第17話 きょうだい(2)
ランディにはわからないだろうが、レナは国一番の聖女になるのだ。
今は最下位のみそっかすかもしれないが、俺にできるのはレナとジェラルドたちを引き合わせることぐらい。
レナに負担をかけてしまうけど、でも……俺は、無力だから……!
「レナならきっと……」
レナに縋るしかない。
情けないけれど。
そして、もしもレナがジェラルドたちを治癒できなくても、俺はレナを恨んではいけないのだ。
「行くぞ」
「はい、ですが……い、いいえ! はい!」
ランディも腹を括ってくれた。
心配そうなパティに「また連絡するので、家から出るな」と指示して医務室を出る。
廊下を歩きながら、俺の中にはもう一つの可能性が生まれていた。
漫画の中のヒューバートが、レナを蔑ろにしていた理由。
大事な聖女だというのに、国外追放にまでした理由。
周りがあんなにもレナを貶して認めない理由。
レナが、周りにあれほど虐げられても決して諦めずに己を犠牲にして人を救い続けた理由。
……ジェラルドはレナに救われることなく死ぬから、だろうか。
廊下を歩きながら、吐きそうな可能性に胸を掻きむしりたくなる。
そんなわけない。
そんなはずない。
そんなのは嫌だ!
たとえレナがジェラルドを救えなくても、俺は気にしない——……のは、無理だと思うけど。
——信じてる。
ジェラルドにそう言われたんだ。
諦めるな、頑張れ!
「父上!」
「どうしたのだ、ヒューバート」
「レナに会いに行きます! ジェラルドが結晶病を発症したそうなので!」
「っ! ……待て、レナ嬢は聖女になり得ると聞くが、もう結晶病の治療ができるのか?」
「わかりません! でも聖殿の、今の聖女様はこーれーでお断りされたと聞きました! そんなの、おれ、おれは!」
「落ち着きなさい!」
全身が声の圧で押し潰されそうだった。
父に一喝されて、詰まっていた息が出て行く。
執務机から立ち上がり、俺のところまで来た父はしゃがんで俺に目線を合わせてもう一度「落ち着きなさい」と言い聞かせる。
自分が思っているより混乱して、焦っていたのだとゆっくり自覚した。
「ジェラルドがしんじゃう……」
涙と共にぽろりと声に出た不安。
いや、不安なんてものじゃない。
前世も今世も、俺は自分の“身内”が死んだことがないんだ。
死ぬかもしれないと考えただけで不安になる。
怖くて怖たくでたまらない。
ジェラルドが、きょうだいがいなくなるなんて絶対に嫌だ。耐えられない。
「ジェラルドが……」
「…………」
父はなにも言わない。
わかってる、頭ではわかってるんだ。
父上は俺にジェラルドをどうやって諦めさせるべきか、それを考えている。
聖殿に頼めるほど王家は強くない。
ましてジェラルドの家は王家派の子爵家。
聖殿にジェラルドを助ける理由がない。
むしろ、俺の乳母兄弟は見殺しにして当然。
王家が無理を通そうとすれば、聖殿になにを言われるかわかったものではない。
それでなくとも針の
なんならこの件が王家へのとどめにすらなるかもしれない。
王家を、次代を守るために……ジェラルドは諦めなければいけないのだと——父は俺に告げなければならないのだ。
そこまでわかっていて、俺はそれでも涙が止まらない。
ジェラルド、俺の、初めての“きょうだい”……!
嫌だ、諦めたくない。
死んでほしくない。
でも、王族として……
「うっ、うう、うっううう」
「……婚約者に会いたいという手紙は送っても構わないよ」
「……ちちうえ……」
「婚約者の当然の権利だからね。母上にも、相談してごらん。きっと力になってくれるよ」
「……はは、うえ……」
「ああ。ランディ、ヒューバートをヒュリーのところへ連れて行ってあげなさい。こういうのは
「「……?」」
父が少しだけ、本当に少しだけ仕方なさそうに微笑んで人差し指を唇に添えてウインクする。
髭面のおっさんのウインク、どこに需要があると思ってんだよ。
そんな悪態を心の中で吐きつつ、ランディに支えられながら母への面会を申し込む。
すぐに受理され、後宮東に招かれた。
母の侍女が俺とランディを部屋に通してお茶を出してくれるが、とても口にできる精神状態ではない。
「ヒューバート、あなたから会いにくるなんてどうしたの? 母の近くは卒業しなければだめよ」
俺と同じくすんだ紅い瞳と、真紅の髪の女性が俺の母、ヒュリー・ルオートニス王妃。
白いドレスには赤い鳥の刺繍が施されて、これでもかというほどに似合っている。
俺は泣き腫らした顔のまま、ジェラルドとジェラルドの母が結晶病に罹ったことを説明した。
そして、死なせたくないのだ、とも。
そのためにレナに来てもらいたい。
だが、聖殿はきっと俺の手紙を捨てている。
レナに会うには、どうしたらいいだろう。
「それならば母の方で手紙を出しておきます」
「え?」
母上が?
なんで?
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