第39話
フィル達がその場に辿り着き、フィルの目に飛び込んできたものはクァールに滅多打ちにあっているベネットの姿だった。
瞬間的に燃え上がった激情に流されることなく、フィルは自分とレオに支援魔法を掛ける。
もうすっかり身に染み付いた戦闘前のルーティーンをフィルが忘れるはずがない。
「へっ、サンキュー」
レオはフィルを頼もしく思って笑った。
それからすぐさま身体強化を行ったレオは、紫のオーラを纏ってクァールに気付かれぬよう弧を描くように大回りしてクァールの背面を目指して駆け出す。
フィルが弓に矢を番え構えた時には、クァールは今まさに右前腕を大きく振りかぶろうとする直前だった。
フィルは、エルフィンボウを付与魔法の筋力強化で増強された筋肉を全力で使って限界まで引き絞り、エンチャントで雷属性を付与した青鋼製の矢を放つ。
凄まじい勢いで放たれた矢はクァールの左目に突き刺さった。
「ギニュアアアアアア!!!」
クァールはあまりの痛みに絶叫を上げる。
「間に合った…」
フィルはほっと息をついてエリスとマロンがいる方へ駆け出した。
クァールは、誰がやったと言わんばかりに凶悪な面相を浮かべて下手人を探そうとするが、顔が痺れて動かせない。
やっとのことで体が自由になったクァールがフィルを視界に入れた時、更なる痛みがクァールを襲う。
「後ろだ、バーカ」
クァールの背面に回っていたレオが尻尾を切断したのだ。
再びクァールは絶叫を上げる。
形勢は完全に逆転していた。
「助かったの?」
マロンは一連の流れをただ茫然として見ていた。
ベネットが殺されるのをただ見ているだけしかできないと思っていたマロンは、ベネットが死ななかったばかりかクァールが絶叫を上げているというあまりの事態に頭が追いつかない。
エリスは歌っているときには他に何もできない。
そんな無防備なエリスを一人にしておく訳にもいかず、かといって戦闘に参加しても何の役にも立たないことが分かっていたマロンは、じっと戦況を見ているしかなかった自分が不甲斐なくてしょうがなかった。
そこに現れた二つの希望。
片方は気に入らない奴なので感謝の気持ちを伝えたくはないが、その実力は認めざるを得ないのでクァールの尻尾を切断しても驚かないしよくぞ来てくれたとも思う。
だが、もう一方はなんだ?
フィルという名の人族の少年は、エリスにやっと勝てるぐらいの実力しかないぱっとしない男の子で弓も使っていなかったはずだ。
そんなフィルがクァールの目を矢で貫き深手を負わせている。
この数か月で何があったのだろうかと、マロンはこちらへやってくるフィルを不思議なものを見るような目で見つめた。
レオとクァールが対峙している間にフィルはエリス達の元に辿り着く。
「エリスさんはレオがあいつを引き付けている間にベネットさん達の治療を」
「わかったわ」
歌うのを止めていたエリスはフィルの提案に頷いて同意した。
「エリスさんの護衛は僕がやるのでマロンさんはレオの援護をお願いします」
「…ない」
「えっ?」
「わたしの武器ではクァールに傷を与えられない! …わたしは役立たず」
聞き取れないほど小声で呟いた自分に聞き返してきたフィルに対して、マロンは感情を爆発させた後、少し落ち着いたのか顔を俯かせる。
そんなマロンの様子に、フィルはマロンの武器をちらりと見ると、自分の腰に佩いた小刀を鞘ごと外してマロンに差し出す。
「僕の作った青鋼製の小刀です。同じ材質のレオの刀でもクァールを斬れていますし使って下さい。マロンさんなら使いこなせるでしょう?」
なんでそんなものを持っているのかとマロンは目を見開いて驚くが、そういえばフィルは鍛冶師だったなと思い出して納得する。
いつもレオと口喧嘩しているのでフィルとベネット達の会話を聞いていないからフィルのことはほとんど知らないのだが、卒業式のときの会話だけは聞いていたので思い出せたのだ。
「これなら役に立てる…」
マロンはおずおずと手を伸ばしてフィルから小刀を受け取る。
「ありがと」
マロンの感謝の言葉に強く頷いたフィルは、マロンに支援魔法を掛けてからエリスを伴ってベネット達の治療を市に向かう。
マロンは鞘から小刀を引き抜き、その刀身を見つめた。
「きれい…」
これであのクァールと戦うことが出来るとマロンは気迫の籠った目つきで小刀片手に走り出した。
クァールの相手をしているレオは、左目が潰れたことによる死角を上手く利用して立ち回っている。
今のクァールはレオの相手に集中していてマロン達の存在に気を配っていないようで身体強化を施して紫のオーラを纏って目立つマロンの接近に気付いていないようだ。
二重の強化を施していてもクァールの太い首や足を落とすことは出来ないだろうと判断したマロンは、クァールを異形たらしめる四本の触手から攻めることに決めた。
クァールの背後に忍び寄ってから素早く跳躍したマロンは、右肩の触手を斬り落とす。
三度訪れた激痛にクァールは身を捩らせた。
そんな隙をレオが見逃すはずがない。
すかさず死角に入り込むとクァールの左肩の触手を切断した。
クァールは堪らず一旦距離を取るように後ろに飛ぶと怒りで真っ赤に充血した目でレオとマロンを睨み付ける。
「へっ、足を引っ張るなよ犬っころ」
「そっちこそ」
いつもの憎まれ口を叩きながらも、マロンが猫扱いをしてこないことにレオは訝しげな視線を向けるが、すぐに気を取り直す。
そして、二人の獣人は真剣な表情でクァールと相対した。
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