第18話 きょうだい(3)

 

「少し早いですが、王妃教育を始めましょう。レナは伯爵家の令嬢で、最低限の礼儀作法はできているでしょうが、王妃教育はそれとはまた別です。聖殿で行ってもよいですが、結婚後に城で暮らすことになるのなら今から後宮に慣らしておく方がいい。聖殿も王妃教育に関しては口出しできません。聖女教育の一部に王妃教育と同じ項目がいくつかありますからね。ヒューバートの婚約者になったのですから、わたくしの名でその提案をしても問題ないはずです。あなたからの茶会の手紙を無視し続けるのもさすがに限界でしょうし、よいタイミングです」

「ははうえ……ぐずっ」


 なるほど……これが……!

 聖殿でも行われる教育課程なら、城で行われても問題ない。

「王家がレナを取り込もうとしている」と考えられたところで、レナは聖殿にとってあまり価値がない。

 なにしろ今の所“最下位”だから。

 母がソファーから立ち上がり、俺の隣に座る。

 いい匂い。

 優しく抱き締められて、頭を撫でられた。


「ヒューバートは勉強も剣も魔法も、とても頑張っていると聞いています。家庭教師が再来年の授業内容までやっていて、驚いたと言っていましたよ」

「そ、そんなに進んでいましたか……?」

「ええ、頑張りすぎなぐらいです。勉学は少し緩めて、剣と魔法の時間を増やしてもいいでしょう」

「……わかりました、そのように予定を組みなおします」

「いい子ですね。レナが城に来たら、レナとの時間も大切にするのですよ」

「はい!」


 母がすぐに手紙を書いて俺に持たせてくれた。

 これを持って王都——この町の大聖殿へ行く。

 レナは今そこに住んでいるから。

 ランディがすぐに馬と騎士を準備してくれて、俺は近衛騎士の乗る馬に乗せてもらい城から出た。

 俺、普段は勉強ばかりで城からは出ない。

 十二歳になったら貴族学院に入学して、成人である十八歳まではそこで学ぶことになる。

 それまで基礎学力と剣、魔法を一定レベルにしなければ落ちこぼれだ。

 王族に生まれたからには、その烙印は避けなければならないので。

 それでも引きこもりはよくないからと、父の視察に月に一度ついていくことはある。

 とはいえたったの月一だ。

 外の世界は何度出ても新鮮。

 大聖殿への道筋なんて、覚えたねーしな!


「!」


 王城のすぐ側にある貴族街。

 そこと隣接する大きな建物がルオートニス貴族学院。

『救国聖女は〜』の漫画では、この学園の卒業式——パーティーの日に婚約破棄が言い渡される。

 つってもヒューバートに転生した今の俺から言わせてもらうと、はぁ!? パーティー!? 国民が飢え死にして家族を結晶化した大地クリステルエリアに捨ててくるような情勢下でパーティーーーーーイィィィ?

 バッカじゃねぇのおおおおおおお!?

 って、思うけどな。

 もし俺が『王太子だから』という理由で卒業パーティーなんかやることになったら、全力で潰そう。

 未来がどうなるかなんかわからんけどな。

 ひとまずそんなことよりジェラルドだ。

 現実逃避をしてる場合じゃない。

 ジェラルド……頑張って。

 結晶病は結晶化の速度に個人差があると聞く。

 母親のアラザよりも進行が早いということは、本当に一刻も早い治癒魔法が必要。


「っ……」

「殿下、落ち着いてください。そろそろ着きます!」

「!」


 俺とは別の馬、騎士に支えられてついてきたランディの声に顔を上げると、ちょっと「なんだこれ?」って感じの建物が見えてきた。

 壁一面が、金色に塗られている。

 それに、黄金の門と入り口には黄金のおっぱいでっかい女神……いや聖女像?

 布一枚で際どい角度が隠れているが、え、これ入り口の扉のように置いて大丈夫?

 かなりどすけべだよ?

 なんだ、これ?

 ポーズは違うが、マジで角度を変えたら見えそう……いや、こんなところで変なすけべ心を出してる場合じゃない。

 が、しかし——


「なんだ、これ」


 いかん、声にまで出てしまった。

 抑えきれない「なんだこれ」。

 前世と今世合わせても、疑問が留まるところを知らない。


「金……本物ですか?」

「古の時代にはもっとも価値があったものであると聞きます。現代では魔石は劣るものの、通貨としての価値は一番高いものですね。しかし、あまりにもなんというか、ここまで露骨に使っていると、少々下品というか……」

「そ、そうだなぁ」


 近衛騎士の一人が説明してくれたが、納得だ。

 要するに聖殿は成金趣味があるわけか。

 いや、聖殿全体を巻き込んだ言い方はいけないな。


 聖殿の最高権力者、聖殿教皇。


 ……この役職を聞いた時は「聖殿ってなんの宗教を崇拝してるの?」ってジェラルドに聞いちゃったよなぁ。

 だって聖殿って聖女育成機関のはずじゃん?

 教皇って、なんかの宗教で一番偉い人の役職名じゃん?

 そしたらなんか、ここ近年偉い人の上に偉い人が新しい役職を付け加えていって、「今は枢機卿が一番偉いことになってますけど、半年後は新しい“一番偉い役職”が増えてると思います!」って答えられて微妙な気持ちになったよね。

 そしたら案の定、新しく『教皇』が増えてるし。

 ここの人たちは、なにがしたいのだろうか。

 とにかく偉くなりたくて、堪らないんだろうか?

 だが、この自己顕示欲しか感じない大聖殿の建物を見るにその通りなんだろうなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る