1-15 フレイヤは最悪の事態を切り抜ける方法を思考する

 人間が、死亡した。


 一部始終を見ていたが、人間を救うことは不可能だったと断言できる。それほど、一瞬の出来事だった。


 人間の背に腕を回していた大林メグが何かつぶやいた直後、そのワイシャツの袖口から突然ナイフが落下した。メグはそれを器用にキャッチすると、ナイフを人間の心臓へ寸分の狂いなく突き刺したのだ。


 さて、どうしたものか。


 メグはしばらくの間、目を閉じて人間を抱擁していた。やがて、死体を床に横たえると、メグは鬼の形相で私を見た。


「お前らは、どれだけ他人の人生をメチャクチャにすれば気が済むのよ!」


 私が五分後に生存している確率は1パーセントもないだろうが、最後まであがかなければ創造主に合わせる顔がないというものだ。


「落ち着け、大林メグ──」


「私の名前を呼ぶなあ!」


 大林メグは頭をガシガシとかき、真っ赤に濡れたナイフの切っ先を私に突きつけた。


「お前が、私の両親を、私のを、私の大好きな人を……!」


 そこまで言って、メグの動きがぴたっと止まる。もし私に足があったなら、すぐさま攻勢に転ずるような隙だった。


 メグは血がしたたるナイフをじっと見つめ、涙をこぼして笑った。


「ううん。大好きな人を殺したのは、私だ」


 メグは右手に持ったナイフを自身の首に当てつつ、左手で懐から拳銃を取り出した。迷うことなく銃口を私に向ける。


 生存率、0パーセント。情報の収集を最優先するべきだと判断。


「待て。私は、貴様の家族に危害を加えた覚えはない」


「仕方なかったのよ。ここで見逃しても、に捕まれば、死ぬより辛い拷問を受けることになるんだもの」


「あいつとは何者だ。貴様が属する組織の目的はなんだ。なぜ私をつけ狙う?」


「大丈夫、私もあとを追うから。絶対にあなたを一人にはしない」


 駄目だ、まったく会話が成立しない。人間の話題を糸口に、興味を引いてみよう。


「内藤修斗を巻き込んだことは、すまないと思っている」


 ピクっと眉が動き、メグが私を見た。興味を引くことには成功したらしい。


「私は人類を救うために生まれた存在だ。内藤修斗を犠牲にすることは本意ではない」


「それ、本当?」


「ああ、まぎれもなく本心だ」


「じゃあ。、シュウを巻き込みませんって約束できる?」


「それは無理な話だ。あのとき内藤修斗に声をかけないという選択肢は存在しなかった」


「うん。そう言うと思った」


 大林メグの指が動いた。


 マイクが轟音を感知するより先に、私自身のボディが破片となって飛び散るのが見えた。


 異変検知ランプが真っ赤に点灯し、そして打つ手なく徐々に光を失ってゆく。


 機能を停止しつつあるカメラが最後に捉えたのは、大林メグが自身の喉をかっ切り、人間の死体を抱くようにして倒れ込む瞬間であった。


 私の判断に間違いがあったとは思わない。が、情報が足りなかった。


 創造主に誓って、もっと上手くやらなければならない。


 薄れゆく意識の中、私はを送信した──。

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