第90話 番外編 死者の村
ヒューバートに依頼をされ、羊の返り血ことトニスはのろのろと『死者の村』へと帰ってきた。
(あの少年、なかなかにイイ目してたね。こりゃマジで帝国は負けるかも。件の遺物もあることだし)
実際、帝国の中は内戦間近。
第一皇女セラフィ、第一皇子ステゴリー、第三皇子エドリッグ、第四皇女ステファリー、第五皇子クリードが次の皇帝の座のために鎬を削っていた。
現皇帝は非常に女好きで、見目が好みであれば身分関係なくお手つきにする。
特に若く幼さの残る娘を好み、総勢三十八人の妻を後宮に抱えた。
子はもっと多く、なんと八十八人。
嫌な意味でも当たりがいい皇帝だ。
そんな皇帝も五十を過ぎ、次の皇帝を指名する時期となっている。
それでもまだ、お盛んな皇帝は、未だに女に手を出し続ける始末。
そんな中、三十八番目の一番若い妻ニルケが産んだコニーナという娘を、現皇帝は非常に可愛がっている。
他の女に手を出しつつも、コニーナを溺愛し、「次の皇帝はコニーナにしようかのぅ」とことあるごとに口にしていた。
まだ四つか五つの娘にそんなことを言う皇帝を、上の皇子皇女はすごい目で見ている。
そんな中でもし、隣国ルオートニスが
あの王子は終末を止めるために活用してほしいと言うだろうが、自分のことしか考えていない人間にそんな綺麗事は通用しないだろう。
トニスはあの国の皇族が、身内であっても邪魔ならば殺すのを知っている。
「ただいま帰りました〜。旦那、ちょい収穫ありですぜ」
「お帰り。どんな面白い話を持ってきたんだ?」
「なんと、ヒューバート・ルオートニス殿下が旦那との面談をご所望です」
「ほう?」
村の長たるデュラハンに、ことの経緯を説明する。
あの時、トニスがあの王子を助けたのは、村の子どもたちと変わらない人質を取ったあの貴族が気に食わなかったからだ。
口減らしに捨てられたトニスにとって、子どもの身が危険に晒されるのはかつての自分を見ているようで、本当に気分が悪い。
それを見捨てようとしなかった王子に、肩入れしたのは当然のこと。
ただ、そのあとが驚いた。
トニスが自身を暗殺者であったとバラして、命を狙ったことすらあると話した上でも協力したいと言ってきたのだ。
そしてなにより、トニスだけでなく、この村の誰もが大好きで尊敬してやまないこの人と、同じ目をして同じことを言う。
「
「はい。そのために
「ほう」
屈託なく「ありがとう!」とお礼まで言ってくる。
柄にもなく、こういう人間なら守りたいと思ってしまった。
(オレが仕えるのはこの人だけだってのにねぇ)
頭を下げ、くっくっと笑ってしまう。
彼ならば、中身がガタガタの帝国とも十分渡り合える——なんなら、勝ってしまうかもしれない。
あの
「お前がそれほど気にいるとは、ヒューバートはよい方向に成長したのだな」
「え? ああ、はい。そうですね?」
まるで親戚のような口調。
首を傾げると、微笑まれる。
「歳は——14になったのだったか。14か。うーむ」
「王太子になってから二年ばかりですが、帝国より遥かにマシですね。あの様子ならミドレやハニュレオも救いたいと手を差し伸べるでしょう。歳若い少年がコルテレとソーフトレスの戦争に巻き込まれそうなのは、いただけませんけど」
「そのあたりの話はしていないのだろう?」
「ルオートニスはミドレとハニュレオ並みに国内のことでいっぱいいっぱいでしたからね。あの王子の改革は彼が思っている以上に、国内を安定させています。婚約者の聖女の力が強いのも大きい。
「気に入らんな。戦争もまた人の営みとはいえ、同じ志の若者が踏み躙られるのは不愉快だ」
ごくり、と生唾を飲む。
なんでこともなく言っているが、この人がその気になれば帝国は容易く滅びるだろう。
晶魔獣使役の首輪は、それだけの力がある。
デュラハンは少し思案した表情から、ふわりと微笑む。
「わかった。いいだろう。連れてこい」
「殿下だけで? それとも例の聖女や、護衛の者も許しますか?」
「構わん。好きなだけ連れてこい。あまり多くの人間は受け入れられないが、十数人程度なら問題はなかろう。村の者たちには俺から言っておく。——ただ、ひとつ」
「はい」
デュラハンは座っていた椅子から立ち上がる。
口許は変わらずに楽しげだ。
「
「サルヴェイション? なんですか、それ」
「伝えればわかる」
「は、はあ……」
相変わらず、よくわからないことを言う人だ。
しかし、まさかこの村に“生者”を受け入れるとは。
(けどまあ、あの坊やなら大丈夫な気はするね)
横目で見たデュラハンの楽しそうな表情。
あの人がこんなにも楽しそうにしているのは久しぶりに見る。
そして、だからこそ一つ、確信した。
(歴史が変わる。死を待つばかりの世界が甦る……かもな)
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