第21話 きょうだい(6)

 

「……おれの婚約者は、まだ候補なので、うまく治癒魔法を使えるかわからない。でも、彼女にしか、たよれない……」

「そ、そうですか。そう、ですね……」


 肩を落とされてしまったが、確約できないので仕方ない。

 俺にも言えるのだが、レナの聖女の魔法を頼りにしすぎるのは危険だ。

 彼女はまだ、漫画の中程の力を持っているわけではないのだから。

 聖女の魔法……聖女候補の体内にのみ現れる、特別な結晶魔石クリステルストーン

 結晶化した大地クリステルエリアや晶魔獣から採取されるものとは、別物であるというそれ。

 聖女が亡くなると、霊魂体アストラルと共に消失する、不可思議極まりない魔石。

『聖女』に認定されるのは、拳二つ分の大きさが必要になるという。

 つまり、聖女の魔法は聖女の身が持つ結晶魔石クリステルストーンに影響されるということだ。


「着替え終わりましたわ!」

「あ、あの、パティ様から、お借りしてきました……」

「かわいい!」


 お通夜のような空気になっていた応接室に、パティとパティのお下がりピンクのワンピースを着たレナが戻ってくる。

 半袖が七分袖になっていて、肩まで出ているところを中にブラウスを着てカバー。

 天才か、パティ。

 かわいすぎて誘拐されないか心配になる。

 レナの性格のような白のワンピースも可愛らしかったが、花のように可憐なピンク色もとてもよく似合っているな!

 髪の色が薄いせいだろうか、もっと濃い色のピンクでもきっとかわいいだろう。

 ああ、俺にもっと力があれば、貴族街の仕立て屋を貸し切っていろんなデザインのワンピースやドレスを仕立ててプレゼントするのに!


「殿下、全部声に出ておりますよ……!」

「うっ」

「……殿下は優しいわね、レナ様」

「う、あうううあううう」


 いかん、レナのかわいさにとち狂ってる場合ではない。

 真っ赤に照れてるレナも、それはもうかわいいけれど。


「レナ、ジェラルドを診てもらえないだろうか」

「は、はい、すぐに!」

「ありがとうございます! ジェラルドはこちらです!」


 パティが先陣切って廊下を歩く。

 レナと俺、ランディ、近衛騎士の二人とミラー子爵が続き、二階の東の側にある一室へと案内された。

 レナが空いた扉の中へと入る。

 狭い部屋にはベッドと勉強机、本棚がびっしり。

 本は魔法に関するものばかりだ。

 それを見て俺は泣きそうになる。

 ジェラルドは本当に俺との約束通り、魔法を勉強していてくれた。

 会えなくなって数日、悲しかったけど……ジェラルドは俺との約束をちゃんと守ってたのだ。

 そしてベッドの上に横たわるジェラルドに、レナが近づいた。

 俺も恐る恐る部屋に入る。

 長い付き合いだが、ジェラルドの家に来たのも部屋に入るのも初めてだ。

 いつもジェラルドが俺に会いにきてくれていたから——。


「ジェラルド……」

「……ヒューバート……でんか……どうして、ここに……」

「っ……だって、お前が……結晶病に罹ったっていうから……」


 信じ難いことに、ジェラルドはステージ3どころではない。

 呼吸音がおかしい。

 首や顎、左耳にまで結晶化が進んでいる。

 これでは半年どころか、明日まで持たないかもしれない。


「うそだ、なんだよこれ、こんなの、早すぎるだろ、進行……早すぎるよ……ジェラルド」

「泣かないで、ヒューバート……でも、会いにきてくれて嬉しい……謝ろうと思ってた、から」

「っ!」

「約束したのに、守れなくてごめんね……って」

「い、いやだ、いやだいやだいやだ」


 手がもう、結晶化してて上がらないのだ。

 俺が手を握っても、冷たい感触しかない。

 ぱき、ぱき、と肌が結晶化していくのが目に見える。

 こんな残酷なことが、あり得ていいのだろうか。

 人間が生きたまま石になる。

 最後は細かく砕けて、結晶化する。

 いやだ、そんなところ、見たら……俺、立ち直れない。


「ジェラルド……!」

「っ! ヒューバート様、わたしに任せてください!」

「レナ……!」


 場所をレナに代わり、俺は後ろに下がる。

 そうだ、レナなら……!


「初めまして、レナ・ヘムズリーと申します。ヒューバート様の、婚約者になりました」

「……あな、たが……」

「未熟な聖女候補ですが、必ず助けます! ……すぅ…………〜〜〜♪」

「……うた……?」


 レナが小さな声で歌い始めた。

 これが聖女の魔法。

 聖女は歌を紡ぐことで魔法を使う。

 世界的長編アニメの髪の長いプリンセスのように、髪が光るわけではなく、ただ歌うだけだけど。

 レナが手をジェラルドの手を握り、ずっと同じ歌を歌い続ける。

 どれだけ繰り返し歌っていたのだろう。


「……っ……やはり……」


 ミラー子爵が呟いて、顔を手で覆った。

 その声は悲壮感しか含まれていない。

 だがそれも仕方ないのだ。

 レナが歌い続けても、ジェラルドの容態は変わらない。


「いえ、ですが、進行自体は止まっていますよ!」


 ランディが気を遣ってフォローしてくれるけれど、それではダメだ。

 レナの声が掠れてしまう。

 ずっと歌い続けているわけにはいかない。

 きっと歌が止まればまた、すぐに病の進行が始まる。

 明日の朝まで、保つだろうか。

 俺も床に座り込んだ。

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