第25話
フィルがゴブリンを倒してすぐ、二人は迷宮探索を打ち切って帰還することにした。
とてもではないが、迷宮探索を続ける気にはならなかったからだ。
そして、初めての迷宮探索を終えた明くる日。
フィルは、マーサの錬金工房へと仕事に来ていた。
「マーサさん、精力剤の材料になる薬草を売って欲しいんですけどありますか?」
「精力剤? ああ、昨日はゴブリンを倒してきたのかい?」
「はい、暫くはゴブリンの洞窟に通うつもりなんですけど、薬草が欲しくて」
フィルが精力剤を作ることにしたもう一つの理由はマーサの錬金工房にある。
なんといってもここはヨシュア一と言ってもいい錬金工房。ありとあらゆる薬草が手に入る。
マーサに頼んで薬草を売ってもらうことですぐに精力剤を作ることが出来ると踏んでいた。
「分かったよ。でも売ることは出来ないね。これはフィルちゃんへのプレゼントだ」
マーサは複数の薬草をフィルに手渡す。
「えっ、でも…」
「子供が遠慮なんかするんじゃないよ。フィルちゃんにはいっぱい手伝ってもらってるからね」
「ありがとう、マーサさん。僕これからもいっぱい働くよ」
フィルは感謝を伝え、笑い合う。
フィルはいつも通りのマーサの雰囲気にほっとしていた。もしかしたらいきなりゴブリンを倒しに行ったことを怒られるかもしれないと思っていたからだ。
そして、フィルはもう一つの本題へと入った。
「えっと、実はもう一つお願いがあって」
「あら、珍しいね。フィルちゃんがそんなにお願いしてくるなんて」
マーサは興味深そうにフィルの話に耳を傾ける。
「僕に弓を教えてくれないかなって」
フィルのもう一つのお願いは弓の指南を仰ぐことだった。
種族的に弓の名手であるエルフの、それも数百年を生きるマーサの弓の腕は相当のものだと思ったフィルは、これから迷宮で弓を使っていくなら本格的に弓を学ぶ必要があると思っての判断だった。
「おや、私でいいのかい? 弓は暫く使ってないんだけどねぇ」
いきなり弓を教えてくれと言われたのにも拘らず理由すらも聞いてこないマーサを不思議に思ったフィルだが、断られないならいいかと思い直す。
そして、やはりマーサは弓の心得があるようだと胸を撫で下ろす。
「はい、お願いします」
「じゃあ、今日の分終わったら早速始めようかねぇ」
「えっ、店はどうするんですか?」
「昼過ぎまで客はこないから大丈夫さね」
閉店時間が過ぎてから指南を乞おうと思っていたフィルは驚いたものの、午前のうちは大丈夫とのことで、仕事を早く終わらせようと張り切って作業を進めることになった。
今日の分の作業を終えたフィルは、マーサの家の裏庭へとやってきた。
薬草園を兼ねている裏庭はかなりの広さがあり、庭壁は高く頑丈な造りをしており、射撃や魔法訓練用の的も設置されていた。
先に行って待っているように言われたフィルは、始めて見るマーサの家の裏庭の光景に圧倒されていると弓を二張と矢を携えたマーサがやってきた。
「フィルちゃんにはこの弓をあげようかね。多分引くことも出来るだろうさ」
そう言ってマーサが差し出した弓は細かな装飾のされた鳥は羽ばたいたような形状の白く美しい長弓だった。
「これは?」
「エルフィンボウって言ってね。昔私が使っていた弓さね」
年代物のようで劣化などが気になったフィルだが、マーサが保存の魔法をかけており問題はないらしい。
フィルはありがたく受け取り、試しに弓を引いてみる。
「うわ、かなり硬いですね」
「でも、引けないわけじゃないだろう? あとは慣れさね」
「わかりました」
それからみっちり三時間ほどマーサの指導を受けたフィルは、くたくたになりながら帰路に就いた。
「弓だけじゃなくて矢もこんなに貰っちゃってマーサさんには頭が上がらないな」
鏃は付いてないから自分で用意しなさいと矢筒毎渡されたフィルは思わず呟いた。
狩猟で使ってた矢らしく鏃を必要としていなかったようだ。
「鏃はティナさん達に作った経験があるからすぐに作れそうだけど」
先日の経験のおかげで作ることは出来るが、素材を何にするか考えていた。
「鉄かなやっぱり。あ、青鋼の余りがあったな」
そこでフィルは、刀とチェインメイルに使った青鋼に余りがあったことを思い出す。
「レオに青鋼の余りが出るのか聞かれたことがあったっけ。このことをあの時から考えていたのかな」
小刀を完成させたとき、レオに聞かれた時があった。
いずれこうなることが分かっていたのだろう親友に己のわがままで随分気を使わせてしまったとフィルはもう一度謝罪しようと心に決めた。
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