第22話
最近では、雪もすっかり降ることもなくなり、気温も上がってきて春の訪れを感じ始めたよく晴れたこの日、迷宮自治都市では探索者養成学校の卒業式が行われることになっている。
勿論それはフィル達の通う第三探索者養成学校も例外ではなく、彼らは翌日から正式な探索者として活動することになる。
彼らは今、探索者養成学校のグラウンドに整列していた。
式典と呼ぶには些か規模の小さいものではあるものの、彼らの門出を祝うものであることに違いはない。
そんな彼らと対面し、演壇に立つのは第三探索者養成学校の学校長であるヨゼフである。
「皆さん、卒業おめでとう」
卒業生達はそれぞれが礼を返すが、これから長い話が始まるのかと既に辟易している様子だ。中には小声で話し始める卒業生たちもいる。
「この学校来る意味あんのかってぐらい余裕だったな」
「よく言うよ。座学の試験ぎりぎりだったくせに」
フィル達も例外ではなく二人で小声で話していた。
レオは座学の時間のほとんどを睡眠で過ごしていたので、座学試験結果が出る半月前でほとんどの学生が座学を終えるところを昨日まで補習を受けていた。
「うるせーな、終わったんだからいいんだよ」
「はいはい」
フィル達が雑談をしていると、フィルは後ろから踵の辺りを蹴られる。
「ちょっと、うるさいわよ」
「あ、ごめんね」
フィルがちらりと後ろを振り返ると、そこにはジト目をしたエリスが立っていた。
その隣にいるベネットからも睨み付けられていてフィルは震えた。
「まあいいじゃん、退屈なのは確かなんだし」
フィルに助け船を出したのは、レオとは逆側の隣にいたティナだ。
「フィルっち達は明日からどこに潜るの?」
続けてティナは明日からの迷宮探索について聞いてくる。
「ゴブリンの洞窟かな。早めに人型の魔物を殺せるようになった方がいいってレオが」
「ええっ、マジで?」
ヨシュア周辺にあるビギナーダンジョンは三つある。
全二階層でゴブリン種しか出てこないゴブリンの洞窟、全一階層でスライムのみが生息するスライムの森、全五階層だが、三階層までがビギナーダンジョン扱いで、四、五階層は中級ダンジョン扱いの特殊なダンジョンである獣の楽園の三つである。
副産物が鉱物のみで、実入りが少ないゴブリンしかいないこととゴブリンのその生態から特に女性の探索者から嫌われているゴブリンの洞窟は最も人気がないビギナーダンジョンだ。
なので、ティナの反応は至極当然のことである。
「ティナさんたちはどこいくの?」
「うちらはスライムの森かな。獣のところより断然人少ないだろうしね」
スライムは物攻撃を無効にする性質を持つことから魔法職の独壇場となる特殊なダンジョンだ。探索者は物理職が圧倒的に多いし、魔法職の探索者もパーティーメンバーが物理職ばかりだと敬遠することから、スライムの森には魔法職のソロか魔法職が多いパーティーぐらいしか潜らない。
全員が魔法職でもあるティナ達のパーティーは独占も見込めるスライムの森に潜るのが稼げると判断したのだろう。
「ふーん、見事にバラバラなのね。あたしたちは獣の楽園よ」
ティナも会話していたからだろうか、思わずといった感じでエリスも会話に混ざってくる。
獣の楽園はその名の通り獣型の魔物、魔獣とも呼ばれるものが現れるダンジョンだ。ここは一階層当たりの面積が一番広く、食用の肉や毛皮が手に入り果実や薬草も手に入ることからビギナーダンジョンの中で最も稼げて人気のあるダンジョンである。
「あー、やっぱりそこなんだ」
「無難よねー、人多そうだけど」
エリスに振り返るついでにベネットを視界に収めたフィルは少し残念そうに答える。
女性だけのパーティーがゴブリンの洞窟に行くわけがないし当然のことではあるのだが、同じダンジョンであれば会える可能性がある以上、少しだけ期待していたのだ。
ただ、獣の楽園は人気があるだけあってビギナー探索者のほとんどが潜ることから獲物の取り合いなどのトラブルが絶えない場所ではある。
「対人トラブルには気を付けて」
「うん、ありがと」
雑談を交わしながらしばらくすると、ヨゼフの話がどうやら終わるようだ。
「…都市の明日を担う諸君の活躍に期待します」
散発的な拍手が上がり、卒業生達は解散していく。
「フィルっち、これからあれ取りに行っていい?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
「えっ、どういうこと?」
ティナは以前にフィルに依頼していた鏃を受け取りにいってもいいかと声をかけると、その話に興味を持ったエリスがどういうことか尋ねてきた。
「ああ、実は…」
それからフィルは家が鍛冶屋であること、一年半前に父親が死んでからは家を継いで一応鍛冶を本職としていること、それを知ったティナ達が鏃の製作を依頼してきたこと等を話した。フィルの事情を初めて知り、エリスは大層驚いているが、なにも驚いていたのはエリスだけではない。
「それは本当のことなのか?」
エリスとパーティーを組んでいるベネットもその一人だ。
立ち止まって話をし始めたフィル達に付き合うように足を止めた彼らのパーティーメンバー達は全員がフィルの話を聞いていた。
それどころか、目立つ存在であるレオ、シズカ、エルフの四人が揃っていることで聞き耳を立てている者達も大勢いた。
「それは間違いねーぜ。ついでにこいつは錬金工房でも働いている」
フィルの代わりに答えたのはレオだ。
フィルが嘘をつく理由もないのだが、本人が答えるよりもレオが言った方が信ぴょう性も増すだろう。
「それであの体たらくと。仕事をしながらでは仕方がないものじゃな」
シズカも納得がいったように頷く。
口や態度には出さなくてもフィルのことをよく思っていなかった者は少なくない。だが、今回の話を聞いて認識を改めた者も出てきていた。
「そうか。なにも知らずにすまなかった。君のことを軟弱者と呼んだことを謝らせてほしい」
「いいですよ。本当のことだし」
ベネットは事情も知らずにフィルを蔑んでいたことを詫びた。探索者のことを舐めた身の程知らずがなんの覚悟もなくここに来ているのだと決めつけていたのだ。レオという強力な仲間がいるからいい気になっているのだと。
学校の訓練で頑張っているのは知っていたが、そんなことは当然であってそれでもやっとヒーラーのエリスに勝てるようになったぐらいの実力しか身に付けていないフィルは評価するに値しなかったのだ。
だが、そもそもの環境が違った。ベネットは孤児院育ちとはいえ、鍛錬をするには恵まれた環境だったのに対し、フィルは仕事をしながらなのだから鍛錬も最低限しかできなかっただろう。
確かに入学前の時点で基礎体力すらないことはフィルの落ち度ではあるが、全ての者が自分と同じかそれ以上の環境だと思い、それが当然だと、他人もそれだけの時間があっただろうと決めつけていたベネットは己の狭量を恥じた。
「バカ猫と違って偉い」
「誰がバカ猫だ、犬っころ!」
マロンとレオがいつもの口喧嘩を始める。
フィルはそれを見て苦笑を浮かべつつベネットに手を差し出した。
「じゃあベネットさん達も頑張ってください」
「ああ、そちらもな。応援している」
フィルとベネットは握手を交わす。
フィルは最後にベネットと少し仲良くなれた気がして心から喜んだ。
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探索者養成学校編完結です。
閑話を2話ほど挟んで新章へ移る予定です。
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