軍人令嬢と同棲することになった話
コロン
第一話 ノルン・セルティカ①
賑やかな執務室で休憩していた女性の元に一本の通信が入った。緊急事態を鳴り知らせるその音に、和やかな雰囲気に包まれた空間が静まり返る。
「こちらノルン・セルティカ。緊急連絡を受信しました。何がありましたかライムリー上官」
『現在、リディアで“
「サーミルお抱えのバウンティハンターがなぜ同郷の冒険者を? 余りの飢えに血迷ったのでしょうか」
賞金稼ぎとも呼ばれるバウンティハンターは、契約を結んだ都市や冒険者ギルドに、懸賞金が掛かった犯罪者を引き渡す形で報酬を得る者達だ。もちろん上級貴族と個人的な依頼を取り交わすことも過去にはあった。
都市サーミルの防衛という名目で依頼を全うしていた冒険者集団はまったく悪さをしていない。それにも関わらず、バウンティハンターが冒険者を襲ったというのはおかしな話だ。
『今のところ動機は現行犯の野郎どもしか知らんよ。まだ始まったばかりだが、冒険者、デザートパンサー、バウンティハンターと三つ巴だ。まったく困ったものだよ。場が混乱を極めてるとすぐに被害が拡大するからなぁ。それにしても最近の冒険者も落ちたものだ、まったく賊に絡まれただけで軍に緊急要請とは……』
「はあ……」
一刻を争うというのに、何を悠長にことを言っているのか。ライムリー上官は一刻も早く指示を出さなければいけない立場にあるというのに。
『ああ、そうだ。ノルン小隊長、今夜一杯どうかね? 特上のワインが手に入ったのだ。勝利の美酒にピッタリの代物だぞ?』
まだ事態がどう転ぶかも分かっていないのに、これほどどうでもいいことに時間を割けるとは。相変わらずライムリー上官は
「いえ、結構です」
『もちろん来て……え? おお……そうか』
「事態は一刻を争います……とにかくリディアの地に最も近いのが私の小隊ですから、急いで救援に向かいます」
『あーいや、その必要はない。君の先遣隊第二は戦場ではなく、崖上にある冒険者の前線基地施設に行ってくれ。そこで後からやって来る負傷者の医療サポートを円滑に行えるように準備しておいてくれれば、それでいい』
驚きの返答に口を開くが、声が思うように出なかった。理解が追い付くのに少し時間も要した。
「なぜ負傷者が少ない状態で、私の小隊が後方支援に回る必要があるのでしょう。すぐに私の小隊が戦場に向かったならば、まだ被害を最小限に食い止めることも出来ます」
『そう言われてもね。私個人の判断ではないんだよ』
上の指示でもないくせに。
この他人事のような口調に腹が立った。きっと今の私はものすごく不機嫌な顔をしている。何とか声にだけは出ないように自制することに注力した。
「……先遣隊は最も素早く戦場に駆け付けることを第一の目的とした部隊だと存じています。現在の戦況から察するに、私たち第二セルティカ小隊がバウンティハンターの相手を引き受けるべきです」
『モンスターもいるんだぞ?』
先ほどからライムリー上官は、今頃リディアで死闘を繰り広げているであろう冒険者達のことなど何も考えていない。冒険者が亡くなろうが、バウンティハンターが逃走しようが関係ない。
ライムリー上官の報酬が上乗せされる方法は至極簡単なことで、それは私を戦場から遠ざけることだろう。
「どうとでもなります。これ以上は時間の無駄ですので」
『待て! 私の命令を無視して軍部に残れると思っているのか!?』
「馬鹿らしい……あなたの考えなんて見え透いてますよ」
『お、おおいっ、口を慎め!』
おっと、思わず声に出してしまったようだった。
『だから、くそ……ちゃんと別の先遣隊を戦場に向かわせるんだよ。私を舐めるな!』
ライムリー上官が一人声を上げたところで、私を小隊長の座から引きずり下ろすことは出来ない。私だってそれなりに人望と信頼を集めているのだから、そこは向こうも理解しているだろう。
「これはこれは……失礼しました」
突然、通信端末越しに何やら機械を弄る音が聞こえてきて、そして端末画面のチャンネルにもう一人の名前が割り込んできた。
先遣隊の第三小隊を任された若き担い手、シーラ・シーボーン。彼が軍に所属してまだ一年と少しだろうか。恐ろしいほどの躍進で、最近もその勢いは留まることを知らないと聞く。
『おい、聞こえているな。第三シーボーン小隊はリディアの戦場に向かえ』
ライムリー上官の命令に、陽気な男の声が返ってきた。
『了解っす。第二の隊長さん、上が勝手に決めたことですから、俺らの小隊を恨まないでくださいね? あ、不満があるなら、何でも奢りますから今度食事でも——』
「遠慮します」
『シーラ、早よ行け』
『向かってまーす』
通信が途切れる音ともにシーラの音沙汰が無くなった。嵐のような小隊長が去って行き、しばらくの無言が続く。
「……」
『ああ、君もまだいたのか。まあこういうわけだから、前線基地で職務を全うしてきてくれたま——』
通信端末を片付け、辺りを見渡す。
部下達が緊張した面持ちでこちらを見つめていて、少し声を荒げすぎたと反省した。
「ノルン隊長機嫌悪いですね。飴いるです?」
背丈が私の半分くらいのシルルが上目遣いで飴を差し出してくる。彼女の仕草一つひとつが可愛らしくて、癒しだった。
犬のように垂れた頭頂部の耳が栗毛に埋もれている。また事が落ち着いたら髪を切ってあげないと。
「ありがとう。みんな端末に任務情報を送ったから、移動時に目を通しておくように。出動よ!」
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