魔王
女神
─
称号 / 魔王
学年 / 高等部 - 二年
◆
「こんのっ、ヤリチンクソ野郎っ!」
校舎の二階と一階を繋ぐ踊り場。精一杯の罵倒と、バッチーンと豪快な音とが階段特有のバフによって大層大げさに響かす。こちらの弁明も聞かず、足早に去っていった。
いったぁ……思いっきりぶちかまされた…
事の成り行きを一階からも二階からも覗かれ易い場所で、罵倒。足す平手打ちのコンボ。
「………クックック」
お目当てのものは見れたかな親愛なる愚民どもよ!だがこの【魔王】にはそんなビンタは通じない!嘘!いたーい!
「…はぁ」
一瞬で感覚の無くなった左頬を摩りながら溜め息を吐く。トボトボと二階に上がった。
◆
これで何人目で何回目かももはや数えていない。中学の頃から続くこの仕打ちには慣れている。
僕の交友関係を知ると大抵は女の子の方が我慢出来ずに別れを切り出す。そもそも付き合ってなんて言ってないんだけどなぁ。
「やられたわね」
「だからそもそも付き合ってないんだけど…」
二階から覗いていた野次馬の壁が割られ、中から幼馴染の一人がやってきた。呆れたように声をかけてくる。《会心の一撃》を入れてしまったあの女の子はまた呼ばれてしまうんだろうなぁ。
「というか、いつもいつも女の子に勇者呼ばわりは可哀想じゃないかな?」
「魔王に挑むのはだいたい勇者よ」
「誰が魔王か」
「そこに【魔王】って書いてあるじゃない」
「ん〜…、はぁ。この【女神】め…」
僕と身体の関係になり、なおかつ別れた女の子は影で【勇者】と呼ばれている。具体的には振った後にだけど、そう認定される。
私だけは違う、みんなと一緒にしないで、彼を救うのは私、なんて言うけどだいたいは同じパターンのパチーンだ。
あんなヤリチンどこがよかったの?とか、よくあんな女の敵に挑むよね、とか、ねぇ今どんな気持ち?みたいなコメントとともに嘲笑混じりに認定される。
認定された【勇者】は引き留め側に今度は回る。
新たな【勇者】候補が生まれようとすると、全力で【魔王】をネガキャンする。
あまりにも真剣な【勇者】たちのため、逆に本気になってしまい、僕に近付き、キメてしまい、実感してしまい、結果パチーン。
それを繰り返すと校内は敵だらけになってしまった。
そもそも最初から付き合ってないんだから罵倒はまだしも暴力は駄目じゃないかな。だいたい、キメさせてくれたのは君からじゃん。誘ったじゃん。誘い受けじゃん。あ、痛くなってきた。
「…見せなさい」
「いいって。大丈夫。慣れてるし。」
【女神】
背中まである甘木色の緩いウェーブヘア。碧色の瞳は大きく、小さな唇はピンク色に潤っていて、色白の肌にバランスよく配置されている。
背は女子平均より高く、全学年男子が妄想を激らせてしまう圧倒的な乳を持ち、だというのに小ぶりなお尻からスラっと長く生えている足が魅力的で、指定された制服を少し着崩して着ているが、自分をわかっているかのような着こなしする事で抜群のスタイルを周囲に撒き散らし、無自覚な人も恋に目覚めさせてしまうことから【マザー】によって【女神】と認定されている。
我が人和黎明学園、告白件数第1位の美少女である。
そんな彼女が若干の嫉妬を滲ませた声色で心配の言葉をかけてくれる
「…そんなにマーキングされてたら平手打ちくらいはされるわよ」
「え。まじか」
覗き込んだ事で制服のシャツから覗くキツツキマークが見えたらしい。視線を辿るままに首元を摩る。摩ったところで消えたりしないか。
昨夜の情事の跡が残っていたらしい。デバフくらってたかぁ。先に寝るって言ってたから油断した。あいつめ。
