第40話

 新しい餌が手に入るはずが、突如として生命の危機に瀕している状況にクァールは困惑と共に目の前の脅威に対して怒りを感じていた。

 食事の時間を邪魔されただけでも腹立たしいというのにこれだけを傷を負わされたのだ。クァールの怒りは推して知るべしだろう。

 

 「そんな目で睨んでもお前はもう積んでるんだよ」


 そう言ってレオは、クァールの様子など気にもせずに再び死角に入り込むように動く。

 クァールも必死に頭を動かしてレオを探そうとするが、それよりもレオが懐に入り込む方が早かった。

 またもや響き渡る悲痛の声。

 レオが左側頭部にある触手を切断したのだ。

 痛みに藻掻くクァールを隙を逃さず、獣人族最速の種族である黒狼族の少女は最速の動きからの跳躍で小刀を一閃。

 クァールの右側頭部にある最後の触手を斬り落とす。

 獣人の二人相手にクァールは何もできず一方的な戦いとなっていた。

 レオからすればこれは当然の結果だ。

 クァールはフィルに左目を射貫かれた時点で積んでいるのだ。

 目障りな四本の触手を無くした今、クァールはレオにとってただの大きな獣型の魔物でしかない。

 あとはこのまま死角に入り込みながら削っていくだけで終わるとレオが仕上げの手順を組み立てていると、地の底から響くような重低音が響き渡った。

 その音の発生源はクァール。

 レオが様子を窺うと、クァールは赤黒いオーラに包まれている。


 「ちっ、発狂したか」


 強大な力を持つ魔物が追い込まれた際に稀に起こす現象である。

 生命の危機に晒されて魔物の原始的な防衛本能が働き、普段以上の力を発揮する発狂という現象は、探索者の間ではよく知られていて恐れられているものだ。

 魔物ごとにトリガーは違うが、クァールにとっては全部の触手が落とされるのがきっかけになったのだろう。

 楽に終わると思っていたのが面倒なことになったとレオは舌打ちする。

 マロンも警戒してか、クァールから距離を取っていた。

 咆哮を終えたクァールがレオに目の焦点を当て地を蹴る。


 「速い!」


 これまでとは比べ物にならない速度で詰め寄ってきたクァールにレオは驚きの声を上げ、刀を盾にしてその爪の一撃を防ごうと試みた。

 鈍い音を立てて吹き飛ばされたレオは地面を転がってから立ち上がる。

 衝突と同時に後ろに飛んでいたレオは衝撃を逃すことに成功していた。

 しかし、無傷というわけにはいかなかった。

 クァールの爪の攻撃を受け止めた刀の峰の部分が胴体に当たった衝撃で肋骨が折れていた。

 青鋼製のチェインメイルを挟んでもそれだけの衝撃を与えてきたクァールの膂力に驚くしかない。


 「まだいける?」


 「誰に言ってんだ。当たり前だろうが」


 傍に寄ってきたマロンに問いかけにレオは戦闘種族の血が騒いだかのように獰猛な笑みを浮かべた。

 

 「速いっちゃ速いが対応できないほどでもねえ。怖かったらお前は逃げてもいいぞ」


 「冗談」


 軽口を叩いてから二人は駆け出した。

 クァールはその牙を剝き出しにしながら二人を迎撃する。

 レオはその戦闘センスと刀捌きで、マロンはその長所であるスピードでクァールの猛攻を凌ぎながら反撃していく。

 レオの目がクァールの速さに慣れた頃には、レオとマロン、クァールとも血だらけとなっていた。

 特にレオは左腕を骨折していて右手一本で刀を握り、左腕は力なくだらりと下げていた。


 「ちっ、あんまり手間かけさせんなよ」


 「ごめん」


 レオが何度かマロンをクァールの攻撃から庇った結果だ。

 斥候職であるマロンは、軽装で革の鎧しか身に着けていない。

 そんなマロンが今のクァールの攻撃をまともに食らったら即死するだろう。

 自分の目の前で人を死なせるなどレオの武人としての誇りが許さない。

 それが例えいつもいがみ合っているマロンといえど変わることはなかった。

 

 「奴も相当疲弊している。もうひと踏ん張りだ」


 「わかった」


 クァールも当然二人の攻撃によって刀傷まみれになっており右前足などは千切れかかっている。

 左腕が動かせないレオも万全とは言えない。

 状況は五分といったところだろう。

 ポーションを飲めればいいのだろうがクァールがそんな時間を与えてくれないことをレオは理解していた。

 右手一本で刀を振ることになるので威力が相応に落ちてしまうが、それでもクァールを倒す分には問題ないだろう。

 決着を付けようとレオが一歩踏み出した時、視界の隅に金色の光が映った。


 「なんだ?」


 レオが訝し気にそちらを見る。

 マロンもそれに気付いたのか同じ方向を向いていた。

 クァールはその光に気付かず二人の動きに警戒している。

 この長いクァールとの戦いに決着の時が訪れようとしていた。

 


 




 

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