第2話 勇者召喚
魔王に封印されてから、どれだけの日が過ぎたのか分からない。
魔王が言っていた無限の死を味わうがいい、というのは比喩でもなんでもなかった。
冥界の悪霊たちが俺の肉を喰らい、骨をしゃぶり、魂をかじる。激痛に耐えながらもようやく死んで楽になると、すぐに肉体が再生して生き返るのだ。
冥界を再現する魔法侵食。
死後の世界ゆえに、死ぬことができない。
しかし俺の精神はちっとも折れることはなかった。
何故なら、魔王は見逃している。
偉大なる勇者には、偉大なる仲間がいることを。
この手の魔術は召喚師ミズエルの得意分野だ。俺は無限の死と再生を繰り返しながら、助けをじっと待つことにした。
そうして、その日はやってきた。
「私の手を取ってください、勇者ナイン!」
俺は光から差し出されるその手を取り――。
◇◇◇
私ことレイチェが勇者ナインのことを知ったのは、幼い頃に母が読み聞かせてくれた絵本『勇者ナインの冒険』からだった。
私はすぐに『勇者ナインの冒険』に夢中になった。
正義の勇者ナインと、その仲間たちとの出会い。
振る舞いは粗野だが心優しい弟分の戦士ワパ。泣き虫だけど人を守るために勇気を出して戦う魔術師ミサキ。悪態をつきながらも人を見捨てることができない僧侶セドリック。いつもお説教ばかりするけど誰よりも仲間想いな召喚師ミズエル。
モンスターに怯える民を助け続ける勇者一行の旅。
女神の武器を手に入れるために突入する数々の危険なダンジョン。
国を脅かす魔竜ヴォルグスとの対決。
暗黒森林で出会う恐るべきモンスターたち。
そして、勇者と魔王の決戦。
魔王の卑怯な手を勇者は正々堂々と正面から打ち破り、相討ちになりながらも見事に成敗するのだ!
私は一言一句を違わずに記憶するまで、何度も何度も『勇者ナインの冒険』を読んだ。
『勇者ナインの冒険』を反芻している間は、どんなに辛いことがあっても忘れることができた。
住んでいた村がモンスターに襲われて、家族を失った時も。
意地悪な叔父に引き取られて、ろくに食事も与えられずにこき使われた時も。
私に魔術の才能があると分かって、奴隷商人に売り払われた時も。
夜眠る前に、『勇者ナインの冒険』を思い返していると、不思議と涙が止まった。
どんな苦難も乗り越える勇者の冒険譚が、私に力をくれたのだ。
ありきたりに少しだけ不幸な私の人生だったが、ひょんなことから幸運が舞い降りた。
召喚師ミズエル様に拾っていただいたのだ。
ミズエル様は私に召喚術の素質があることを見出し、弟子にしてくださった。
弟子になってから四年が過ぎた頃、ミズエル様はおっしゃった。
「レイチェ、君には才能があります。私の研究を引き継ぎ、勇者ナインを魔王の封印から解き放って欲しい」
天にも昇る心地だった。
勇者一行の一人に弟子にしてもらっただけでなく、勇者本人に会えるかもしれないなんて!
聞きたいこと、話したいことが沢山あった。
辛い試練が降りかかった時、勇者はどんな想いを抱いて乗り越えてきたのだろう。
私がどうしようもない不幸に遭遇した時、勇者ナインから勇気を貰ったことを、少しでも伝えることができるだろうか。
勇者ナインは素晴らしい人物だと聞いている。私の話にも微笑んで耳を傾けてくれるだろう。も、もしかしたら頭を撫でてくれるかもしれない。興奮してきた。
私は勇者召喚の魔術研究にのめり込んだ。
召喚対象をよく識り、執着するほど召喚術の質は上昇する。この世で私ほど、勇者ナインの召喚に心がとらわれている召喚術師はいないだろう。
そうして、その日はやってきた。
半年かけて入念に部屋中の床と壁に書き込んだ召喚陣。
処女の血液に、魔悔王の酒に、魔力が込もったロウソク。召喚陣の中央には暗黒森林のモンスターの頭部。
順番に素材を並べていくと、これって勇者というより悪魔を召喚する時の素材では、という疑惑が頭をもたげてくるが、ぶるぶると首を振って追い払う。勇者ナインをよく識るミズエル様の選定素材だ、間違いはないだろう。
準備が完了し、手順に誤りがないことを指差し確認してから、私は召喚陣に魔力を込めはじめた。
いよいよ、いよいよだ。高揚しながら詠唱を唱える。
「
召喚術は成功した。
暗黒の次元への穴が開き、男の右手が穴から這い出てきたのだ。私はその手を両手で掴むと、全力で引っ張り上げた。
そして。
邪悪な形相を浮かべた金髪の大男が、次元の穴から出てきて哄笑した。
「ガーハッハッハッハッ! 勇者ふっかーーーーーつ! この俺様を封印した魔王め、地の底まで追いかけて生まれてきたことを後悔させてくれるわ!」
流石は勇者様だ。
封印から解放されて真っ先に優先するのが、民のための魔王討伐とは。
『勇者ナインの冒険』の記述は本当だったのだ!
本物を目の前にして、私は全身の血液が沸騰したかのように身体が熱くなってくるのを感じた。
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