第9話 これからの話

 ミズエルとの再会から数日。

 俺はミズエルの屋敷に厄介になっていた。召喚師ミズエルの根城だけあって、召喚術に関する資料は多い。


 目下の課題は二つ。

 一つ目は、レイチェとの召喚契約。レイチェが望む勇者ナインとしての振る舞いから外れた行いをすると、主人であるレイチェの感情が波打ち、使い魔である俺にダメージを負わせるようになっている。

 二つ目は、封印から解放された勇者ナインの力が弱体化していること。魔力は数分の一に減少し、高位魔術も使えなくなっている。ついでに見た目も若返っているときた。


 俺はミズエルの部屋の床に座り込んで資料を広げながら、元凶と思われる大召喚師様に問いを投げた。


「ミズエル。もう一度聞くが、レイチェとの召喚契約については、意図的に召喚術に組み込んだ効果ってことで良いんだよな?」

「ええ。召喚者が使い魔を従えるための基本効果ですからね。勇者ナインを魔王の封印から解き放つ手段に召喚術を選んだ時点で、召喚者と使い魔のリンクを外すことはできません」

「ハッ。よく言う」


 召喚された部屋に書かれていた召喚陣を思い出す。あれほどまでに練り上げられた召喚術を構築する召喚師が、この程度の基本効果を外すことが出来ないはずがない。

 俺たちはよく、誰かが高度な魔術を作り上げては、それを仲間の誰かが解除魔術で解くという遊びをしていた。これはミズエルなりの遊びなのだ。数十年の果てに辿り着いた召喚術の極地、解けるものなら解いてみろと。

 ミズエルが微笑みながら挑発してくる。


「もちろん、勇者ナインほどの男なら、私が手伝わなくても召喚契約を解くぐらいは簡単ですよね?」

「やってやるわ! あとで吠え面をかくなよ!」


 ミズエルのことだ、俺が封印されてから進歩した召喚術を学べば、順当に召喚契約を解除できるように手心を加えているはずだ。……手加減しているよな? 一生レイチェの使い魔のままだったら泣くぞ。


 となると、解決案が見えないのは二つ目の課題か。


「俺が弱体化している件については、心当たりは無いんだな?」

「自画自賛になりますが、私の召喚術は完璧ですよ。研究を引き継いだレイチェにしても、あれほどの才能を持つ娘はそうはいない。失敗するとは思えませんね」

「そこに関しては俺も同じ見解だ。となると、召喚術を行使したタイミングでなにか不測の事態が起きたってことなんだろうが……。今のところは手がかり無しか」

「一つ一つ可能性を探っていくしか無いでしょうね。原因を特定するなら可能性を切り分けていくしかありません」

「だろうな」


 手元の魔術書を読むのに戻る。

 俺が封印された後の人類の魔術進歩の歴史は、刺激的で面白かった。


「ところでナイン。君はこれからどうするつもりですか?」

「特に何も考えていないな。……なんだよ、俺がここにずっといたらダメなのかよ」


 思わず拗ねた声を出してしまう。

 冷たい野郎だ。俺がせっかくこの部屋に入り浸って寂しくないようにしてやっているというのに。俺が寂しい訳では断じて無い。


「そういう訳ではありませんがね。たまには外に遊びに行くのも良いではありませんか」

「お前は俺のおじいちゃんか?」

「似たようなものですよ。この年になってくるとね、前途ある若者に、有意義な時間を与えてあげたい。自然とそう思うようになってくるのです」

「……そうは言っても、別にやりたいことがあるわけじゃないしよ」


 かつては仲間とやりたいことはあったが、今はもう皆いない。せめてミズエルを看取るまではずっと一緒にいたかったが、それを口にするのははばかられた。


「ナイン。冒険者学園に通ってみませんか?」

「冒険者学園? この年でか?」

「見た目は十五ぐらいにしか見えませんから、丁度良いでしょう。この街には私が作った冒険者学園があります。春からレイチェも通わせるつもりです」

「へえ。ミズエルが作った学園か。面白そうだな」

「そうでしょう」


 ミズエルは満足気に微笑むと、真剣な顔をして言った。


「ナイン。君が封印されてからも、たびたび魔族は攻撃を仕掛けてきました。いつかは次世代の魔王だって生まれるかもしれません。だから、人類にも次世代の力が必要なのです。勇者一行はもういませんが、私たちの意思は受け継がれていきます。冒険者学園もその一環です。君には、私が作った学園を見て欲しい」

「学園に通ってもいいけどよ。ミズエルは、本当にそれで良いのか?」


 ミズエルは誰よりも仲間思いな男だった。老いたあとに後継者を作ってまで俺を召喚したのは、きっとミズエルにもまだ勇者と過ごしたいという気持ちがあったからなのだ。俺が冒険者学園に通うということは、共に過ごす時間が減るということだった。


 だが、ミズエルは即座に答えた。


「ええ。良いのです、ナイン。私は、未来を見続ける君の姿が好きだったのだから。だから、後ろを振り返ってはいけませんよ」


 それは、きっと、別れの言葉だった。共に同じ時代を生きて、これからは別の道を歩む、親友ともからの別れの言葉。



   ◇◇◇



 レイチェに冒険者学園に通う話をすると、大層喜ばれた。


「素晴らしいです! ミズエル様が勇者様を想う気持ちに、少しだけ妬けてしまいますね」

「妬ける?」

「ミズエル様はおっしゃってましたから。勇者ナインと、戦士ワパと、魔術師ミサキと、王女アリシアは同じ学園に通っていたと。自分は魔王討伐の旅が始まってから合流したから、彼らが学園の話をする時は、寂しい想いをしていたと」

「そんなこと……聞いたことも無かったな」

「だから、ミズエル様は、ご自分が作った学園を見てもらいたいんだと思います! それで同じ学園の思い出ができたら、それってすごく素晴らしいことですよね!」

「ああ、そうだな。そう思うよ」


 なんだ、格好つけていたけど、ミズエルだって思い出が欲しいんじゃねえか。学園に通う意思を固めたのは、この時だった。

 ミズエル、お前、良い弟子を持ったな。

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