「呆れた。気付かなかったの?」
「うちに帰ってないんだよ」
「…あんのクソ魔女が」
「…なぜバレたし」
昨夜は必死だった。こっちの攻撃を上回る攻撃によって精も根も尽きたのだ。起きたのは遅刻ギリギリだった。浴室を占拠しながら先に行ってと言うから碌に確認もせず飛び出したのだった。
昨晩の情事もついでに思い出していると【女神】様から肩越しにジトっとした目を向けられていた。
「…な、何?」
「いい加減刺されたら。このヤリチンクソ野郎」
「女の子がヤリチンとかクソとか言わない」
愛衣子は軽い調子で汚い言葉を投げかけて茶化す。心配を気取られたくはないのだろう。まあ深刻になられても困る。でも汚い言葉はやめて。ヤリチンなのは事実なんだけど。
「追いかけないの?」
「去る者追わず、です」
「魔王からは逃げられないんじゃなかったの?まあ、あなたには合いそうになかったからいいんじゃないかしら」
「おぉ、慰めサンキュー」
「そんなんじゃないわよ。ほらハンカチ濡らしに行くわよ」
「はーい」
僕の痴態を見物していた野次馬どもをかき分け放課後の廊下を滑るように進む。
「あれが噂の魔王か」
「ねーすごいの見ちゃった」
「なんで女神様は構うんだろ」
「やっぱり幼馴染だからじゃない」
モノリスを片手に思い思いに呟く野次馬たち。これは明日には校内に行き渡るやつだな。通信魔法でどうぞ拡散してください。
はー…。つれー。
「やばいくらい腫れてる気がする」
「はいはい、イケメンイケメン」
溜め息と同時に無表情で毒を吐いてくる。
「見てないじゃん。それイケてない方のイケメンじゃん」
「んー、腫れてないわよ。そういえばどっちともイケメンって言えるわね」
「でしょ、僕だとまあ…イケてない方だね」
「…そうね」
自虐トークにすぐに落ち込むのをやめて欲しい。もっと雑に扱ってよ。頼むから。こいつはやっぱり優しいなあ。
「なあ」
「嫌よ。離れないわよ」
「まだ何も言ってないんだけど。いやまあそうなんだけど」
「いいの。私が好きで絡んでるんだから。何?嫌なの?幼馴染やめるの?」
「嫌じゃないし、やめるとかじゃないし。え?幼馴染ってやめれるの?」
早口で捲し立てて希望してくる。嫌じゃないよ。そりゃこんなに低評価に定評のある僕に好きで絡むやつなんてこの学校に滅多に居ないから、そりゃ嬉しいし、癒されるんだけど。
なまじ長く付き合いのある幼馴染のため、罪悪感が半端ない。あと怒ってるのに可愛いとかなんなのコイツ。神か。いや女神だった。
「その問いかけ、もうやめて」
「うっ、わかったよ…」
先行する足を止め、振り向きながら目を細め訴える。その目は昔から苦手だったので、つい了承してしまった。離縁した方が良いと思うけどなあ。
「約束、いつも守らないじゃない。あっ、次、言ったら…」
「……言ったら?」
何かに気付いてから頬を軽く赤く染め、腰を少し曲げ、上目遣いで溜めを作る。その仕草に惹きつけられる。
「なんでも言うことを聞いてもらうから」
「…わかったよ。もう言わないよ。でも無理はしないでよねっ、フン!」
「…あー…。はいはい、イケメンイケメン」
「その怠そうな返しはやめろ。そしてきちんとツンを拾え」
僕の心配や照れや気遣いを会話のトーンを乱高下させながら、さらっと躱してくる。相変わらずの優しさで先を照らしてくれる。
「…それはそれはイケてる方よ、アオハル」
「なぜここでデレる感じ出すし」
可愛さも持ち合わせていたな。
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