閑話1-1
錬金術師マーサの朝は早い。
日が昇る前に目を覚まし、顔を洗った後に朝食を作る。
朝食が済んだらフィルが来るまでの間、当日製作するポーションの素材の仕分けを行う。
今日は時間が余ったので紅茶を飲みつつフィルを待つことにした。
「マーサさん、おはようございます」
「おはよう、フィルちゃん。今日は卒業式だったかい?」
フィルが探索者養成学校に通い始めてから半年が経っていた。エルフのマーサからすれば半年など一瞬に過ぎないが、そんな短い期間で随分フィルも見違えたものだと思っていた。
最初の数か月は毎朝回復魔法をかけてあげないといけないほどひどい筋肉痛に襲われていたのに、今ではすっかり逞しくなっていた。
「それでマーサさん、明日からなんですけど」
「分かってるよ」
フィルからの申し出で、当面の迷宮探索は一日おきに行い、探索する日は錬金工房での仕事は休むということになっていた。
これは、危険な迷宮探索に魔力を減らした状態で行かせるわけにはいかないので、マーサは言われずともそうするつもりだった。
少し寂しくなるがフィルの命には代えられない。
「ありがとうございます。今日も頑張りますね」
それからはいつものようにフィルと他愛もない会話をしながらポーションを作っていく。フィルが最近になってやっと作れるようになった魔力水の練習を挟みながら。
フィルが学校へと行く頃、マーサは作ったポーションを棚へと並べ始める。
メインとなる顧客が迷宮探索者である錬金工房は、午前のうちにはほとんど客は訪れない。
迷宮探索をする前にポーションを買いに来る者がいないわけではないが、そういった者は稀であり、それ以降目にすることがない者がほとんどだ。
事前に予備の分も含めて必要な量をストックしておくのが基本であって計画性のない者達がずっと生き残れるほど迷宮は甘くないからだ。
そういうわけで午前中はゆっくりと紅茶を飲みながら読書をしているマーサの元に客が訪れるのは午後からが多いのだが、これは迷宮探索を休みの日の探索者達は午前中はゆっくりと寝ていることが多いからである。
迷宮自治都市一の錬金工房と評判のマーサの店だけあって訪れる客は多く、超一流の探索者も顧客に名を連ねる。
そして、今日もマーサの元には二人の特級探索者が足を運んできた。
「世話になるぜ」
「こんにちは、マーサさん」
レオの父であるシンと母であるアレサである。
「あらあら、久しぶりねぇ」
マーサはいつも通りの笑顔で二人を出迎える。
以前からの常連である二人ではあるが、シンがここに訪れるのは一年半ぶりとなる。
「今日はポーションを買いに来たんだけど、それ以外にも用事があるの」
「レオちゃんのことかい?」
別件に心当たりのあったマーサが尋ねる。
「そうなの。あの子ったら独立って言ってもあれからなんにも連絡してこないのよ」
種族的な決まり事とはいえ、レオを独立させたのはアレサ達である。そんな自分達から様子を見に行くようなことはし辛いものの、寂しさも心配もある。そこで様子を知ってそうなマーサを訪ねたということである。夫婦そろって。
「今日は卒業式だってフィルちゃんが楽しそうにしていたよ。レオちゃんも元気にやってるみたいだよ」
「そう、フィル君も頑張ったのね」
レオはもちろん、フィルのことも気にかけていたアレサはほっと息をつく。
「そうそう、レオちゃんは一度模擬戦で負けてから凄い気合いだって言ってたねえ」
「あん? レオが負けただあ? どこのどいつだ」
興味が無さそうにしながらも、聞き耳を立てていたシンは、聞き捨てのならない言葉を耳にしてマーサに詰め寄る。
「こら、シン。マーサさんに失礼でしょう?」
「いいんだよ。シンちゃんもレオちゃんが心配なんだろうさ」
「いい加減シンちゃんは止めろよ…」
マーサにとっては、レオのような子を持ついい年をした大人も駆け出しの頃に緊張した顔つきで店の敷居を跨いでいた少年となんら変わらないものだった。
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