第42話

 フィル達がクァールを倒しから十日程の時間が過ぎ、久しぶりにフィルとレオは迷宮探索局に足を運んでいた。

 それというのもクァールを討伐した際の状況説明にベネット達のお見舞い、ゴンソ達の葬儀への出席と用事があったり、それに加えてレオも骨折しておりポーションで治ったものの数日様子を見る必要があったというのもある。

 それなら折角なので纏まった休みを取ることにしたのだ。

 この一年近くもの間、フィルは探索学校の修練に鍛冶や錬金、迷宮探索など一日も休まずに走り続けてきた。

 いくら若いとはいえ、ずっと休みなく動いていたら蓄積した疲労も溜まる。

 なので、マーサにもお願いしてしばらく休養を取ることにしたのだった。

 ゆっくり休んでリフレッシュできたフィルは気力が漲っている。

 そうしてやってきた探索局では、獣の楽園第三階層への立ち入りが禁止されており、相談の結果フィル達は第二階層に潜ろうかと列に並んでいた。

 すると、探索局の職員らしき男性に声を掛けられる。


 「君たちがレオ君とフィル君だね。ちょっといいかな?」


 「何の用だ?」


 レオはめんどくさそうに答える。


 「悪いんだけどあっちの部屋で話を聞いてくれないかな? 受付の方は済ませておくからさ」


 レオは最初嫌そうな顔をしていたが、受付を済ませてくれると聞いて付いていくことにした。

 フィルは最初から断る気もなかったようで素直に職員に付いて行っている。

 二人が案内されたのは探索局内にあるいくつの会議室の内の一つだ。

 会議室は探索局の職員が探索者からの相談に乗ったり、パーティー内での会議やレイドパーティーと呼ばれる複数の探索者パーティーが共同で探索に当たる際に報酬の取り決めを行ったりする際に使われる施設で、申請さえすれば探索者ならだれでも利用できるものである。

 フィル達は、クァールの討伐後にここに連れられて報告等を行っているので、来るのは二回目である。


 「座って話をしよう」


 職員に促されて二人は椅子に腰を下ろす。


 「最初に確認なんだけれど、君達は二人でパーティーを組んでいるよね? 二人なのには何か意味があるのかな。どうしても二人じゃなければいけない理由とか」


 あまり聞かれたくない話題にフィルは一瞬唇を噛むがすぐに職員に向き合って答える。


 「いえ、そういうのはありません。ただ組んでくれる人がいなかっただけですから」


 この職員は、今回のクァール討伐において最も討伐に貢献したのが目の前の二人であることを聞いている。

 そんな有望な探索者と組みたいと思う探索者がいなかったというのはにわかに信じ難いものではあったが、今は関係がない話なので疑問は隅に追いやり本題に入ることにした。


 「それではパーティーにメンバーを追加することに何も問題はないと?」


 「そうですね。組んでくれる人がいればですが」


 フィルの脳裏に養成学校時代の苦い記憶がよぎる。あの頃とは武器も変えて弓使いとして成長した実感はフィルにもある。

 しかし、だからといってフィルと組んでくれるような人がいるのかというと、あの人族の同期生達の侮蔑の視線が思い出されどうしても不安な気持ちにさせられるのだ。


 「実はヨーク君なんだけどね」


 「ヨーク君ですか?」


 フィルにとって一番嫌な視線を向けられた相手はヨーク達だ。

 そんなヨークが自分と組みたいと思うのだろうかとフィルは不思議に思う。 


 「ああ、あれから随分塞ぎ込んでしまっていてね。他のパーティーメンバーがみんな死んでしまったし気持ちは分かるんだけど、あれだけの才能だろう? このまま潰れてしまってはこの探索局としても都市としても大きな損失だ。だから君達のパーティーに加えてやってくれないだろうか。説得には我々も協力するから考えてみてはくれないか?」


 「ちょっと待ってくれ」


 そこで口を挟んだのは今までずっと黙って話を聞いていたレオだった。


 「あんたは知らないかもしれないが、こいつは、フィルは養成学校の頃にヨーク達に馬鹿にされてきた。そんなヨークがうちに入るなんて言うと思うか?」


 職員は初めて聞く話に目を見開いて驚く。

 だが、彼も大人しく引くことは出来ない。

 優秀な探索者同士に組んでもらって探索局に貢献してもらうのは、この都市にとっても計り知れない利益となる。

 二人だけでは中級で頭打ちとなるだろうし、ヨークもこのままでは探索者引退ということにもなるだろう。

 それを同時救済することができるこの案はこの職員にとって、いや、探索局の総意としてどうしても成功させたいものだった。


 「そこは我々がなんとかしよう」


 職員としてはこう言うしかない。

 ヨークの説得は骨が折れそうなものとなってしまったが、彼らの将来性を考えればそのぐらい苦労したとしてもお釣りがくると職員は思っている。

 すると、レオが更に口を開いた。


 「それならこちらにも条件がある。一つはフィルへの謝罪…」


 「レオ!」


 フィルはびっくりして口を挟んだ。

 フィルからすればそんなものは望んでいないのだ。

 上辺だけの謝罪を受けてもフィルは全く嬉しくない。


 「いや、それは当然のことだろう。きちんと反省し、心からの謝罪を促すよう我々も努力しよう。あとはなんだい? まだあるのだろう?」


 職員は当然のこととしてこれを受け入れた。

 その様子にフィルは開きかけていた口を閉ざしてしまう。


 「もう一つは役割の変更だ」


 「役割の変更?」


 「ああ、あいつは遠近両用のアタッカーとしてやっているようだが、オレから言わせれば中途半端だ」


 ヨークは剣と盾を用いた良く言えば騎士風の剣術と魔法を扱う魔法剣士だ。

 万能アタッカーと言えば聞こえはいいが、レオからすればどっちも中途半端で自分の隣に並び立つアタッカーとして機能するとは思えなかった。


 「折角盾を使ってるんだ、肉壁として使ってやるさ」


 レオはにやりと獰猛な笑みを浮かべる。


 「肉壁? 盾役にするっていうのかい?」


 「ああ、魔法も使えるんだ、後衛の魔物のけん制もできるだろうさ」


 「なるほどね」


 ベネットのような純粋な盾職は、近距離の魔物は引き付けられてもゴブリンアーチャーやゴブリンメイジのような後衛の魔物の気を引くことは難しい。

 だが、ヨークのように魔法を使えるのなら話は別だ。

 魔法で攻撃したりけん制することで後衛の魔物の気を引くことも出来るだろう。


 「わかった。条件はその二つでいいのかい? フィル君もそれでいいかな」


 「あ、はい」


 フィルはあまりにもスムーズに進んでいく話に付いていくことが出来ずに頷くことしか出来なかった。

 すると、会議室のドアを叩く音が聞こえてきた。


 「入ってくれ」


 職員が入室の許可を出すと、扉が開かれ探索局の受付嬢が入ってきた。


 「失礼します。お二人の受付が完了しました」


 「わかった。それじゃ二人とも数日時間を貰えるかな? ヨーク君の説得が終わったらまた連絡するから」


 「分かりました」


 フィル達は受付嬢から獣の楽園の木札を受け取り会議室から退室する。


 「なんか凄いことになったね」


 「そうか? まあ駄目でも構わないしそうなったら別のメンバーを探せばいいだろ。初級や中級になれば同期じゃなくてもメンバーは集められるだろ」


 「そうだね」


 フィル達は魔法陣への階段を降りていく。

 初級探索者に成るまであと二十日ほど。

 それまでに少しでも実力を上げようと二人は迷宮へと潜って行った。

 

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