第5話 バビロカへの道

 一晩眠った後、朝から俺たちはミズエルの元に向かっていた。


 レイチェが召喚したウラマプは、躾が行き届いていて乗り心地が快適だった。

 ウラマプは首と頭が長い四足歩行のモンスターだ。異世界から召喚された魔術師であるミサキが「ウマじゃん!」と叫んでいたことがあったので俺もたまにウマと呼んでいる。


「ウラララの乗り心地はどうですか? 勇者様」

「悪くないな。……ちなみにそっちのウラマプの名前はなんていうんだ?」

「マプププです!」

「名付け親はミズエルだな? そうだろ?」

「はい! どうして分かったんですか?」


 レイチェが不思議そうに首を傾げる。ミズエルは優れた召喚術師だが、モンスターの名付けはどこか安直なところがある。


「古い付き合いだからな」


 レイチェと会話を続けながら、整備された林道をウマで進んでいく。

 静かな場所だ。モンスターの気配もあまり感じない。


「この辺にはモンスターは出ないのか?」

「ええ。出たとしても位階の低いモンスターしか出ません。見覚えがありませんか? 勇者様もここを通ったことがあると思いますよ」

「へえ……?」


 じっくりと景色を見渡す。

 言われてみると見覚えがある気がしてきたが、正直なところ森林なんてどこも似たりよったりで覚えていない。道を覚えるのは僧侶セドリックが得意で、ダンジョンでの道案内などは任せきりだった。


「降参だな。全然分からん」

「なんと、この道はミズエル様の故郷、迷宮都市バビロカに繋がってるんです!」

「また懐かしい名前が出てきたな」


 ミズエルとバビロカで出会ったのは八年の旅のうちの最初の年だ。

 つまり、俺がこの道を通っていたとしても、八年も前の話ということになる。見覚えがないのも仕方あるまい。

 そもそも、俺の記憶だとバビロカ付近の森林は林道なんぞ無かった。一度通った場所でも、時が経てば景色が変わる。


「それにしても、ミズエルの野郎、故郷に戻っているのか? 笑えるな。どういう心境の変化だ? ”私が故郷に戻ることは二度とありません。老いて死ぬ時になったら考えなくもありませんがね”なんて言ってたんだぜ?」

「……ええ、まあ、そうですね」

「?」


 師匠を茶化して機嫌を損ねてしまったのか、レイチェの反応は悪かった。

 少し気まずくなって、互いに無言になって道を進む。


 ふと、木々の裏側に魔力の反応を感じた。


 ――なにか潜んでいるな。


 レイチェも気付いたのか、ウマを止めて降りる。

 俺もウマから降りると、レイチェはウマを送還して臨戦態勢に入った。突然の戦闘の気配にも動揺していない。戦い慣れているな。悪くない。


「へへ、気付かれちまったか」


 俺とレイチェが立ち止まったのを見て、刃物を構えたいかにも盗賊のような男たちがぞろぞろと森の中から出てきた。

 おそらく盗賊の頭だろう、一番大柄な男が脅迫してくる。


「痛い目にあいたくなかったら金目の物を出しな。おっと、お嬢ちゃんのほうは少しばかり俺たちの相手もしてもらうがな」


 ゲヘヘヘ、と盗賊たちが笑う。


「勇者様、どうしましょう? 殺しても良いですか?」

「決断が無慈悲すぎない? まあ待て。俺が相手をする」


 こいつ本当にミズエルの弟子か? 勇者一行が盗賊の類と出会った時は、だいたいは殺さずに近くの治安維持組織に突き出していた。僧侶セドリックが信仰している神は殺人を禁じていたしな。

 こういう時はとりあえずは降伏勧告だ。封印から解放された時に持っていたのは一張羅だけで路銀を持っていなかったので、こうやって財布が向こうから来るのは正直助かる。


「おい、盗賊ども。痛い目にあいたくなかったら金目の物を出しな。逆らわなければ見逃してやるよ」

「……勇者様?」

「もちろん冗談だ。勇者は脅迫をしねえ」


 レイチェが信じられない者を見る目でこちらを向いたので、つい撤回してしまった。ズキズキと軽く頭痛がするのは、罪悪感によるものだろうか。

 交渉が決裂したのを見て取った盗賊の頭は、素早く手下に指示を出した。


「男は燃やせ。女の方は傷つけるなよ。最初に俺が楽しむ」


 大男の指示に従って盗賊の部下の二人が魔術を構築し始める。この構築は火炎系魔術だな。魔術師が盗賊くずれとは、世も末だ。

 俺はレイチェを守るように前に踏み出した。


「勇者様! 危ないです!」

「ハッ。俺が危ない? 『勇者ナインの冒険』に書いてなかったのか? 勇者ナインは五大元素全ての魔術を操った最強の魔術師でもあった。魔術戦において俺の右に出る者はいねえ」


 盗賊魔術師の魔術構築が完了し、火球魔術が飛んでくる。

 俺はそれに合わせて両手を突き出し、防御魔術ドシルを展開した。光り輝く透明の盾が俺の全面に展開される。ただの下級防御魔術であろうと、勇者ナインが展開すればそれは最強の盾だ。絶対に俺が傷つくことはない! 絶対にな!


 そのはずだった。

 盗賊の火球と俺の防御魔術ドシルがぶつかり、防御魔術ドシルはあっけなくパリンと割れた。それはもう盛大に割れた。


 火球はそのまま俺の両手にぶつかり、俺の両手は燃え上がった。それはもう盛大に燃え上がった。


 …………。


「グワアアアアアア! 俺の腕があああああ!!!」

「だから言ったじゃないですか!」


 両手に回復ダヒルをかけながら、一体何が起きたのかを考える。今の火球の練度は高位魔術師の構築のそれだった。ただの盗賊が出してよい火力ではない。いや、そもそも。


「たかが盗賊風情がなぜ上級火球ギ・ボルファイを使ってやがる!」

上級火球ギ・ボルファイ? へへへ、違うな、今のは火球ボルファイだ」

「なにいいいい!?」


 さらに混乱する。何か目を逸らしてはいけない事実を考えないようにしている気がする。しかし、今は疑問は全て置いておくことにした。魔術の出力が互角でなくても戦い方はいくらでもある。既に全回復しているが、俺の両手の仇は絶対に討つ。


 深呼吸だ。クールにいこう。ふう。


「レイチェ、知ってるか? 原始の魔術ってのは、動物の足をぶん殴って動きを鈍らせたのを呪いに見立てた、至って素朴なものだった」

「初めて知りました。えっと、この状況と何か関係があるのですか?」

「ふん、今から原始の魔術戦を見せてやろう」


 俺は獰猛に歯をむいて笑った。


「ぶ、ぶぶぶち殺してやる。素手喧嘩ステゴロだコラァ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る