第174話 番外編 過去の亡霊
——ハニュレオ城、四階、空中庭園。
「ククク……興味深いことになったものだ」
黒い燕尾服。
顔上部を隠す仮面。
長い青髪を靡かせながら、城門の近くにしゃがむ五機の機体を見下ろす男。
記憶がないなど嘘を平然と吐き、まんまと国の中枢を掌握した——千年前の人類の一人、オズ。
無論、それは本名などではないけれど。
(ギア・フィーネ。まさかまた歴史の境目に関わってくるとは。いや、らしいといえばらしい。それでこそギア・フィーネ。それに二号機と五号機。ククク、因果は巡るというやつか? ……登録者はさすがに代わっているだろうが)
口元に笑みを浮かべたまま、白と灰色、そして深緑の期待を見下ろす。
見たところ一号機と三号機は一緒ではないらしい。
ハニュレオなど、ギア・フィーネ一機で事足りるだろうに。
それとも本当にあの王子の言う通り、争うことなど考えておらず、和平を築こうとでも言うのだろうか。
かつて世界を混乱に陥れ、戦禍を加速させ、幾つもの国と命を消滅させた“力の権化”。
それが平和を望む?
笑いを禁じ得ないほどの冗談ではないか。
(さて、どうしたものかな。予定を早めるしかないか——)
せっかくここまでお膳立てして、あとは軽く背中を押してやるだけ。
もうすぐ面白いことになると思っていたのに、まさに余計な茶々を入れられた感じだ。
庭園の端から見下ろしていた機体は懐かしく、もう少し見ていたい気もしたが五号機の方から視線を感じてすぐに身を隠す。
(……まさか?)
登録者が新しくなっているのなら、気づかれるとは思えない。
現代の人類は千年前の人類ほど戦いに慣れた者は多くないからだ。
いくらギア・フィーネの登録者に選ばれたとしても、魔法を使っていたとしても、[隠密]と[隠遁]の魔法で姿を隠したオズを見つけられるはずはない。
もし、それでも勘づかれてれたのだとしたら、それは——。
(……登録者、確認しておくか)
カッカッ、とブーツの底を鳴らしても、[隠密]の魔法で掻き消える。
それに、たとえ勘づかれていたとて千年前の五号機の登録者が“自分”をどうこうすることはないだろう。
そう笑みを深めて、男は明かりのない廊下を進んで消える。
「…………」
「ラウト? どうかしたのか?」
「いや。お前たちには関係ない」
ランディが不思議そうにラウトが見ていた城の一角を見上げる。
気配、姿、音、匂い。
あらゆるものを消す魔法を使っていただろうから、ランディには感じられなかっただろう。
広範囲を[索敵]するヒューバートが特に反応を示していないところを見ると、敵意も殺意も持ち合わせていない相手のようだ。
だが、ラウトには確かに感じ取れた。
あれは醜悪なものの——“心”——魂のようなもの。
先程ヒューバートがジェラルドと共に連れて行ったシズフがこの場にいれば、もう少しなにかわかったかもしれないが、
「あ、ラウトー、そういえばハニュレオのお姫様が千年前の人類を、
「ふぅん?」
話しかけてきたのはヒューバート。
まるで助けられたばかりのラウトのよう。
「オズという名は知らないな」
「やっぱりそうか? 顔も半分仮面で隠しててさ」
「はぁ?」
「あ、髪は青かったよ。こうして一括りにして、垂らしてるくらい長くて、さらさらで」
「…………青い髪と、仮面」
「うん、やっぱり心当たりはない?」
しかしヒューバートはこういう方面の勘がいい。
おそらくオズという男が、三号機の登録者ではないか、と疑っているのだろう。
その可能性は高かった。
この国にはエアーフリートが眠っている、最有力候補地。
エアーフリートには、三号機が保管されているはずなのだ。
ならばこの地に三号機の登録者が
それになにより、忌々しいことだが——。
「確かに千年前、三号機の登録者は“ガウディ・エズン”という仮面の将軍としてアスメジスア基国の内部まで潜入していたことがあるが」
「えぇ……なにしてんのぉ……。っていうかどういう状況なのぉ……こわぁ……」
「俺の直属上司だったガーディラが死んだ後釜に収まったんだ。俺がソレイヴ・キーマの話に乗って、反乱を起こすのを手伝うのを事前に察知されたのもこいつのせい……そう、ザード・コアブロシアのせいだな」
とはいえ、それ自体はラウトにはどうでもいいことだった。
それよりも、ザード・コアブロシア——“ガウディ・エズン”の部下として、ラウトを殺すために居場所を探っていた少年の方が印象深い。
彼の存在はラウトに『復讐される側』の気持ちを思い知らされた。
だから三号機の登録者には、恨みがない。
あの少年の当然の権利に手を貸した三号機の登録者は、なにも悪くないのだ。
性格の相性は、絶対悪かったと思うが。
(……しかしガーディラを殺したのもザード・コアブロシアか。因果だな……)
当時のラウトの唯一の味方。
ガーディラを三号機に殺されてから、軍内でのラウトの扱いは『実験体』レベルまで下がり悪くなった。
一応、都市長の庇護は分厚かったと言える。
しかし、そんな上司の仇を討とう、なんて感情は微塵も湧いてこない。
とても良くしてもらったと今でも思うが、あれは“騎士の戦い”だった。
それに敗北したガーディラの敵討ちなど、ガーディラに失礼というもの。
「じゃあ、オズってやっぱり三号機の登録者なのかな?」
「あり得なくはないが、直接会ってみないとなんとも言えないな」
「だよね。明日は技術者との面会だから、ラウトとシズフさんも一緒に来てよ」
「……確かに気にはなる。わかった」
だがなんでシズフまで?
あの体調の悪そうな男を連れて行く意味がわからない。
と、思ったが——。
「シズフさんの吐いた
「…………」
石吐き待ちする気だ、こいつ。
「顔、ニヤニヤしてるぞ」
「嘘! う、き、気をつける!」
「そうしろ。キモい」
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