1-5 内藤修斗は人工知能と必然的な出会いを果たす

「いた……!」


 公園を出てから五分後、商店街の裏に立ち並ぶ住宅街で、僕は遠目で部長の後ろ姿を捉えた。


 彼女は角を曲がりすぐに見えなくなってしまう。慌てて追いかけ、同じ角を曲がったところで、僕は困惑して立ち止まる。


 その先は、とても長い一本道だった。しかし、数秒前に曲がったはずの部長の姿がどこにもないのだ。


 不審に思い周囲を観察すると、そう遠くない場所に細い横道を見つけた。普通に歩いていたら気づかないような、極細な路地裏だ。


「ここを通ったのか……?」


 生ゴミが散乱しているし、道というよりも『家の隙間』という表現が似つかわしい空間だ。しかし、部長がこの道を通った以外に消えた理由がつかない。


「……よし」僕は自分を奮い立たせる。


 ここまで来て引き返すつもりはない。意を決して、路地裏に足を踏み入れる。


「ああもう、思ったよりも狭い」


 そう愚痴りながら、鼻が曲がりそうな生臭さに耐えつつ、ようやく5メートルほど進んだときだ。


 コツッと、何か固いものを蹴った。


「ん?」下を見ると、真っ白な球体が慣性に従って転がっている。「ゴルフボール?」


 臆病なくせに好奇心は人並みに持つ僕は、中腰になって顔を近づけた。よく見ると、球体の表面には楕円形の青い点が二つ、浮かんでいる。


「違う、ゴルフボールじゃない。機械……子どものおもちゃ?」


「機械ではない、知能だ」


「うわあっ!」


 僕は大きくのけぞり、尻もちをついた。球体の表面に浮かんだ二つの青い光が、こちらを向いている。これは、眼だ!


「め、メグ姉に連絡を……」


 スマホを取り出すためポケットに手を入れかけて、止めた。また僕は、彼女に頼ろうとしてしている──。


「人間、時間がない。私に近づけ」


 球体は有無を言わせず話しかけてくる。ちゃんと映像も捉えていることが恐ろしい。


「な、なんなんだ。お前は」


「私の名はフレイヤ。人類を破滅の未来から救うべく創造された、自律型純粋知能だ」


「じり……ようするに、ロボットってこと」


「ロボットだと? 私を、そこらの機械風情と同じにするんじゃない!」球体が声を荒げるが、機械音のせいで迫力に欠けた。


「よく聞け、人間。今から1分10秒後、この薄汚い道を、白服の男が通る」


 また白服……さっき公園にいた男といい、メグ姉が言っていた噂通りだ。


「白服は貴様に、『このあたりでゴルフボールのような物を見なかったか?』と聞く」


「どうしてそんなことが──」


「黙れ、時間が無いと言った」球体が言葉をさえぎる。「いいか。そう聞かれたら必ず否定しろ」


「な、なんで僕がお前に従わなくちゃいけないのさ」


「もし私を差し出せば、貴様はスタンガンで気絶させられる。その後のことは見ていないが、さしずめ終着点は湖の底と言ったところだろうな」


「……は?」今までフワフワと浮ついていた心が、急に肌に張り付いたような感覚がした。


「わかるか。貴様に断る道理は無いのだ。来るぞ! 私を隠せ!」


 優柔不断な僕は結局、言われるがままに球体をポケットにしまう。それと同時だった。


「そこの少年」後ろから威圧感のある声が響く。


 振り返ると、路地裏の入り口を塞ぐようにして、白スーツを着た細い男が立っていた。


「このあたりでゴルフボールのような物を見なかったか?」


 冷や汗が首筋をつたうのがはっきりとわかる。自分の力で、決断しなければならない。


 僕は唾を飲み込んで口を開いた。


「見てません」


「本当か? 声が震えているが」


 ドクンドクンと心臓の音がうるさいくらいに鳴っているのがわかる。弁明しようと口を開きかけたとき──。


「何も言うな。下手な嘘は身を滅ぼす」


 声が聞こえた。頭の中に声が直接送り込まれたような、不思議な感覚。それがポケットの中の球体が発した声だと、根拠は無いが確信する。


 僕は口をつぐんだ。言われてみれば、嘘が苦手な僕が何を言っても墓穴を掘るだけだろう。


 五秒ほどの沈黙だったが、僕にとっては永遠より長く感じられた。唐突に、男がポケットからスマホを取り出した。画面を見て、顔をしかめる。


「ちっ、間の悪い。……まあ、お前が隠す理由も無いだろう。邪魔したな」


 男は早歩きで去っていく。僕が安堵のため息を吐くと同時に、ポケットが震えた。球体を取り出すと、その目は僕を凝視している。


「上出来だ。私の指示に従っておけば間違いないことがわかっただろう?」


「……どうして、あいつが言う言葉を知ってたんだ」


「説明は後だ。ヤツの仲間がまだいるかもしれん。早く安全な場所に移動しろ」


「安全な場所?」


「貴様の住居に決まっているだろう、人間。私は少し考えことをする。着いたら教えろ」


「ちょっ。まだ僕は──」


「言っておくが。私を捨てて行った場合、貴様のことを連中に話す。私と接触したと知れば、ヤツらは貴様を地の果てまで追いかけるだろう」


 そう言うやいなや、球体の目の光がスッと消える。


「あっ、おい!」いくら話しかけてもウンともスンとも言わない。「ああくそ、どうしてこんなことに」


 これじゃあMIBメン・イン・ブラックどころか、E.T.だ。


 僕は球体をポケットに投げ入れ、重い足取りで路地裏を後にした。

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