第4話 召喚酔い

 俺が召喚された部屋は地下室だった。

 階段を上がると、木造の一軒家に居間に出る。


 どうやら今は夜遅くらしい。部屋の中は暗く、レイチェが照明魔術ライトをつける。


「私はこの家で一人で暮らしています。ミズエル様はここから徒歩で三日ほどかかる街に住んでいらっしゃいます。この転移陣を使えばすぐにお連れすることができるのですが……」


 説明の途中でレイチェはちらりとこちらを見た。何かを知っている表情だ。


「もしかして『勇者ナインの冒険』に、勇者ナインの九つの誓約のことも書いてあんのか? 俺は転移陣を使うことができない。なぜなら勇者ナインは」

「”勇者ナインは自身に転移魔術を使ってはならない”! 初出は『勇者ナインの冒険 小説版3』の42ページ目ですね! もちろん存じてます!」


 レイチェは得意気に胸を張った。たわわに実った双丘が揺れる。

 ……でかいな。俺は鼻の下を伸ばしながらレイチェの胸元を注視していたが、いかん、と首を振った。女に見惚れて重要な話を聞き逃した時はいつも魔術師ミサキが怒ってくれたが、ここにはいないのだ。再会するまでは俺一人で情報を集めなくてはならない。


 九つの誓約は最強の勇者たる俺の唯一の弱点だ。まあ九つあるんだが。


「まさか小説に九つの誓約が全て書いてあるんじゃねえだろうな」

「いえ、残念ながら『勇者ナインの冒険』には三つしか書かれていませんでした。あとは”勇者ナインは人間に攻撃魔術を使ってはならない”と”勇者ナインは自害してはならない”ですね。一説によると、九つ全てを知った人間は死んでしまうとか」

「怪談か何か?」


 俺は九つ全て知ってるんだが?

 それにしても、弟分のワパが調子に乗って『勇者ナインの冒険』に九つの誓約を全部書いてしまった可能性を危惧したが、そこまで間抜けでは無かったか。レイチェがあげた三つの誓約は特に隠していなかったので多くの奴らが知っていたし、バレても大して問題にならない範疇だ。ワパ、疑ってすまん。


「転移陣を使えないとなると、モンスターに乗って移動するのが早そうですね。私は召喚術師なので移動用のモンスターを召喚できます。勇者様も召喚術は得意だと聞いていますが、どうなされますか?」

「あーそれなんだが。かなり調子が悪い。魔力が枯渇気味だし、高位魔術も行使できそうにねえ」

「本当ですか? おかしいですね……」


 召喚直後から感じていた身体の調子の悪さを正直に伝えると、レイチェは顎に手を当てて考え込んだ。

 未熟な魔術構築で喚び出した上級モンスターが本来の力を発揮できなかったというのはありがちなミスだが、俺の見立てでは、あの部屋の召喚術式の完成度はかなり高かった。レイチェにしてもミズエルが見出した召喚術師だ、致命的なミスを犯すとは考えづらい。


 だが、現に勇者ナインは弱体化して復活している。身体を複数に分割されて一部だけ生き返ったような違和感。


「召喚酔いでしょうか?」

「召喚直後で肉体が世界に馴染んでないって? 可能性はあるかもな。しばらくは様子を見てみるか」


 それにしても美少女は思考にふけっている姿も様になるな。

 さらさらとした長い青髪に、静かな大海を思わせる静謐な青い瞳、しっとりとした白い肌。どこか物憂げな表情をみせる美貌は、黙っていれば物静かな貴族の令嬢といったところだが、残念ながら口がついている。


「おかしいといえば勇者様の顔もおかしいですね」

「お前、見てくれが良いからって何言っても良いと思ってるんじゃねえだろうな!?」

「ああ、違うんです! 鏡を見てください!」


 美少女に直球で顔を駄目出しされていささか落ち込みながら、姿見鏡を覗き込む。

 そこには、俺が想定していたよりも遥かに若い、少年の姿が映っていた。


「……若いな」

「ですよね! 勇者ナインは十八歳で学園を卒業した後、魔王討伐の旅を八年続けます。なのに、今の勇者様は十五歳の私と同い年ぐらいに見えます」


 これも召喚の副作用だろうか?


「ミズエルに聞けば何か分かるかもしれないな。悪いが、モンスターに乗せてもらっても良いか?」

「もちろんです! ハア、ハア、ふひひ、勇者様、ふ、二人乗りしましょう、二人乗り」


 レイチェの美しい顔が崩れ、息が荒くなり、気味の悪い笑みを浮かべる。普段なら女の誘いを断ることなど無いが、気圧されてつい断ってしまった。


「……すまん、一人乗りで頼むわ」

「そ、そんな!」


 なにはともあれ、ミズエルに会うことができる。

 再会の予感に、俺は高揚していた。

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