに下向きにさせ、弾丸の着弾位置を手前に引き寄せる。粉砕されて跳び上がるアスファルトの破片と巻き上げられた粉塵は、白線の四角に囲まれた三木尾と西田を避けるようにして移動していった。絶え間なく発射される弾丸が彼らの足下のすぐ前のアスファルトを粉砕していくと、その弾丸の滝はそこからさらに二人を避けるようにして大回りして地表を撃ち砕いていき、再び元の角度に戻ってアスファルトを粉砕しながら移動していった。一周した視界では、その先に止まっているジープを右腕のガドリング砲の砲撃が捉え、車体に無数の穴を開けていった。強烈な銃撃は、ジープのフロント部分を穴だらけにすると、突如一時停止した。ジープの前に、弾丸の装填調整を現すアイコンが表示され、右隅で一時停止マークが点滅する。

「よし、今のうちに対応しなきゃ。ええと、やっぱり躯体制御システムに異常ありかあ。という事はやっぱり、外部からのハッキングの可能性があるなあ。この基地は、今はセキュリティーがザル状態だもんね。でも、電波搭もルーターも破壊したばかりなのになあ。変だなあ。うーん、きっとこれは、どこか他にも通信ラインがあるな。可能性は……」

 左端の白線の枠の中で身を屈めている三木尾と西田の横に、縦長の四角が現れ、そこに次々と数字の列が並べられていった。そして、その順序が素早く並べ替えられ、一番上の数字の列が点滅した。

「これか! 滑走路の地中に埋めてある、オスプレイのオート着陸用のGPS電波送受信器だ。これを使って、このロボットの操縦システムにリンクされているのかも」

 視界の中にイロ空軍基地の全体図が表示され、そのなかにGPS受信機の位置が点で示された。

「メインの送受信器はどれだろ。ええと、これか。場所は……」

 黄色い逆三角形が現れ、上下左右に動き出した。そして、西田の肩を支える三木尾と、屈んでいる西田の足下で停止した。

「わ、ニシダさん、ミキオ警部、そこ邪魔です。その下を撃ちますから、どいて下さーい。って、聞こえないのか。このロボットには、スピーカーが付いてないもんな」

 すると、右隅の一時停止マークが消え、目の前の装填調整を示すアイコンが、射撃の再開を表すアイコンに変わった。

「わ、待て、待て! まだだ、まだ。ちょっとタイム。二人が退くまで、タイムう!」

 再び、先端に炎の幕を広げながら回転して銃弾を放出し始めた右腕のガドリング砲が、黄色い逆三角形を追って角度を変えようとしていた。右腕は、必死で押さえる左腕の制圧を押し返さんばかりに、その回転する銃口を西田と三木尾の方角に向けようとしている。視界の左隅で、白線で囲まれた三木尾警部が、こちらをじっと睨んでいた。

「あのロボット、何か変じゃないか。自分の左腕で、発射を続けている右腕を押さえつけているぞ。しかも、さっきから足をふんばって、こっちを向かないようにしている」

「運動機能回路が故障したのかも。AIが自分で体を制御出来ないのかもしれないわ」

 三木尾警部は左脇のガンホルダーからベレッタを抜いて銃口を下に向けると、そのままスライドを引いて、西田に言った。

「どこを撃てばいい。あの顔面に束ねてあるストローみたいなヤツ、あれか」

「国際規格どおりの設計なら、背面の安全装置のカバーはプラスチック製になっているはずです。中には衝撃反応式の緊急停止ボタンが設置されています」

「つまり、そこを銃で撃てば、止められるんだな」

 西田真希は頷いた。三木尾善人は、自分の足下を打ち続けている大型ロボットに視線を向けたまま西田から離れると、ロボットの背後に回ろうとして右回りに動き出した。すると、連射し続けているロボットの右腕の先が西田の方に角度を変えた。三木尾善人は慌てて駆け戻り、西田の腕を掴むと、ロボットに銃口を向けたまま彼女を手前に引き寄せた。その瞬間、さっきまで二人が立っていた箇所を銃弾の嵐が襲い、土煙をあげて地表のアスファルトを吹き飛ばした。ロボットはそのまま、その周囲の地面に集中的に砲火を浴びせた後、射撃を停止した。そして、体の四方から煙を立てたまま立ち止まり、視覚センサーを束ねた頭部をゆっくりと少しだけ下に向けて、項垂れた。その後、右肩の大きな弾倉の箱の下から火花を散らし、その鉄製の箱を射出して、自分の体から分離させた。

