6
「……とりあえず、移動しよう」
「そ、そうね」
跨麟は抱きしめらた感触を思い出して紅潮する頬を撫でると、少しうつむき気味になりながらもヴァルの隣を歩き出す。
そして境内に設置してあるベンチを見つけ、二人して腰かけると、同時に大きなため息を吐いた。
肺一杯に感じる生ぬるい空気が先ほどまでの非日常を薄れさせ、跨麟は少しずつ冷静さを取り戻していく。
しばらくの沈黙が続いた。
そして少ししてヴァルは少しきまり悪そうに跨麟を見ると、すぐに目をそらしてポツリと呟いた。
「すまない」
彼のそんな言葉に、跨麟はどう反応していいのかわからずに思わず首を傾げた。
「その、君には理解できない状況だっただろう? 急にあんなわけもわからない存在が出てきて、言いたいことだけ言って消えて……」
「……えぇ、まぁ。正直、何が何だか」
到底信じられないことの連続に、跨麟の心が置いて行かれているのは確かである。
とにかく説明してほしいという気持ちはあるが、この状況はヴァルとしても想定外だと言っていた。
元々表情が出ないような人であるのに、今の彼はその端正な顔をわずかに顰め、何から話すべきかを悩んでいるように見えた。
「どこから話すべきか……そうだな、君は何から聞きたい?」
ヴァルからそう問いかけられ、跨麟は彼を見つめ返しながら先ほどの出来事を脳内で反芻する。
正直に言えば、聞きたいことがありすぎてまとまらない。表には出さずとも今だ混乱し、跨麟の心中はまさに荒波同然である。
あの不思議な存在に言われた内容もそうだが、まず何より彼に聞くべきことはこれだろうと、跨麟は戸惑いに重くなっていた口を開いた。
「あなたはいったい、何者なの?」
ようやく出会えたと、ヴァルは言っていた。それはヴァルが何かしらの理由で跨麟という存在を探していたということだ。
今までの人生の中で跨麟とヴァルに接点などなかったはずである。それなのになぜ探し続けていたのか。
跨麟とヴァルの間にあるであろう見えない繋がりをはっきりさせたい。それにはまず、彼の存在がいったいなんであるのかを知る必要があった。
「俺は、君の【
「……つ、がい?」
聞きなれない言葉に、跨麟は彼の言葉をなぞるようにそう零す。
「そうだ。【番】とは対となる存在。魂が求め惹かれあう、唯一無二の存在のことを指す」
「それって……」
唖然とする跨麟の表情を見て、ヴァルは頷きながら苦笑する。
「自分で言ってても胡散臭いと思う。しかし、俺の種族にはそういった相手が必ず居て、その存在を求めることこそが本能に定められているんだ」
それからヴァルが語ったのは、到底素面では信じられないような内容であった。
彼の言う種族とは
非常に長命で強靭な肉体を持ち、一騎当千の力をもった彼らは、その強大すぎる力をコントロールするために神に定められた【番】を何よりも大切にし、【番】の為に生きて【番】のために死んでいくような危うい種族であるという。
彼はその中でも【先祖返り】と呼ばれるほど龍神の性質が強く、一族の中でも際立って強かった。
そんな彼も成人してから【番】を求めてあちこち飛び回っていたが、どこを探しても長らく見つからず、ついには絶望し自暴自棄になっていたところをとある人物に拾われ、今に至るらしい。
既にここまでの話で脳内の処理が追いつかない跨麟は、一旦彼の語りを止めて深呼吸する。
(なんかすごいことに巻き込まれてる気がするんだけど……?!)
