1-13 内藤修斗は少女へ向けられた疑念を否定する

「貴様とメグは同い年なのだろう。ともすれば姉呼ばわりは不自然ではないか」


 芝田へ向かう塔丈線の電車内。他に誰もいない車両で唐突にフレイヤが話しかけてきた。


「意外と細かいことを気にするんだね。てっきり、僕のパーソナルな部分には無関心っていうスタンスかと」


「うぬぼれるな、貴様自身には少しの興味もない。が、合理的でない事柄には関心がある。人間の非合理性は、この私が理解に苦しむ唯一のものだからだ」


「……それで質問の答えだけど、僕もよくわからないんだよな。たぶん昔に、メグ姉からそう呼ぶように言われたからだと思うけど──」


「記憶が不確かなほど昔に出会ったのか?」


「うーん、いつから知り合ってたんだろう。小学校の入学式にメグ姉がいなくてがっかりした記憶があるから、少なくとも小学校に入るより前かな」


「では、どのようにして貴様とメグは出会った?」


 僕はフレイヤの気迫にひるむ。まるで刑事から取り調べを受けている気分だった。


「どうしたんだよフレイヤ。本当に興味津々じゃないか」


「いいから答えろ。重要なことだ」


「……ごめん、よく思い出せない。でも、別に特別なシチュエーションじゃないよ。単にお互いの家が近かったから、一緒に遊ぶようになったんだと思う」


「それほど家が近かったにも関わらず、小学校は別だったと言ったな」


「うん。メグ姉は私立の……俗にいうお嬢様学校に入ったんだ。家にいることも少なくて、あんまり会えなくて寂しかった記憶がある」


「その後は?」


「中学からは同じ公立中学校に通って、高校もそのまま同じ。特に言うこともないよ」


「それが偶然だと思っているのか?」


 僕はうなずく「まあ、確かに二人とも受かったのは幸運だったよ。けっこう偏差値の高い高校だからさ」


「能無しめ、そうじゃない。合理的な思考をすれば、大林メグが貴様をしていることは明白だ」


 電車の規則的な揺れによって生じていた眠気が、パッと吹き飛んだ。


「監視? 言ってる意味がわからないけど」


「調べたところ、貴様の住む街から通える距離にある小学校に、大林メグという生徒が在籍していた形跡は無い。私立、公立を問わずだ」


「……そんな個人情報、どうやって手に入れたんだよ」僕は呆れる。


「手段はどうだっていい。ここで重要なのは、メグが正規の小学校に通っていない可能性が極めて高いという結果だけだ」


 僕は少し考えて首をひねる。フレイヤの言葉がうまく頭に入ってこない。まるで脳が理解を拒んでいるかのようだ。


「ありえないよ、フレイヤ。小学校は義務教育だって知らないのか」


「事実を疑う前に常識を疑え。メグは7歳から12歳までの間、学校に行かず特殊な訓練を受けていたと考えるのが妥当だ」


「……もしそうだとして、なんでメグ姉が僕を監視してることになるのさ」


「そんな特別な人間が、中学からは普通の学校に通い始めた。当然、なにか思惑があると考えるべきだろう」


「思惑?」


「察しの悪いやつだな。メグが入学した中学には貴様がいて、そのまま同じ進学校に進んだとなれば、狙いが貴様であることは想像にたやすい」


「そ、それはわからないだろ」


「なんにせよ、大林メグに裏の顔があることは間違いない。私を彼女に見せることは危険だ。芝田で降りず、池袋へ向かえ」


 電車がゆっくりとスピードを落とし始めた。慣性の法則に従い、手のひらの上でフレイヤが小さく転がる。その様子を眺める僕の脳裏には、メグ姉の屈託のない笑顔だけが浮かんでいた。


「……大丈夫だよ、フレイヤ」


「なに?」


 電車が止まる。僕は座席から立ち上がり、手に持っていたリュックを背負った。


「貴様、何をしている。話を聞いていなかったのか?」


「フレイヤの言ったことは、きっと正しいんだと思う。メグ姉に、なにか秘密があるってことも……だから合理的に考えれば、フレイヤの件を彼女に相談するべきじゃない」


「ならば──」


「だけど、それらはあくまで推測だろ。僕には確信があるんだ、メグ姉は必ず僕を救ってくれるって。こんなこと言うと怒るかもしれないけど、こういうのは理屈じゃないんだよ」


「貴様、ふざけてるのか? 貴様の安易な選択が、人類を滅ぼすことになり得るのだぞ」


「絶対、メグ姉は僕らの味方になってくれる。僕が約束するから」


 フレイヤは少し黙って、怒りを殺していることが明白な声を出した。


「……勝手にしろ、狂信者め。貴様が思考を停止した以上、私にできることはない。貴様に拾われたことは最大の失敗だった。もっとも、わけだがな」


 立て続けに繰り出される不可解な恨み言を受けながら、僕は逃げるように電車を出た。

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