背の高い八雲さん

王生らてぃ

本文

 昔から人よりちょっと体が大きかった。

 今はちょっとどころじゃない。わたしより背の高い男子は、学校中探しても5人もいない。制服も特注してもらわないといけないくらいだ。

 こんな体でいいことなんてあんまりなかった。体育や球技大会のバレーの時間に、ブロックだけはめちゃくちゃ決められるくらいだ。



「うわ、でっか。男の人かと思った」



 紗奈は初対面の時から、わたしに面と向かってそういえる唯一の人だ。だいたいの人はわたしに気を遣って、あるいはわたしのことを気味悪がって、直接声をかけてこない。でも紗奈だけは別だ。初めて会った時から今までずっと、わたしの身長のことを話の種にしてくる。




「服とかどこで買ってるの?」

「普通に服屋で……」

「サイズある?」

「ないよ。あんまり」

「ああ、だから私服とか、男物ばっかりなんだ。似合ってないなーって思ってた。でも今ってそういうサイズの大きい服とかも売ってるお店あるんじゃない?」

「わかんない……」

「今度行ってみなよ。なんならわたしもついていくからさ。あんたみたいなデカい人に合う服、あんまりないでしょ?」



 紗奈はやさしい。

 悪気があって、わたしのことを話したりしない。むしろわたしのことを客観的に、よく見てくれていると感じた。

 人より高い目線で見る世界は、思ったより窮屈だ。誰もわたしのことを真っ直ぐ見てくれない、目を逸らし続けるからだ。紗奈以外は。






「あんたさあ、八雲さんのこといじめるのいい加減やめたら?」



 ある日の放課後、教室からそんな声が聞こえてきた。クラスメイトの女子数人が固まって、紗奈のことを追い詰めるように立ち塞がっている。



「わたしが? いじめてなんかないけど」

「八雲さんが身長のこと気にしてるの知ってるでしょ? なのにあんた、よく悪びれもせず正面からずけずけ言えるよね」

「八雲さんが優しいから、怒らないの、分かってないの?」

「怒る? なんで?」



 紗奈は顔を左右非対称にしながら、大袈裟に肩をすくめる。



「わたし、なにも変なこと言ってないじゃん。ほんとのことしか言ってない。なのに、なんで怒られなきゃいけないの?」

「なんでって……」

「あんたたちこそさ、あいつのこと、いつも気味悪がって話しかけようともしないくせに。悪口とか陰口とか言ってんのはあんたたちの方でしょ。あいつは鈍いからそういうの気付いてないだけよ。あいつのこと、何も知らないくせに、偉そうなこと言わないでくれる?」



 紗奈、それは違う。

 わたし知ってるよ、陰でいろいろ言われてるの。言われ慣れてるからなにも気にしてないだけ。

 でもうれしい。紗奈はわたしのことを庇ってくれてるんだ。



「っ、この……!」



 そのとき、女子のうちのひとりが、紗奈のことを思い切り突き飛ばした。大した力ではなかったのだろう、紗奈は尻もちをついただけで、怪我をした様子はない。

 でも、わたしは黙ってられなかった。



「やめて! なにしてるの」



 みんながわたしの方を振り返った。

 女子たちはみんなわたしのことをみて、しまった、というような驚きの表情を浮かべた。



「八雲さん、聞いてたの……?」

「紗奈に酷いことしないで」

「な、なんだよ……脅すつもり?」



 脅す。

 わたしが何をしたっていうのだ。少し体が大きいだけで、わたしのやることはぜんぶ悪いことになる。

 でも今はそれでいい。わたしは紗奈と女子たちの間に立ち塞がって、何も言わずにじっと彼女たちを見下ろした。



「も、もう帰ろう……?」



 やがて女子のうちひとりがそう切り出し、彼女たちはぶつぶつと文句を言いながら帰っていった。



「紗奈、大丈夫?」



 わたしは紗奈の手を取った。紗奈は大人しく手を取って、立ち上がった。



「別に平気だよ」

「ありがとう。わたしのこと、庇ってくれて」

「庇う? なんのこと? あんたがデカいのは事実じゃない、そう言っただけ」

「でも、そう言うんじゃ……」

「っていうか、あんた手もでっかいのね。すごい、お父さんでもこんな大きくないよ。本当に女の子なの?」



 けらけら紗奈は笑いながら、わたしの手をスライムみたいにいじって遊んでいる。ちょっとくすぐったい。

 今まで誰かと手を握ったことなんてあまりなかったから、うれしかった。



「紗奈」

「ん、なあに?」

「わたしね、紗奈のこと好きだよ。心の底から大切な親友だと思ってる」

「え、そう? 変なの」

「ううん。そうだよ」

「そうなんだ。じゃ、わたしはこのあと用事があるから帰るね。あんたも早めに帰った方がいいよ、今日夜から雨らしいから」



 紗奈はあっという間に教室を後にした。



 まだ、手を握ってもらった感触が残っている。こんなの初めてだ。

 紗奈はほんとうに大切な友だち。

 わたしの体のことをからかっても、わたしのことを一度も名前で呼んでくれなくても、そんなことどうだって良くなるくらいの、大切な友だちなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

背の高い八雲さん 王生らてぃ @lathi_ikurumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説