第6話 勇者の聖なる盾

「『勇者ナインの冒険 小説版10』では、勇者ナインはドワーフの王様ドグンと殴り合いの喧嘩をした後に友情を育んだという記述があります! 実際に目にすることができるなんて!」


 たぶん盗賊と友情を育むことは無いけどな。


 レイチェの歓喜の声を背に、俺は自身に身体強化フバボをかけると、速攻で盗賊たちの中に殴り込んだ。

 手始めに近くにいた一人を殴り飛ばす。盗賊の骨が折れる感触。そのまま殴った盗賊が吹き飛んでいく。


「この野郎!」「やっちまえ!」


 敵の魔術師の反応は速かった。再び魔力が高まり、こちらに火球ボルファイが飛んでくる。

 変化のないやつだ。防御魔術ドシルで防げない攻撃だろうと、いくらでもやりようがある。俺は火球に当たる直前、勇者の聖なる盾を展開した。


 盗賊の目には、俺に火球ボルファイが直撃したように見えただろう。


「やったか!?」

「う、うう……痛ぇ……」


 呻いたのは、俺ではなく、俺が盾に使って火球の被害を受けた盗賊だった。


「! ひ、ひでえ、あいつ、ジョンを盾にしやがった!」

「ガーハッハッハッハッ! 魔王にすら効いた、勇者の聖なる盾ブレイブ・ミート・シールドの防御力を思い知るがいい!」

「卑怯だぞテメェ! 人質を取るなんて人間のすることかよお!」

「人質ィ? 違うな、こいつは武器だ」


 俺は口の端を吊り上げた。そのまま今度は盾にした盗賊を振り回し始める。


「喰らえ! 勇者の聖なる剣ブレイブ・ミート・ソード!」

「うわああああメチャクチャだこいつうううう!」


 手に持った盗賊をブンブンと振り回して周りの奴らにぶつけていく。


「ガハハハ、クズの掃除は楽しいなあオイ!」


 夢中になっているうちに、ほとんどの盗賊を倒してしまった。残りは盗賊の頭の大男だけだ。

 俺と大男は構えながら対峙した。


「残りはあんただけだぜ」

「チッ、使えねえ野郎どもだ」


 盗賊の頭の魔力が高まり、その大きな肉体の全身を巡っていく。

 身体強化フバボ。先程の火球ボルファイと同じく、俺の行使する同じ魔術よりも遥かに洗練された構築だった。いったい何がどうなっている?

 大男は指をポキポキと鳴らすと、挑発してくる。


「随分と力自慢らしいな。力比べといこうじゃねえか」


 ハッ、面白え。

 俺と大男は手を組み合い、押し合い、力を比べ合う。


「グッ!」


 やはり敵わないか。身体強化フバボの練度が違う。

 消費魔力に対する肉体の強化の度合いが高すぎる。

 俺は徐々に押され、踏ん張っている足が地面にめり込み始めた。


 大男がニヤリと笑った。そのまま押し潰さんと全力を出してくる。


 それでも俺は慌てなかった。じっくりと大男に流れる魔力を観察し、魔術構築の理論を一から学習していく。じっくりとだ。なるほどね。


 次の瞬間、力が拮抗した。否、押されていたはずの俺の腕力は、既に大男の数倍に膨れ上がり、なおも上昇していく。大男の顔が恐怖に引きつる。


「あり得ねえ! 何をしたてめえ!」

「もう覚えた」


 相手の身体強化フバボのほうが魔術構築が洗練されているのなら、それをそっくりそのまま頂けば良い。俺は勇者ナイン、下級魔術程度だったら簡単に模倣可能だ。

 そのまま大男を押し倒すと、思いっきりぶん殴った。地面が陥没し、大男は呻いて気絶する。完全勝利だ。


「ハッ! これが勇者の力だ。二度と逆らうんじゃねえぞ。おい、見たか、レイチェ」


 俺は得意気にレイチェのほうに振り向いた。しかし。


「痛ぇ!」


 痛みを覚えて、俺は頭を抑えた。頭痛がひどくなっている。盗賊にやられた傷ではない。これは魔術だ。レイチェから、魔力が流れ込んできている!


 レイチェのほうを見ると、呆然と虚空を見つめていた。何か様子がおかしい。


「ありえません。勇者様が人質を取って盾にするなんてありえない……。これは……夢……?」


 ブツブツと何か呟いていたレイチェは突如グルリとこちらに向くと、光彩の消えた瞳で見つめてきた。


「私の勇者様は人質を取りません。そうですよね?」

「ああ、も、もちろんだ。勇者は人質を取らない」


 そこでようやく頭痛の正体に気付く。これは召喚魔術の作用だ。主人であるレイチェの感情のゆらぎが、使い魔である俺にダメージを負わせる召喚契約。ミズエルめ、なんてことしやがる!


 とりあえずレイチェの言葉を肯定してやると、徐々に頭痛が引いてきた。ミズエルに会ったら真っ先に召喚契約を解除して貰う必要があるな……。

 レイチェの表情に笑みが戻る。


「そうですよね。何かの間違いですよね。安心しました」

「ああ、もちろんだとも」


 それにしても、随分とまあおかしな幻想を勇者に抱いたもんだ。勇者が正々堂々と戦うような聖人だったら人類はとっくに滅んでいる。ワパめ、『勇者ナインの冒険』にどんなことを書いたんだ?


 レイチェはひとまず落ち着いたのか、ペタペタとこちらを触って怪我の具合を確かめてきた。


「お怪我はありませんか?」

「ああ、火傷は回復ダヒルを使ったら問題ねえ。しかしどうなってやがる。盗賊が使う魔術の威力か? あれが?」


 その辺を歩いてる野良の山賊が使ってくる魔術の威力ではない。勇者の防御魔術ドシルを突破するなど、いっぱしの英雄として名を馳せていてもおかしくはない使い手だ。俺の疑問は、レイチェが簡単に答えてくれた。


「確かに勇者ナインは最強の魔術師でした。だからこそ勇者様が封印された後、世界中の魔術師は勇者ナインの魔術構築を研究し、発展させてきたんです。第二次魔術革命によって、勇者様の封印前とは比較にならないほど魔術の威力は上がっています」

「……へえ」


 どうやら俺は召喚直後で寝ぼけていたらしい。

 ここに至って、重要なことを見逃していたことに気付いてしまった。


 数十冊も刊行されていた『勇者ナインの冒険』。

 俺よりも召喚術が劣っていたはずのミズエルが、遥かに高度な召喚術を構築して俺を封印から解放したということ。

 景色がすっかり変わってしまった林道。

 俺の魔術構築が研究され尽くし、発展し、そこらの盗賊が行使するところまで普及しているという事実。


 今は、俺が封印されてから、何年経っている?

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