魔王

「なあ魔王」


「何? 渡辺くん」



教室に屯していた男子のうち一人が意を決して話しかけてくる。黒髪に端正な顔立ちに銀のシャープな眼鏡をかけた渡辺くんだ。


自分にかなり自信があるのだろう。背をぴんと張っているが、どこまでも自然体だ。称号は確か【騎士】。


他の男子が話しかけてきたからか、愛衣子とアイルは若干防御体勢を整える。


というか誰が魔王か。


いや、魔王か。


はー。モノリスぶっ壊してー。


出来ないな。それしたら退学だし。


はー。



「緑野さんと湖城さんと、この後どこか行くのか?」


「あーまだ決めてないけどなんで?」


なんか君に関係あるの?


彼は言葉に感情が乗らないように話そうとしているせいか、冷たく言い放つように聴こえてしまい、抱く感情とあまり変わらない結果となっていた。


大方先ほどの会話からの嫉妬して、牽制だけはしたいのだろう。


「…いや、もうすぐ進級して一月だしそろそろクラスのまとまりを作るためにも俺らとも仲良くして欲しいかなと」


「あーでも僕ほら評判悪いから。多分空気悪くなると思うし」


「なら緑野さんと湖城さんはどう?」



諦め早くない?


最初から僕を頭数には含んでないんだろうけど。


なんだったら話しのダシに使いたかっただけだろうけど。


すぐに僕との会話を切り上げ、愛衣子とアイルに話し始めた。すかさず後ろに控える男子も援護に回る。リズムいいな。


なるほど、良い連携だなあ。彼らも【騎士】かな。まだ知らないんだよ、全員。



「ほらみんなも来るみたいだし」


「小テストも終わったし、交流会もまだだし」


「うちのクラスだけだよ、してないの」


「連携感欲しいなって」



ちらちらと僕に目線を送りながらも、まるで

僕のせいでクラスがまとまっていないかのように暗に伝えてくる。


暗じゃないか。


明だな。



A4サイズの紙にクラスメイトの名前が書いており、参加者は名前の頭に丸がしてある。なるほど、非公式か。


欲が透けてるなあ。


目敏く愛衣子が尋ねた。



「この三角は何かしら?」


「あーこれはあれだよ、興味はあれど他に来る子次第って子たち」


「そっか。じゃあわたし三角〜」


「私も」


内容を知ってアイルは手で三角を可愛く作り、同調する。愛衣子は澄まし顔だ。



「…うん、ありがとう。日と場所が決まったらまた連絡するよ。そうだ、良かったら連絡先を…」


「ああ、ごめんなさい。詳細は後ろの板にでも飛ばしておいてくれるかしら」


「わたしもその方が嬉しいかなー。女子グループの連絡先はあるんだけど、男子禁制だから、ね?」



ボーっと片肘ついて、やり取りを眺めていると、男子全員に睨みつけられていた。


あ、うぇ? なんでだよ。



「魔王はどうする?」


「あーバツよりの三角で」


「なんだそれ。はっきりしろよ」



突破口がなかったのか、ぞんざいな態度で再度話しかけてくる。


いや、大抵の女子は三角じゃん。はっきりしてないじゃん。まだバツよりの三角だからただの三角よりマシじゃん。



「…あはは」


「チッ。わかった。そうしとく」



愛想笑いが伝わったせいなのかのか、感情を隠しきれなかったのか、つい舌打ちをしてしまった渡辺くん。


そのまま仲間を連れて教室から出ていった。


【騎士】剥奪されない?


魔王相手ならいいのか。

これイジメだと思います。

称号ハラスメントです。


はー。



さあ、僕らも帰ろう。

なんか最近、空笑いばっかりだな。


そんな僕を見るなり、愛衣子とアイルはモノリスをいじりだした。【花園】にでも書き込んでいるのだろう。


待っている間ぼんやりと自身について考える。



【魔王】指星ゆびほし 青春あおはる


陽キャ溢れるこの学園で、恐れ多くも【魔王】なんて名付けられた僕。中等部三年生の春からだからもう二年ほど魔王呼ばわりだ。


早く誰か変わってください。


中等部高等部合わせて、半ば常識扱いされているこの呼び名、もうどうにでもなれと諦めていた。


クズなのは自覚しているけど、もっとクズい人いると思うんだけどなあ。変わってくれないかなあ。


僕と仲良くしているのはだいたいが女子のため、女子専用掲示板がある事を早くから知っていた。


人和黎明、女子生徒専用掲示板、【花園】。そこには初等部から高等部までのほぼ全ての女子が書き込んでいて、マザーのフォローもあり、男子一人一人、詳細なプロファイルがされていた。


女子生徒は気になった男子がいたらだいたいそこにアクセスしてからアプローチをかけていた。学園側も認可しているそれは、あらゆる男子生徒の行動や評価がリアルタイムで更新されている。


英語教師の件もその【花園】に書いていたため知っていた。


男子禁制の【花園】には、なぜか男である僕のみが入れる場所が一箇所あった。ただしくは、魔王のみ、だけど。


魔王が入れる花園の中の唯一、通称【奈落】の中身は、だいたいが魔王に対する不満を持った男子への辛辣で容赦の無い女子会話であるため、当事者であることからあんまり見たくない。


でもみんな心配してくれているのがわかるため断りにくく、無碍にもしにくい。


何かあるたびにコメント欄が荒れるため、もう諦めていた。


今日は勇者誕生だし、今も舌打ちされたし、教師に喜ばれるし、無碍にされるし。


また荒れてるんだろうなあと、半ば他人事のように考えていた。

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