第7話 たわいない約束

 召喚師ミズエルは、俺よりも一回り年上で、いつも落ち着き払っていて、勇者一行の潤滑油のような男だった。


 あれはソベヌ村の村長の依頼を受けて、浜辺のアックスクラブの討伐をした時の話だったか。

 魔王討伐の旅の途中、モンスターに困っている民に頼られることはたびたびあった。俺はそうした依頼は受けないほうが良いと思っていたが、逆に全ての依頼をこなそうとする男がパーティにいた。僧侶セドリックだ。


 アックスクラブは斧のような両手を持つ巨大なカニ型のモンスターだ。雷撃に弱い。

 俺はアックスクラブを雷球ボルサダで始末しながら、セドリックに文句を垂れる。


「おいセドリック、モンスター討伐の依頼をホイホイ受けるのはやめろって言ってるだろうが」

「なんだアレンこのヤロー、冷たいじゃねえか、それでも勇者か?」


 セドリックがハンマーでアックスクラブを粉砕しながら俺の愚痴に応える。

 セドリックは口は悪いが困っている人間を見捨てられないたちで、自分が背負える限界以上の物を背負って傷つくような男だった。


「こういうのは村のためにもならねーんだよ。俺たちがいなくなってもモンスターは現れる。自力で討伐できるようにならなきゃ意味ねえ。世界中がモンスターに脅かされてるのに、ここだけちょっと救って自己満足か? 偽善僧侶」

「別に世界中の人間を救おうだなんて思っちゃいねえんだよ。だからといって目の前の人間見捨てるのは違うだろうが、冷血勇者」


 アックスクラブが全滅したのを確認してから、俺たちは至近距離でガンを飛ばし合う。こういうのは引いたほうが負けだ。


「今日という今日はここでぶちのめして格付けしてやろうか」

「ああ? やってみろよこのヤロー」

「まあまあ、待ちなさい。ナイン、セドリック」


 睨み合っていた俺たちは同時にグルリと横を向くと、仲裁の声の主に対して、咎めるような視線を投げた。


「「邪魔をするなよ、ミズエル」」


 勇者ナインと僧侶セドリックの威圧を前にして、召喚師ミズエルはニコニコと笑みを崩さなかった。


「ナイン。君が人助けに消極的な気持ちは理解できます。しかし、この旅はそもそも、君が後先考えずに目の前の人間を救おうとした感情から始まったはずです。王女アリシアが悲しみますよ」

「ぐっ」

「そしてセドリック。ナインが君を心配している気持ちにも配慮してあげなさい。毎回律儀に討伐を手伝ってくれる彼に、感謝する気持ちもあるのでしょう?」

「……ふん」


 ミズエルの説教は的確に弱点をついてくる。俺とセドリックは言い負かされてばかりだった。

 俺とセドリックはちらりと視線を交わすと、今夜は休戦だな、と意思を伝えあう。


「しらけちまったな。ミズエルに免じて今日はこの辺にしといてやるよ」

「まあそうだな。なあナイン、アックスクラブって食えんのかな? 酒場に持ち込んでみようぜ」

「私もご一緒しますよ」


 ミズエルは下戸だが、酒の席に参加したがる。

 浜辺を歩きながら、俺はポツリと呟いた。


「魔王討伐が終わったら、俺は豪邸に住んで、高い酒を飲んで、美味い飯を食って、良い女を抱くんだ。まあ、でもそれだけだと暇かもしれねえから、そうなったら仕方ねえから、セドリック、お前の人助けも手伝ってやるよ」

「ふん、殊勝な心がけじゃねえか。良い女が抱きたいなら、勇者が人助けした話をワパに書かせるなんてどうだ? きっとモテるぜ」

「魔王討伐後も、人助けの旅ですか。良いですね。ワパとミサキも誘いましょう」


 誰も魔王との戦いで生き残れるなんて思っていなかった。なにも知らない子供が夢見る将来を語るような、不確かで、たわいない約束。

 それでも、ミズエルは本当に嬉しそうに微笑んだ。


「きっと楽しいですよ」



   ◇◇◇



 迷宮都市バビロカまでの道も、バビロカについてからも、俺はずっと口数が少なかった。

 契約トクパによって強制的に連れてきた盗賊を警備のやつらに突き出したあと、ミズエルの屋敷へと向かう。足取りが重い。


 かつて歩いたバビロカとは全く異なる景色に戸惑いつつも、ミズエルの屋敷に着く。

 ミズエルの屋敷は数十年ほど経過したように記憶よりもボロくなっていたが、それでもようやくそこにかつてのバビロカの面影を見て、俺は少しホッとしてしまった。


 メイドに面会の意思を伝える。

 ミズエルの弟子レイチェがいたので、あっさりとミズエルの部屋まで案内されてしまった。心の準備をする間もなく。


 ミズエルはベッドから半身を起こして待っていた。

 質素な部屋のあちこちにある魔術陣は、延命措置のための回復魔術だ。


「お久しぶりですね。ナイン」

「ああ、久しぶりだな。ミズエル」


 そこにいるのは、枯れ木のような老人だった。

 しかし、目を細めた笑みは、たしかに、ミズエルだった。

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