クズ勇者と狂信(ファン)ガール~最強の英雄は気ままなセカンドライフを満喫する~
台東クロウ
第1話 プロローグ
親愛なる姫様へ
いよいよ魔王討伐のために魔王城に乗り込む。
魔王討伐の旅に出てから八年ぐらいは経ったか?
長い道のりだったが、ようやく苦労が報われるってもんだ。
俺のパーティが王都に凱旋した時は、盛大に出迎えてやって欲しい。
戦士ワパ、魔術師ミサキ、僧侶セドリック、召喚師ミズエル。
偉大なる勇者ナインの、偉大なる
◇◇◇
魔王城近くの森の中。この地域一帯は常に暗雲が垂れ込めていて日が射さない。
「……書くことがねぇな」
なにせ八年もの間、旅の途中で姫に手紙を送っていたのだ。筆不精の俺にしてはよく続いたと思う。
願いも、想いも、意思も語り尽くした。だから、あとは魔王を討って死ぬだけだ。
さんざん悩んだあげく、最後は仲間のことを書くことにした。
仲間は交代で睡眠を取っている。周囲を見渡すと、ワパ、セドリック、ミズエルは横になって寝入っており、ミサキは
魔王を討伐したあとも、こいつらの人生は続く。俺の手紙が助けになることもあるだろう。
手紙の続きを書こうとしたら、魔術師のミサキが泣きそうな声で話しかけてきた。頭に被った黒いとんがり帽子も、心なしかひしゃげて落ち込んでいるように見える。
「ねえ、ナイン。本当にあなた一人で魔王を討ちに行くの?」
「ミサキ、その話は何度もしただろう。俺の魔法侵蝕は周囲に人がいたら使えない。おい、勘違いするなよ? お前たちが心配だから連れていかない訳じゃない。単純に勝率が高いから俺一人で行くだけだ」
「でも……」
そこでミサキは耐えかねたようにポロポロと涙をこぼした。旅の初めは幼かった少女も、今ではすっかり大人の女になったが、泣き虫なところだけは変わらなかったな。
「ナインが死んじゃう……」
「死ぬ? ハッ、この偉大なるナイン様が死ぬかよ。魔王を討伐したら報酬ががっぽり貰えるんだぜ。豪邸に住んで、高い酒を飲んで、美味い飯を食って、良い女を抱きてえ。他にもやりたいことは沢山あるんだ。死ぬわけにはいかねえな」
ミズエルが起きていたら、「余計な見栄を張るのは君の悪いクセですよ」と諭されていただろう。
ミサキの肩を抱き寄せながら、俺はおどけるように言った。
「もちろん、この戦いが終わったらミサキのことも口説くからな。覚悟しておけよ」
「もう、馬鹿な人」
ようやくミサキに笑顔が戻って安堵する。最後に見るのが泣き顔じゃあ後味が悪い。
「必ず帰ってきてね」
「もちろんだ」
◇◇◇
魔王城での魔王との戦闘は、七日七晩続いた。
戦闘の余波によって魔王城は崩れ落ち、周囲の森林は焼け果て、荒れ果てた大地となった頃、ようやく俺たちの戦いは決着した。
俺の最後の全力の剣撃が致命打となって、魔王が倒れ伏す。
「おのれ、勇者! この卑怯者め!」
魔王が憎々しげにこちらを睨んだ。
戦闘が始まる前の済ました美貌は見る影も無い。
片目は抉れ、角は折れ、全身が斬り刻まれ、片腕は切り飛ばされて再生する力も残っていない。いいザマだな。もっとも、こちらの損傷も似たようなものだが。
魔王の叫びを俺は鼻で笑う。
「ハッ、卑怯ってのはどれのことだ? 食事に毒を仕込んだことか? 部下を懐柔して裏切らせたこと? それとも寝てる間に奇襲を仕掛けたことかな?」
「その全てに決まっているだろうが!」
「バァァァァァカめぇ、戦争に卑怯もクソもあるか! 勝ちゃあいいのよ勝ちゃあ!」
人類最大の魔力量を持つ勇者の俺ですら、魔王の魔力量の百分の一程度しか無い。
馬鹿正直に正面から戦って人類が全滅しました、では笑い話にもならない。魔王討伐のために不意打ちするのは当たり前だった。
そして全ての仕掛けは功を奏し、こうして今、魔王は消えゆかんとしている。
俺は既に全ての魔力を使い果たし、立っているのがやっとの状態だった。魔王が力尽きるのを祈りつつ、こちらに戦う力が残っていないのを会話で誤魔化すことにする。
「自分よりも脆弱な生物に敗北するのはどんな気持ちだ? 遺言ぐらいは聞いておいてやろうか、銀白色の魔王」
「……貴様だけは絶対に許さんぞ!」
魔王の怨嗟の声と共に、周囲の魔力濃度が急激に濃くなり、肝を冷やす。
無数の魔術陣が展開され、魔王の意思に従い、魔の法を構築していく。
残りの全ての生命力を消費した、魔王最後の魔術が発動しようとしていた。
「こうなったら貴様も道連れにしてくれる!」
「おいおいおいやめろ、大人しく一人で死ね!」
今の俺の力では止めることはできない。否、魔族の王の魔法侵食を止めることのできる生物など、この世にいないだろう。
「魔法侵食、”
冥界への扉が開き、無数の骸骨が、俺を引きずり込まんと手を伸ばしてくる。
少しは抵抗しようかと考えたが、すぐにこれは無理だな、と諦めた。魔力を使い果たした今の俺では勇者の能力は使用できない。
「俺は死ぬのか。ま、そりゃそうか」
魔王と戦って相打ちに持ち込めたなら上等だろう。
最後に勇者らしい捨て台詞でも残しておくか。魔王を指差して啖呵を切る。
「てめえツラ覚えたからな。第二、第三の
「貴様、本当に勇者か?」
瞬間、俺は
最後の時に想ったのは、自分でも笑ってしまうようなささやかな祈りだった。
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