1-4 内藤修斗は気絶している男を見つける

 メグ姉と別れてから数分後、海獣かいじゅう公園の前を通った僕は、巨大なクジラの像が立つ公園の敷地内をのぞいて思わず立ち止まった。


「……変だな」


 毎日飽きもせず子どもの歓声であふれている公園が、どういうわけか、おそろしく閑散としていた。4時といえば少年少女のゴールデンタイムだろうに。


 まるで別世界に来てしまったかのような違和感が身を襲う。そのとき、公園の奥の方に、大きな白い塊のようなものが見えた。眼をこらすと、その正体がわかる。


「人が……倒れている?」


 人間が、ブランコの柵の隣にうつ伏せで寝ているのが見えた。倒れている位置からして、鉄製の柵に頭を強打して失神する情景が自然と頭に浮かぶ。


 面倒ごとに関わりたくはないが、人だと気づいてしまった以上、無視をするのも後ろめたかった。


 入り口のガードレールを大股でまたぎ近づくと、白いスーツを着た大男であることがわかる。


 一瞬、メグ姉の忠告が頭によぎったが、ここまで来て引き返せる勇気も僕にはなかった。


「あの、大丈夫ですか?」


 返事はない。僕は小学校で行った救命訓練を記憶の底から掘りおこし、ダメ元で肩を叩いてみた。


「もしもーし」


「ん、んん……」男が額を押さえながら立ち上がる。


「わ、動いた!」僕は驚いて飛びのく。寝ているときはわからなかったが、とんでもない大男だ。


「頭痛え……ん、何見てんだコラ」


「えっ、いや、倒れていたので一応大丈夫かなあって……すみませんホント」


 なぜ僕は謝っているのか。我ながら涙が出そうなほど情けない。


「え、あんた俺を心配してくれたのか。いいやつだなあ、あの女と違って」


「あの女?」僕は自然な成り行きで聞く。


「あの女?」男がオウム返しする。


「いや、あなたが言ったんですよ……」


「そうだ!」男が唐突に叫ぶ。「俺としたことが、女に不覚を取っちまったんだ」


 さっぱり状況が飲み込めないが、文脈から察するに、この男は女性に気絶させられたらしい。これほどの巨漢をノせる女がいるとは思えないが。


「早くあねさんに連絡しねえと。また叱られちまう」


 そう言って男はスマホを取り出すと、耳にあてながらドタドタと重々しいフォームで走り去った。公園に、静寂が漂う。


「なんだったんだ、今の」僕は首をかしげるが、何にせよこれ以上公園にいる理由もない。


 大人しく帰ろうと、振り返ったときだった。


「ん?」


 公園の入り口から、一瞬の間だったが、知った顔がのぞいている。


「今村部長……?」


 すぐに消えてしまったが、今の雪のごとき真っ白な髪は間違いなく今村部長だ。志島が探していた、今村部長。


 まさか、さっきの男を倒したのは彼女なのか? それに学校を休んでまで、どうしてこんなところに?


 五月中旬の気温は少し涼しいくらいなのに、僕の頬を一筋の汗が垂れた。妙な胸騒ぎがする。この公園に来てから何かが変だ。


 このまま何もしなければ、僕の平穏な日常は崩れてしまうのではないか。そんな錯覚にさえ陥ってしまう。


 部長から事情を聞かないと……。僕は彼女が消えた入り口から海獣公園を後にした。

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