第16話 きょうだい(1)

 

「ヒューバート殿下、よほど婚約者殿のことがお気に召したのですね」

「めちゃくちゃかわいかったからな」

「しかしヘムズリー伯爵家は聖殿側です。あまり心を許さない方がよろしいのでは……自分が言っても説得力かいむですが!」

「いや、ランディのことは信用してる」

「ぐはっ!」

「ランディ!?」


 吐血した!?

 なんで!?


「だだだだ大丈夫か!? なに、どうしたの!? まさか結晶病!?」

「いえ、うっかり舌を噛みました」

「だいぶ血出たね!? 大丈夫!? 医務室行こう!?」

「だいじょひぶへ」

「大丈夫じゃない!」


 さらに噛んだ!

 舌を噛み切っても死なないというが、子どもの体ではわからない。

 午前中は勉強の予定だが、ランディを引き連れて城の医務室に駆け込んだ。


「すみません!」

「あ……!」

「あ、す、すみません!」


 なんと、先客がいた!

 しかも女性!

 慌てて扉を閉めるが、すぐに女医さんの声がした。


「入ってください。血が見えたのですが」

「従者がうっかり舌を噛んで血が出てしまいまして」

「まあ、大変。治癒魔法をかけます。こちらへ」

「もうひはへ……」

「しゃべるなランディ!」


 女医の前にいた女性は、布で区切られたベッドの方に移動している。

 しゅるしゅると服を着る音が刺激的だな。

 というか、一瞬だけだったけど、今のは——。


「もしかして、パティだろうか?」

「はい。パティ・ミラーです、殿下。お久しぶりですね」

「いやいや、レナとのお茶会の時にも会っているじゃないか」

「まあ、覚えててくださったんですね……!」


 シルエットだけだが嬉しそうな声。

 彼女はレナと初めて会った時のお茶会にいたメイドの一人。

 名前はパティ・ミラー。

 ジェラルドの姉だ。

 青い髪をポニーテールにして若草色のリボンでまとめた、ジェラルドの姉らしく美しい女性。

 けれど性格はかなり大雑把。

 城で働いているのも、行儀見習いの意味が大きい。


「どこかグアイが悪いのか?」

「……あ……」


 ランディを女医に任せて布の向こうに声をかけると、困ったような声。

 しまった、女性の体調を迂闊に聞くものではないよな。


「すまない、話したくないよな」

「い、いえ! 違います! ……そうですね、殿下の耳にも、いずれ届くと思うのですが……」

「ん?」

「母と弟が、結晶病を発症したんです。それで、あたしも検査を……」

「…………え、っ……?」


 なん、だって?

 パティの母は、俺の乳母アラザのこと。

 パティの弟は、ジェラルドのこと。

 なんだって……?

 二人が——!?


「アラザとジェラルドが、結晶病に……!? すぐに聖殿に……!」

「落ち着いてください、殿下。……無理なんです」

「無理ってなにが!」

「その、今は聖女様がご高齢で、結晶病の治療は行われていないと言われたんです。感染するものではないので、看病はあたしが行う予定なので、近くあたしも弟も城を去るかと思います。このような形でのご報告になり、申し訳ありません……」

「そん、な……」


 ジェラルドが結晶病……?

 足下が急に真っ暗になったような感覚。


「……っ」


『救国聖女は〜』で、ヒューバートの側近はランディだった。

 どうしてジェラルドじゃないんだ、と、思ってる。

 俺だったらジェラルドに側近になってほしい。

 でも……ジェラルドは結晶病になった?

 結晶化した大地クリステルエリアのように、結晶化してしまう病。

 晶魔獣に襲われれば100%感染する。

 でも、なにもしていなくても発症する病。

 漫画では俺の父と母も発症して死んだ。

 しかも、聖女は高齢で治療ができない、だって?


「……進行ステージは……?」

「は、はい。母はステージ2、弟は母よりあとに発症したのですが、同じステージ2です。でも、若いせいなのか、弟の進行が早くて……医者には半年持たないかもしれない、と」

「うそだろ……」


 急すぎる。

 そんな、そんな……!


「っ、諦めるな」

「え?」

「ジェラルドもアラザも、なんとかしてちりょうを受けられるようにてはいする!」

「殿下……しかし、そんなこと……!」

「やる! 絶対やる! しなせたくない!」

「……殿下……」


 自分の腹の底から、こんな悲痛な本音が声で出るなんて思わなかった。

 だって死んでほしくない、本当に!

 ジェラルドは俺を認めてくれた、味方。

 血が繋がっていなくても“きょうだい”なんだ……!


「しかし、どうなさるおつもりですか?」


 治療を終えたランディが後ろに来ていた。

 そうだ、結晶病の治療は聖女——聖女を擁する聖殿にしかできない。

 聖殿は俺に近いジェラルドとアラザを治療なんてしないだろう。

 なにかと理由をつけて、漫画の中の陛下やお妃のように見殺しにする!

 そんなこと絶対させるものか!

 考えろ、なにか方法がある。

 漫画の中ではレナがやっていたことを、どうにかして——。


「レナ」

「え?」

「レナに会いに行こう!」

「え、ええ!? どうやってですか!? お茶会のお誘いには、いまだに応じていただけていないと……」

「そうだ。でも、おれはレナのコンヤクシャだぞ! 会いにいく理由なんてそれで十分だ!」

「しかし、レナ婚約者殿に結晶病を治癒する能力はないのでは!?」

「大丈夫だ! レナならできる!」

「ええええええっ」

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