第35話

 ヨーク達が絶望的な状況に晒されている頃、獣の楽園第三階層にはフィルとレオの二人組とベネット達のパーティーも魔物を狩りにやってきていた。

 そして、ベネット達はマッドカウとの戦闘中であった。


 「シズカ! 頼んだぞ」


 「承った! 狐火」


 マッドカウを盾を押し込んで抑えていたベネットは、更に力を加えた反動を利用して後方へと飛び距離を取りつつ叫ぶ。

 それに応えたシズカは、妖術の狐火をマッドカウに向かって放つ。

 その小指の先ほどの赤い炎は真っすぐに進んで来ようとするマッドカウに向かい合うように飛んでいきその額を貫いて内部で爆発するように燃え上がる。


 「ビギナーでは相手にならんな。早く初級に上がりたいものだ」


 「そうじゃの。妾も飽きてしもうた」


 シズカの火力はビギナー探索者を遥かに超越している。

 獣の楽園の探索にも慣れ、パーティーの連携も深めたベネット達にとってここはもう退屈な場所でしかなくなっていた。

 魔物の解体は主にエリスとマロンが行っている。

 単純にエリスとマロンが料理が得意で魚などを捌くのが上手いからという理由ではあるのだが、他の二人にやらせると素材をぼろぼろにしてしまうので適材適所というものだろう。

 そんなマロンの獣耳がぴくりと動く。


 「マロン、どうかしたの?」


 その動きを見逃さなかったエリスがマロンに尋ねる。


 「ん、人の叫び声が聞こえた」

 

 マロンは階層の奥の方へ目を向ける。


 「そう、どうする?」


 エリスは同じくマロンの言葉を聞いていただろうベネット達に意見を求める。


 「助けに行って間に合うとも思えないが。しかし、こんなところで一体何が」


 「大方スロータークロコダイルにでも遭遇してしまったのじゃろう」


 「他の魔物と交戦中に後ろから襲われたらあり得るか」


 この時期に第三階層で切羽詰まるような事態になるなど新人探索者とはいえそうそうあり得ることではない。

 スロータークロコダイルは脅威となり得るが、そこそこの経験を積んだ新人探索者が倒せないような相手ではないのだ。


 「様子だけ見に行こうか。もしかしたら治せる状態かもしれないし」


 「そうだな、行ってみるか」


 ベネット達は叫び声があった方へと様子を見に行くことにした。

 死地に赴くことになるなどとは露ほども知らず。





 ヨークは迷っていた。

 逃げるか、戦うか。

 ヨーク達が戦っていたマッドカウは既に倒している。

 なぜかこちらを警戒しながらも動かないクァールのおかげでマッドカウを一体倒すことが出来たのだ。

 残りはゴンソが抑えているマッドカウとクァールの二匹。

 ヒーラーのカルロスと遠距離アタッカーのニッキは死んでしまった。

 現在、ヨークパーティーの残りの戦力は万能アタッカーのヨークと盾役のゴンソ、斥候のサブ、そして近距離アタッカーのドーソン。

 ゴンソはマッドカウを抑えているので動けない。

 逃げる場合はゴンソを見殺しにしないといけないだろう。

 

 (戦うしかないのか)


 クァールが相手とはいえ、ビギナーダンジョンで仲間を見捨てるような者に人は付いてこない。特級探索者になるなど言っても鼻で笑われるだけとなるだろう。

 そんなことはヨークには絶対に認められないのだ。


 「戦うぞ! お前たちはマッドカウを先に倒せ」


 ヨークはクァールとの戦闘を選択する。

 なぜかクァールは動かない。

 ヨークが慎重にクァールの様子を窺っていると、クァールの肩から飛び出る触手のようなものがカルロスとニッキの頭があった切断面へと伸びていた。


 「す、吸っているのか、血を」


 よく見ると、カルロスとニッキの死体は段々と萎んでいっているように見える。

 食料なのだ、人は、クァールにとって。

 自分達も魔物を倒してその肉を糧としている。

 立場が逆になっただけ。

 弱肉強食。

 そんなことはヨークにも分かっている。

 これが人のエゴにしか過ぎないということも。

 そうだとしても。


 「やめろおおおお! ファイアランス!!」


 死して尚、尊厳を踏み躙られているかのように貪られる二人の姿を見たヨークは怒りを抑えられずに飛び出した。

 クァールは、二つの死体から触手を一旦外して、その巨体からは想像できないような軽い身のこなしで飛んできた魔法を躱した。

 そして、剣を振り上げて突っ込んでくるヨークの剣を右の前足で防ぐ態勢に入った。

 ガキンと硬質な音を上げてヨークの剣は弾かれる。

 クァールに外傷を負った痕跡はない。

 ヨークの剣は鋼鉄製の剣。なまくらではないが、中級の迷宮主であるクァールに傷を与えるには鋭さが足りていなかった。

 それでもヨークは構わずにクァールに剣を振り続ける。

 仲間のために格上にも怯まずに挑み続ける。

 この姿を見ればドーソンも、そして死んだカルロスやニッキもヨークに付いていこうと思い直したことだろう。

 確かにヨークは他者を見下すきらいがあり、レオに負けてからは荒んでしまっていた。

 それでも、英雄の子孫として恥じないよう特級探索者を目指して真面目に鍛錬を続けていたし、仲間のことを大切に思ってもいたのだ。

 そんな思いの籠ったヨークの剣をクァールは詰まらなそうに弾き続ける。

 やがて、ヨークが息を切らし始めたその時。


 「待たせた、ヨーク君!」


 ゴンソ達がマッドカウを倒してヨークに合流する。

 ヨークパーティーとクァールとの戦いが始まった。

 

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