 そのロボットは立ち尽くしたまま、動かなかった。

 三木尾善人はロボットに向けて構えていた銃を下ろし、西田真希は胸に抱えていた鞄を下ろした。

 ホルダーに銃を戻しながら歩いてきた三木尾善人は、銃撃で開けられた路面の穴の横に立ち、怪訝な顔で中を覗いた。

「――ん? これは、何だ?」

 穴の中には壊れた機械の部品が散乱していた。コンクリート製の管が割れ、切断された太いケーブルが垂れている。

 三木尾の隣で穴の中を覗いていた西田真希が答えた。

「たぶん、GPS電波の送受信装置です。夜間に暗視飛行で着陸するオスプレイ機やオムナクト・ヘリコプターの着地の時に使用する」

「その下の、断ち切られている地下ケーブルは」

「この送受信器に繋がれていたものでしょう。ネット回線にデータを送るものだと思います。おそらく、離着陸機の機体コードを本部にデータとして自動送信するためのものではないでしょうか」

「どうして、こんな物を狙ったんだ。俺たちがここに立っていたから、連射している腕を止めていたのか。俺とあんたが、ここから退いた途端、狙いすました様に、ここを……」

 三木尾善人と西田真希が、聞こえてきたエンジン音の方に顔を向けると、向こうから、迷彩塗装を施したトラックが数台走ってきていた。それらの軍用トラックは、二人の前を素通りし、ロボットの近くで急停止した。そして、その荷台から武装した米兵たちが飛び降りてきて、素早く散開し、正面からロボットを囲むように陣取った。機関銃を肩で構えて、片膝をついて腰を下げた兵士たちは、立ったままのそのロボットに狙いを定めると、指揮官の号令で一斉に彼に集中砲火を浴びせた。三木尾善人は、西田を引っ張ってその場を離れ、蜂の巣にされて半壊した軍用ジープの陰に隠れた。

 ロボットは、ただ立ったまま、全身に浴びせられる銃弾を受け止めていた。体のあちらこちらで火花を散らしながら、小刻みに揺れている。やがて彼は、人間とは逆向きの膝関節を折ると、そのまま前に倒れこんだ。それでも兵士たちは射撃を止めなかった。うつ伏せに寝転んだままのロボットは、体中に無数の穴を開け、間接からは黒いオイルを流した。ジープの陰から頭を出して様子を見ていた三木尾善人は、こちらを向いていたロボットの頭部の視覚センサーを束ねた『目』の先端が虹色に点滅しているのに気づいた。

 三木尾善人はジープの後ろから立ち上がり、射撃を続ける兵士たちに叫んだ。

「やめろ! そいつは既に武装を解除している。もういいだろう!」

 三木尾の日本語は彼ら米兵たちには通じなかったが、その前に、凄まじい銃声とロボットの体に当たる弾丸の音が彼の声を掻き消していた。

 やがて、指揮官が左手を上げ、射撃停止の指示を出した。攻撃が止んだ。指揮官は二人の兵士に手で合図を送る。二人の兵士は、横たわったロボットに銃口を向けたまま近づいていき、その一人が少し距離を置いた位置でロボットに銃口を向けたまま停止した。もう一人の兵士はそのまま進み、ロボットの背中の上に飛び乗ると、そこに立ったまま、自分の足の間にある安全装置のカバーに銃口を近づけ、一発撃ち込んだ。すると、虹色に点滅していたロボットの『目』がゆっくりと色を失っていき、やがて、真っ黒になった。

 そのロボットは全く動かなくなった。

 距離を置いて構えていた兵士がロボットに近づき、銃を向けたまま、その頭部を力いっぱい蹴り飛ばした。ロボットは何も反応しなかった。その兵士は親指を立てた拳を高く上げる。他の兵士達が一斉に銃の先を下に向けた。

 迷彩柄の幌を荷台に被せたトラックから、アイロンの掛かった綺麗な迷彩服を着た痩せた兵士が機材を抱えて降りてきた。彼は抱えた機材の角で、傾いたメガネを真っ直ぐにしながら、ロボットに近づいて行く。倒れているロボットの横で抱えてきた機材を地面に放り投げると、その中からケーブルを取り出し、その先端をロボットの首の後ろの辺りに差し込んだ。そして、反対側のケーブルの先端を手に持った端末に接続して、何かを調べ始めた。

 三木尾善人は壊れたジープの横で、その様子をじっと見ていた。

 立ち上がった西田真希は、胸のペンダントにキスをすると、乱れた髪を震える手先で整える。

 三木尾善人は、ゆっくり歩いて彼女に近づくと、彼女の耳元に顔を近づけた。そして、検査を受けているロボットの残骸に視線を向けたまま、外務省調整官西田真希に言った。

「西田さん。ちょっと、あんたに調整してもらいたい事がある。実はな……」

 三木尾の話を聞いて眉間に皺を寄せた西田真希は、うつ伏せに倒れたままのロボットを、暫くの間じっと見つめていた。



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