1-11 内藤修斗は自身が罠にかかったことを知る

「バッカ、おせえよ。もう弁当食い終わっちまっただろうが」


 屋上まで全速力で走ってきた僕を待ち構えていたのは、きれいさっぱり空になった志島の弁当箱だった。


「……こういうのって普通相手を待たないか?」


「なんで俺がお前を待たなきゃいけねえんだよ、腹減ってんのに」


 僕はため息をつき、志島の隣に座った。紐解いた弁当から漂う匂いが、食欲を刺激する。


「んなことより。お前を呼び出したのは他でもねえ、例の書き込みについてだ」


「ああ、昨日送ったやつ。けっこう面白かったでしょ。ザ・陰謀論って感じでさ」


「確かに面白かった、意味でな。あれ、普通の書き込みじゃねえぞ」


「普通じゃない?」


「あの書き込みを表示した端末は、あるウイルスに感染する仕掛けになってる」


 口と弁当を往復する箸の手が、ピタッと止まる。


「見ただけでウイルスって……そんなことできるわけないよ」


「だから普通じゃねえって言ったろ。俺のPCは特別性だからな、そういうのが検知できんだ。書き込みを見た後、妙なプログラムが追加されていた。たぶん、あのスレッド自体が細工されてやがんだな」


 タチの悪い冗談を言うようなヤツじゃないことは知っていた。志島の言うことは本当なのだろう。それはつまり、僕のスマホも感染していることを意味する。


「……それって、やばいウイルスなのか?」


 自分が志島に送ってしまったという自責の念も合わさり、想像以上に動揺している自分がいた。


「落ち着け。妙なことに、現時点で何も変わったことは無え。プログラムの中身がのぞけりゃ苦労しねえんだが、暗号化されてやがるからな」


「志島、パソコン得意だったよね。解析とかできないの?」


「内藤。俺はな、お前が思うよりすごい人間なんだ」


「え?」真顔で唐突に自画自賛され、僕はあっけに取られる。


「そこらのゆとりエンジニアが暗号化したプログラムだったら、目をつぶってでも一秒で解ける自信がある」


「それは盛りすぎだね」


「だがな。そんなスーパーな俺でも、このウイルスは解析できなかった。意味がわかるか? こいつは下手したら、国が抱えるレベルの技術者が関わってるぜ」


 首筋を汗が垂れた。ポケットの中のスマホが、急に不気味なものに思えてくる。


 そのとき、一つの仮説が頭に浮かんだ。


「ねえ。あの書き込みって、池袋大爆発に関する内容だったよね」


「お前が送ってきたんだろうが。なんで確認すんだ」


 僕は思考する。昨日、フレイヤはアイベルトラボに行く必要があると言っていた。もしかして、書き込みと何か関係があるのではないか……。


「あのさ、志島……見てもらいたいものがあるんだ」


 単純に、一人で抱え込むことに耐えられなかったのかもしれない。僕は少しためらいながらもフレイヤを取り出した。フレイヤは目をけることなく沈黙している。


「なんだよ、そのゴルフボー……待てよ。ひょっとすると、人工知能のたぐいか?」


「ど、どうしてわかるんだ!」


「昨夜、いろいろ調べてな。事件の真相に関する仮説をいくつか立ててみたんだが……あながち間違ってないらしい。お前が知っていることを教えてくれ」


 僕は可能な限り正確に、昨日フレイヤが喋っていたことを伝えた。その間、志島は一言も話さなかった。


「アイベルトラボ……自律型純粋知能……白スーツ……」


 志島がぶつぶつと考え込み始める。こうなった志島は、てこでも動かないことを知っている。


 暇になった僕が、どうにかフレイヤを起こせないか試行錯誤し始めた、そのときだった。


 カツンカツンと、何者かが屋上への階段を上がる音が響いた。


「っ! そいつを隠せ!」


 志島が小声で叫ぶ。僕が慌ててポケットにしまった直後、ガチャリとドアが開いた。


「こんなとこにいたのか、修斗。男二人で密談とは、いただけないな」


「部長……」


 ドアの前に仁王立ちで不敵な笑みを浮かべているのは、我が文芸部の今村部長だった。


 昨日、公園の近くで見かけたときの光景が脳裏によみがえる。今思えば、彼女もフレイヤを探していたとは考えられないだろうか?


 僕がつい言葉に詰まっていると、僕と先輩の間に割って入るように志島が立った。


「初めまして! 俺、コイツのダチの志島って言います! すげえイケてるカフェあるんすけど、今から一緒に行きません?」


「面白い男だな。記憶したぞ、シジマ。せっかくの魅力的な誘いだが、悪いな。今は修斗に用事があるのだ」


「僕に……ですか?」


「先輩、コイツよりも俺と一緒の方が楽しいっすよー」


 志島がおちゃらけて言う。先輩を僕から遠ざけようとしてくれていることくらい、僕だってわかった。


「ふっ、そう警戒するな。ただ質問するだけだから安心しろ。修斗、今日は部活に来るか?」


「いや、今日は……行かないと思います」


「そうか、残念だが用事があるなら仕方ない。邪魔したな」


 ガチャンと扉が閉まる音とともに部長が姿を消す。同時に、六限の予鈴が鳴った。


「行っちゃった。部長、何か知ってるのかな……」


「俺、調べたいことあるから午後サボるわ」


「えっ」


「お前は放課後、フレイヤを池袋に持って行くんだろ。考えたくねえが、何かしらの妨害があってもかしくねえ。何かあったら俺を呼べ、いいな?」


 志島が真剣な顔で僕を見つめる。彼がこれほど僕のことを心配してくれるとは思いもしなかった。


「……うん、ありがとう」


 僕は素直に感謝の言葉を述べて、屋上をあとにした。

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