心なしかげっそりとしている自分に気が付きながらも、努めて冷静に彼の言ったことを頭の中で整理していく。
ただでさえ非現実的なことに巻き込まれたのだ、それだけで精神的にゴリゴリと削られているにもかかわらず、まさか彼自身がファンタジーの出身だなどと誰が思うだろうか。
しかし跨麟自身が自分の目でありえないと言われているものを見てしまったのだ。否定したくてもできないほどにはっきりと会話までしてしまったし、なんならアドバイスやら何らかの加護らしきものまでもらってしまっている。
あれは夢でも幻でもない。確かに存在し、まごうことなき現実であった。
あの季節が狂った世界で風に巻かれて飛んでしまったリボンも無くなってしまったままだ。乱れた髪を整えようと手を伸ばせば、お気に入りだったシフォンのリボンはどこにもない。
それが、あの不思議な出来事が本物であったのだというなによりの証拠でもあった。
跨麟は様々な感情を抑えるように深呼吸をした後、改めてヴァルに視線を向ける。
跨麟を見つめる美しい顔は相も変わらず表情が乏しいものの、心なしか不安そうな気配を見せていた。
そこいらにいる誰よりも大柄な体躯をし、誰も寄せ付けたがらない凍えるような面持ちでありながらも、その瞳だけは正直に跨麟から拒絶されるのを怖がっているように見えて、跨麟の心が不自然に揺れる。
彼は、本当に跨麟から拒絶されるのを怖がっているのだ。一目見れば誰もが愛を乞うだろう美しい男が、自分だけにそんな目を向けて、嫌われることを拒んでいる。
どうして、という疑問と共に湧きあがる、ゾクゾクとした得も言われぬ優越感。束縛にも似たそれに喜びさえ覚え、まるで自分ではなくなっていくような感覚に我に返った跨麟はゾッとして、不自然にならないようにそっとヴァルから視線を逸らした。
「【番】という存在は、俺たち龍神族にとって何よりの宝だ。……その宝がよりによって神に盗まれ、この地球へと落とされた。それが君だ」
「……へ?」
「君の魂は本来ここにあるべきものじゃない。だからこそ、君の肉体と魂が合わずに存在が崩壊しようとしている」
「えっと、つまり、それが体調不良の原因ってこと?」
「それも一つの原因だな。もう一つの原因は魔素の少なさだ」
「……まそ?」
「地球にも似たような力はあるが、魔素とは別物だ。そんなところに魔素ありきの魂がなんの対策もなく落とされたら、必要な魔素が取れずに衰弱して死ぬ。君の状況はまさにこれだな。簡単に言えば、魂が栄養失調を起こしているんだ」
話を聞けば聞くほど、跨麟は自身の目が遠くなっていくのがわかった。
それもそうだろう。まさか自分がこんなファンタジーな展開に巻き込まれただけではなく、本人のあずかり知らぬところでガッツリと当事者だったということを知ってしまったのだから。
跨麟は思わず頭を抱えそうになるが、ヴァルの告白はまだ続く。
「あの存在に魂が澱んでいると言われただろう? 合わない世界の中で生と死を繰り返していたことによって、元々君の魂に蓄えられていた膨大な魔素が生命維持に消費されて、ほぼ空の状態になってきている。魂の形を保っていられなくなっているんだ。だから早急に手を打つ必要があるんだが……って、大丈夫か? 話についてこれてるか?」
「いや、ホントにもう、訳が分からないのだけど。……全部、本当のこと、なのよね」
そうやって信じられずに何度も聞いてしまう跨麟を不快に思うでもなく、ヴァルは動揺を隠せない跨麟の手を取ると、安心させるように優しく握りしめる。
骨ばった大きな手から感じられる熱がじんわりと跨麟へと伝わる感覚。それが不思議と心地よく、跨麟は振り払うことなど考えもせずに少しだけ握り返した。
「信じられないか?」
「正直言って、私の常識からは外れすぎてるわ」
「まぁ、そうだろうな」
「でも、さっきの出来事を体験したら……さすがにね」
常識などというものは、表面的にこうだと決められているようでいて、実際はひどく曖昧だ。
個人の生き方や考え方によって、常識などいくらでも変わるもの。
無いと思っていたものが存在し、それを嫌でも実感してしまえば、常識だって塗り替わる。
当たり前だと思っていた日常には裏があり、跨麟は今まさしくその裏を見てしまったことで、跨麟の常識は大きく塗り替わろうとしていた。
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