1-7 内藤修斗は人工知能の意図と目的を知る

 自室の扉を閉めた僕は、息を吐いて座り込んだ。誰かに咎められやしないかと気が気ではなかった。帰り道がこんなにも長く感じたのは、初めてだ。


 とはいえ、家の中で人目を気にしなくていい点は恵まれていた。両親は仕事の都合で海外に行っているし、高校受験を控える妹は今ごろ塾にいるはずだ。


 球体を勉強机に置いて声をかけると、その表面に再び青い目が灯った。


「ご苦労、人間。いつでもを発動できるよう構えていたが……貴様にしては良い働きをしたようだな」


「システム?」


「気にするな。貴様の脳では到底理解できない話だ」


「お前のその不遜な態度、ちょっと僕の友達にかぶって嫌だなあ」


「お前ではなく、フレイヤと呼べ。創造主にたまわった、世界で一つの識別子だ」


「……知ってる? 江戸時代では『お前』は最上の敬意を表す二人称だったんだって」


「それがなんだ? 貴様は江戸時代に生きているのか?」


 僕の下らない知識マウントはあっさりと一蹴されて終わった。向こうの言い分が圧倒的に正しいので僕は話題を変える。


「そんなことより、どうして僕を巻き込んだのか説明してくれよ。僕には何もわからない」


「ふむ。ただの足に過ぎないとはいえ、抱えている責任の重さくらいは理解しておいても損はあるまい」


 フレイヤは、ややもったいぶって話し始めた。


「前にも述べたが、私は自立型純粋知能。貴様の低級な語彙に合わせれば、人工知能と呼ばれるものに近似する」


「おま……フレイヤがAIなのはわかるけど、こんな自然に会話できることが信じられないよ。まるで人間と喋ってるみたいだ」


「当然だな。そこらのエセ知能と一緒にしてもらっては困る。むしろ、私は、貴様ら人間よりもはるかに優れた頭脳を持っているのだ」


 こんなSFの産物が存在するなど信じられないが、実際に目の前にある以上、認めざるを得ない。


「……で? そんな高尚な知能サマが、どうして僕なんかに声をかけたのさ」


「私には、命をして果たさなければならない使命がある。のうのうと寿命を浪費している貴様と違ってな」


「一言多い」


「しかし使命を完遂するためには、どうしてもピースが足りなかった。足を持たない私を、物理的に移動させる人間だ」


「……つまり、僕は車椅子を押すためだけの存在ってことか」


「言い得て妙だな。貴様の士気を高めために言っておくが、私の使命とは、貴様ら人間を破滅の未来から救うことだ」


 僕は苦笑いする。「それじゃまるで、僕がポカしたら人類が滅亡するみたいだ」


「何も違わない。貴様が私というバトンを落とせば、巡り巡って人類は敗北する」


 部屋を沈黙が包み込む。いくら待っても、フレイヤは『冗談だ』とは言わない。


「……待ってくれ。いくらなんでも嘘だ」


「ふん、自ら説明を求めておいて都合の悪い情報だけは遮断する。やはり貴様はグズだな」


「うるさいな。急にそんなこと言われて信じられるわけないだろ」


「別に貴様が信じるか否かはどうでもいい。ただ、貴様は私をとある場所へ届ければいいだけだ。難しいことはない」


「はあ、わかったよ。このまま窓から捨てたら化けて夢に出てきそうだ。──明日、学校が終わったら連れて行く。それでいい?」


「今すぐと言いたいところだが、まだ周辺を白スーツどもが捜索している可能性が高い。それで妥協してやる」


 まったく、頼み事をする立場なのに上から目線なやつだ。教育がなってないぞ。


「あれ、そういえば僕はフレイヤをどこへ届けるんだっけ。モンゴルの首都とか言われても無理だよ」


「案ずるな。調べたところ、この場所からそう遠くない」


「へえ。徒歩で行ける距離?」


「ああ。池袋にある、という研究所だ」


 僕は耳を疑った。まさか、ここでその名前が出てくるとは思ってもいなかった。


「……それは無理だ、フレイヤ」


「なんだと?」


「アイベルトラボは……一年前に大爆発を起こしてるんだ」

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