第36話

 マッドカウを倒し、四人でクァールと対峙できるようになったヨークのパーティー。

 しかし、ヨークは四人揃っても勝てないと理解していた。

 せめて武器の質がもっといいものを持っていれば、対抗する術もあっただろう。

 だが、実際は四人とも鋼鉄製の武器しか持っていなかった。


 「うおおおおお」


 ゴンソが気迫の籠った咆哮を上げながらクァールへと駆けていく。

 全員がクァールからは逃げられないことを悟っていた。

 だからといってこのまま戦っていたら全員死んでしまうだろう。

 そこでヨークが出した判断は応援を呼ぶことだった。


 「サブ! 近くの探索者に援軍を頼んできてくれ」


 「わ、わかりやした」


 斥候職であるサブは、この中で一番素早い。

 少しでも早く応援が欲しかったヨークは、一番身軽で戦力にならないサブに呼びに行かせた。

 一方、サブは内心ほっとしていた。

 援軍を呼ぶという名目で堂々とあの恐ろしいクァールから逃れることが出来るのだ。

 ゴンソが抑えているはずのクァールを一顧だにせずサブは脱兎のごとく駆けだした。

 サブの終ぞ治ることのなかった軽率さ。

 もっと注意深く行動していたら結果は違ったものなったかもしれない。


 「サブ、後ろだ!」


 ゴンソの叫びが空しく響く。

 クァールは知能が高い。ともすれば人以上だとする説もある。

 そんな強かな狩人が背中を見せている獲物を逃すはずがないのだ。

 サブがゴンソの声で振り向いた時にはもうクァールの爪が目前にまで迫っていた。

 サブが逃走を図るのを横目に見たクァールは、ゴンソを吹き飛ばしてサブの背後に迫っていたのだ。

 肉の潰れる不快な音がすると、サブだったものが地面に崩れ落ちる。


 「サブ!」


 ヨークの声に応える声はない。

 余りにも呆気なくサブが死んでしまったことに呆然と立ち竦むヨーク達。

 これで援軍も見込めなくなってしまった。

 残る三人でクァールに勝つのは絶望的と言わざるを得ない。

 ヨークの全力でも傷を付けられなかった相手だ。

 いや、厳密に言うとダメージは与えているかもしれない。

 しかし、そんな僅かなダメージをどれだけ重ねればクァールを倒せるのか。

 それよりもクァールに全員やられるようが現実的だろう。

 それでも、ヨークはクァールに立ち向かった。

 生き残るために。






 ベネット達が階層の奥の方へ様子を見に歩みを進めてしばらく。

 既に何組かの探索者達を見かけていた。

 魔物と戦っている者、休憩している者と様々だが、今のところ変わった様子はない。


 「随分奥まで来たがまだなのか?」


 「もっと奥だと思う」


 ベネットの質問に、マロンは耳を澄ませながら答える。

 見通しの悪い霧の中を警戒しながら歩き続けるのは、いくら慣れているところとはいえ精神的に疲労が溜まる。

 ベネットが嫌気を差すのは仕方がないことだ。

 そうこうしていると、マロンの獣耳がまたぴくりと動いた。


 「また聞こえた。それに嫌な感じがする」


 「うむ、妾も嫌な気配を感じるのじゃ」


 マロンがまた叫び声を聞いたようだ。

 そして、人族よりも感覚の鋭いシズカも何かを感じ取ったようだ。


 「もし、そこな探索者よ」


 シズカが近くで休憩していた探索者に声をかける。

 人族だけの探索者パーティーだ。

 マロンの聞いたような叫び声には気付いていないだろう。

 そしてシズカは、危険な存在が近くにいそうなので、探索局の詰め所へと報告に行くよう依頼する。

 依頼された探索者達は、誰だかは知らないが妖狐族の探索者が言うのだからそうなのだろうと足早に階層を登る階段の方へと去って行った。

 妖狐族の言うやばそうな奴との戦闘に巻き込まれては堪らないからだ。

 

 「少し急いだほうが良さそうだな」


 「そうね、行きましょう」


 彼女達もマロンが示す方へ足を速めて移動する。

 その正義感を胸に秘めて。






 ヨークは満身創痍ながらもクァールの攻撃を凌ぎ続ける。

 もうゴンソもドーソンも死んでしまった。

 残るのはヨーク唯一人。

 ヨークは涙を流しながらクァールを睨み付ける。

 幼い頃から一緒だったゴンソとサブが死んでしまった。

 二人の素行の悪さにはほとほと手を焼かされたが、彼らはヨークにとって親友だったのだ。

 そして、共に特級探索者になろうと誓い合った仲間でもあった。 

 探索者養成学校で仲間になったカルロス、ニッキ、ドーソン。

 彼らは才能ある者達だった。

 この仲間たちとなら特級探索者に成れるとヨークが思い描いた夢は無残に散ってしまった。

 ヨークは歯を食いしばって仲間の無念を晴らそうとクァールに挑み続ける。

 しかし、ヨークの体力も底を尽き、クァールに吹き飛ばされてしまう。

 ヨークは地面に叩きつけられて数度転がった後仰向けに倒れた。

 ヨークを覆っていた支援魔法の青いオーラも消え失せて、もう起き上がることも出来ない有様だった。

 クァールはヨークがもう動けないことを確認すると、肩にある触手を伸ばしてゴンソとドーソンの死体に突き刺す。

 クァールは新鮮な死体を好む。

 最初に殺してしばらく時間が経ったカルロスとニッキの死体にはもう興味を示さなかった。

 ヨークは嗚咽を漏らしながらその様を見ていた。

 仲間を殺された怒りと悲しみか、敵を取れなかった悔しさか、自分がこれから死ぬことへの恐怖か、いやその全てだろうか。

 ヨークはただひたすらに涙を流し続ける。

 この地獄からの解放を願って。

 

 

 

 

 

 

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