第37話

 フィル達は、第三階層に初めて足を踏み入れて、慣れない霧の中での戦闘を繰り返していた。


 「少し休憩しよう」


 ようやく感じを掴んできたフィルがレオに休憩を提案する。

 

 「ああ、霧の中も慣れてきたようだしな」


 レオも休憩には賛成のようで、どっかりと腰を下ろした。

 フィルの第三階層への適応を最優先でここまできたが、レオも自身の適応については抜かりがない。

 元々、レオは視覚だけに頼った立ち回りをしていないので、それほど苦労もしていないのだが。

 周囲への警戒に少しの意識を残しながらしばらくぼんやりとしていると、急いだような様子で上層の方へと向かっている探索者の一行がレオの警戒網に入ってきたのを感じた。

 その探索者の一行が、レオの傍を通り過ぎようとしたところでレオが立ち上がる。


 「おい、どうしたんだ?」


 不思議の思ったレオが探索者の一人に声をかける。

 その探索者は、息を切らしながらも、レオへと顔を向けて律儀に答えた。


 「奥の方でやばいやつが現れたらしい」


 「どういうことだ?」


 その探索者が言うにはこうだ。

 第三階層の奥の方で休憩をしていたら女性四人のパーティーが現れた。

 その中の妖狐族の少女が更に奥の方に危険な存在の気配を感じるので探索局の詰め所に報告に行ってほしいと頼んできたそうだ。

 それで自分達は急いでここまで戻ってきたということらしい。


 「そのパーティーってベネットさん達じゃ」


 「だろうな」


 どうやら危険な魔物が現れて、ベネット達がそこに向かったらしい。

 第三階層で脅威となる魔物はいないのだからイレギュラーエンカウントだろうか。

 フィルはそこまで考えて、自分たちがどうするかを決断する。


 「レオ、僕たちも行こう」


 「いいぜ。おもしれーことになってそうだしな」


 フィルはレオほど楽観的ではないが、ベネット達が危険な状況になることを心配して行動に移した。

 彼女達が強いことは知っているが、どんな魔物でも倒せるわけではない。

 自分はともかく、レオが行けば強力な助っ人になると確信しているからだ。

 フィル達は迷宮の奥へと急いで進んでいく。

 少女たちの無事を祈りながら。






 ベネット達がクァールを発見したとき、立ち上がっている者は誰もいなかった。

 首のない者が二名、血を流して倒れている者が四名。

 クァールは血を流し倒れている二名の傍で佇んでいる。


 「クァールか」


 「最悪なイレギュラーエンカウントじゃな」


 ベネット達は相手が迷宮主のクァールであることを知って顔を顰める。


 「泣いている…? 一人生きている者がいるぞ!」


 ベネットはヨークの泣き声を聞いて傍へ駆け寄る。

 残る三人もそれに続いた。

 クァールはそれを横目に見ながら動かずにいる。


 「ヨークじゃない。すぐに治療するわ」


 エリスは生存者がヨークだと気付き、すぐさま回復魔法の準備に入る。

 ヨークがここで倒れている。つまり、他の倒れている者達はそういうことなのだろう。

 ヨーク以外の者達は、首がない者はもちろんその他の者も生きているようには見えなかった。

 ゴンソやサブが死んだ。

 ベネットは、確かに彼らに対して良い感情は持っていなかったが、死んでほしいとまでは思っていない。

 曲がりなりにも一緒に探索者養成学校で学んだ仲間たちだ。悲しいと思う。

 しかし、今するべきことはクァールの討伐だ。

 ベネットは気を取り直して指示を出す。


 「マロンはここでエリスを守りながら周囲を警戒してくれ。シズカは私と一緒にクァールの対処だ」


 「了解」


 「了解じゃ」


 ベネットの指揮に従ってそれぞれが素早く行動を起こす。

 ヨーク達のパーティーとは練度に雲泥の差があった。

 彼らはヨークを中心にしながらも自分勝手に行動する傾向があり、やさぐれてしまったヨークには彼らを統制しようとする意識に欠けてしまっていた。

 その結果がこの無残な状況であり、ヨークは一生後悔することになるだろう。

 ベネットは、その手に持つ盾を打ち鳴らしてクァールの気を引く。

 クァールは、食事を楽しんでいるところを邪魔する喧しい人族の少女を不快気に見やった。


 「狐火」


 シズカは、ベネットがクァールの気を引いた隙に妖術を発動する。

 気付かれにくくするために小さく、速度を重視した炎がクァールを襲う。

 自身に傷を与えうる脅威を感じる何が迫っているのを、避けるには遅すぎるタイミングで気付いたクァールは、咄嗟に左前脚を上げて頭部を庇った。

 シズカの放った狐火がクァールに着弾する。

 その炎はクァールの左前脚の体毛を燃やして破裂した。


 「ギニャアアアアア!!!」


 クァールは、肉の一部が破裂して剥がれ落ちるような今まで感じたことのない痛みに悲鳴を上げる。

 狐火が破裂した際に肉が剝がれた個所も一瞬で燃えてしまったので出血はしていないようだ。

 ベネットは、クァールの左前脚を地面に着けずにだらりと下げているのを見て両前足を使えなくするチャンスと右前足に斬撃を加える。

 しかし、クァールはベネットの攻撃にはびくともせずに弾き返す。

 そして、クァールは自分に傷を負わせた相手をギラリと睨み付け反撃しようと後ろ足に力を込めた。

 クァールのヘイトがベネットからシズカに移ったのだ。

 ベネットはヘイトを取り返そうと必死に攻撃を加えるがクァールの視線はシズカを捉えて離さない。


 「くっ、まずい。シズカ逃げろ!」


 ヘイトを取り返せないベネットはシズカに逃げるよう伝える。

 三本の足で爆発するような勢いでクァールはシズカに向かう。

 シズカは、あまり得意ではない身体強化を使用してバックステップで距離を取ろうと試みた。

 シズカの赤いオーラの残滓が残る元居た所にクァールの右前足が地面を叩き弾けた。

 シズカはクァールの攻撃の余波を受けて後方に飛ばされ、仰向けに倒れた。

 軽装のシズカの防御力はほとんどない。

 背中を強く打ったシズカはむせた後に起き上がった。


 「とんでもないのう」


 クァールに追いついてシズカを庇うように盾を構えたベネットが再び盾を打ち鳴らす。

 

 「大丈夫か、シズカ」


 「うむ、しかし難儀な相手じゃのう」

 

 まだまだ底が見えないクァールにシズカは溜息をついた。 

 

 

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