1-14 内藤修斗は少女の家を訪れ相談する

 芝田駅から10分ほど歩き、メグ姉の家の前に到着する。電車を降りてから、フレイヤは一言も発していなかった。


 改めてメグ姉の家を見上げる。三階まである戸建ての住宅で、家族三人で住むには十分すぎる広さと言えるだろう。


 見慣れたインターホンに指をかける。幼少期から今まで何度となく押してきたボタンであるが、今日はいつになく緊張していた。


 ボタンが沈み込むと、それなりに長い間の後に、通話ランプが点灯した。


「誰?」


「あ、メグ姉……だよね。修斗ですけど」


「え、シュウ? ……ちょっと待ってて!」


 プツッと通話が切れてから一分ほど経って、ドアが開いた。制服姿で現れたメグ姉は、少し息が切れていた。


「ど、どうしたのよ、こんな早くに。文芸部は?」


「急に押しかけてごめん。ちょっと話したいことがあって、上がっても平気かな?」


「う、うん。いいわよ」


 メグ姉は若干ためらいつつ僕を促した。不可解に感じるのも当然だろう。逆の立場なら僕だって戸惑うはずだ。


「お邪魔します」


 およそ一年ぶりに訪れた大林家は、記憶の中のそれと寸分も変わっていなかった。少し、不自然なほどに……。


 裏の顔がある……おのずとフレイヤの言葉が頭をよぎった。メグ姉が僕を監視? いったい何のために?


「どうしたの? 急にぼうっとして」


「え? あ、ごめん」僕は邪念を払うように頭を振った。「なんだかメグ姉の家に入るの、久しぶりだなって思ってさ」


「そうね。昔は毎日のように来ていたのに、最近は全然かまってくれなくて悲しいわ」


「ご、ごめん。避けてたとか、そんなつもりはないんだけど」


「ふふ、冗談」メグ姉が笑う。「早く彼女の一人でも作って、私を安心させて欲しいものね」


「う、うん……」雲行きの怪しい会話を止めるべく僕は周囲を見回す。


「──あれ? メグ姉、旅行でも行くの?」


 メグ姉の部屋に隣接する廊下のつきあたりに、が置いてあった。


「ううん、あれはパパの。いくらシュウでも、中は絶対に見ちゃダメだからね」


「見ないって……あれ? そういえば僕、メグ姉のご両親に会ったことあるっけ」


「小さかったから覚えてないだけよ、きっと。さ、入って」


 メグ姉の部屋に案内され、僕らはガラスのテーブルを挟むように座る。慣れ親しんだ配置フォーメーションだ。


「で。今日は何を相談しに来たのかしら?」


「……さすがにお見通しだね。とりあえず、見て欲しい物があるんだけど──」


「見て欲しい物?」


 一瞬、メグ姉はひきつった顔をしたが、またすぐにいつもの笑顔に戻る。


「なあに。日ごろからお世話になってるお姉ちゃんへのプレゼントとか?」


「お世話になってるって……まあ否定はできないけどさ。今日はそうじゃなくて、なんて言うのかな。とりあえず見てもらった方が早いと思う」


 僕はポケットから真っ白な球体を取り出し、そっとテーブルの上に置いた。


「これ、一見ただのボールなんだけど、実は人工知能なんだ。昨日、メグ姉と別れた後に路地裏で拾ってさ。ちょっと説明が長くなるんだけど……メグ姉?」


 ただならぬ気配を感じ顔を上げると、メグ姉は大きく目を見開いて停止していた。その視線は、確実にフレイヤを捉えている。


 部屋の中の時間が止まってしまったかのような長い沈黙の末……メグ姉は笑った。


「そうかあ、シュウが拾っちゃったんだ」


 メグ姉は、泣きそうな目をして、笑っていた。すべてを諦めたような、そんな絶望を感じさせる顔。


 まるでフレイヤを知っているかのような話ぶりに、僕は困惑する。


「メグ姉……これを知ってるの」


「あーあ、そっかそっか。いやあ、本当に私の人生って酷いなあ。私、そんな悪いことしてるかな。真面目に勉強してるし、遅刻だってしたこともないし……」


 幼馴染はぶつぶつと独り言を続ける。まるで、僕の声が聞こえていないかのように。


「メグ、姉?」


「え、何? 私、絶望するのに忙しいんだけど。ていうか、その呼び名やめなよ。別に私、君の姉でもなんでもないでしょ」


 メグ姉の口調は冷たかった。僕には、彼女がわざとそう振る舞っているように見えた。


「せっかく忠告したのに……本当にダメな子。そういうとこ、昔から大嫌いだった」


「どうしたの、メグ姉。そんな演技、見たくないよ」


「……ねえ。君、私のこと好きでしょ」


「えっ」


「君から、『』の言葉聞いたかったけど、もう時間切れ。だから……」


 メグ姉は妖艶ようえんな笑みを浮かべると、ユラリと近づき、僕の首元に腕を回して抱きついた。生暖かい吐息が、耳たぶを愛撫する。


「きゅ、急にどうしたの。は、恥ずかしいって」


「ごめんね、シュウ。お姉ちゃん失格だね」


 メグ姉が耳元でそうつぶやいた直後、カチッと何かが外れるような音が背後で鳴り──次の瞬間、背中を焼けるような痛みが襲った。


「う……?」


 なにが起きたのかメグ姉に聞こうとしたが、声が空回りする。スムーズに息ができず、かすれた声が出るばかり。


 僕は前へ倒れ込み、メグ姉の胸に頭を沈める。優しく抱き止めてくれるメグ姉はとても柔らかく、致命的なまでに心地がよかった。


 ああ、やっぱりさっきのは演技だったんだ。だってほら、こんなにも暖かい……。


 やるべきことが残っていた気がするけど、なんかもう考えるのも面倒だ。このまま眠ってしまいたいな。眠ってしまおう。


 僕はメグ姉の手の中で、そっと目を閉じた──。

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