第20話
第三探索者養成学校のグラウンドでは、二人の少年と四人の少女が向かい合っていた。
「フィル、支援魔法を頼む。その後はオレのフォローを頼む」
「わかった、いくよ」
その二人の少年のうちの一人、レオがもう一人の少年のフィルに支援を頼むのと同時にレオの体が青いオーラに包まれる。
支援魔法の筋力強化と敏捷強化を受けたレオは、ふんっと気合いを入れて身体強化を発動する。すると、レオの体は青から紫にオーラの色を変え、一度木刀を振って強化の程度を確認してから構え、舌打ちする。
(ちっ、厄介だな)
目の前に現れたのは土くれで出来た体長二メートルを超える二体の人型の人形のようなもの。土の、地の精霊ノームが土や岩で作られた装甲を纏い、岩石質の剣と盾を手にして堂々と待ち構えている。
そして、その後方には炎に包まれた二匹の蜥蜴。火の精霊サラマンダーが炎を吐きながら威嚇する。
更にその後方、最後方には横一列に並び、矢を番え弓を構える四人の少女、活発な印象を与えるティナ、ちょっと破天荒なフィナ、控えめなニーナ、礼儀正しくお淑やかなレナの全員金髪碧眼であり、長耳を持つ整った容姿をしたエルフの少女たちが控える。
これが、現在第三探索者養成学校で最も特級探索者に近いと言われるパーティーである通称エルフ四人娘だ。
個人での能力や素質では、レオやシズカの方が上だろう。しかし、パーティーとなったらその評価は覆る。
元々種族的に適性のある弓に関してはエルフは全員達人であり、彼女達も例に漏れず達人である。それに加えて精霊魔法、地の精霊ノームはその頑丈な装甲と痛みも感じなければ回復も不要な優秀な盾役をこなし、火の精霊イフリートは炎の息を吐き、その炎に包まれた体で突撃することで受け止めるのが困難な近接攻撃を繰り出す遠近両用のアタッカーを務め、風の精霊シルフは風の障壁で防御とかまいたちのような遠距離攻撃を可能とする。また、水の精霊のウンディーネは傷を癒すといったそれぞれがパーティーメンバーに匹敵する活躍をすることができる。
これでまだ初級の精霊なのだ。精霊魔法にもっと精通すれば火の上位精霊イフリートや上位属性である氷の精霊フェンリルなど更に強力な精霊を行使することができるようになる。
四人でありながら隙のない八人パーティーを実現する様は正に最強と呼ぶに相応しい。
その四人組とフィルとレオが向かい合っているのは、本日からパーティー戦が開始されたからである。
それは、探索者養成学校の卒業まで一か月を切ったということであり、フィル達が他のパーティーメンバーを加えることができなかったということを意味する。
「フィルっち、勝たせてもらうよー。いけっ、ノーム!」
ティナの声と共に二体のノームが動き出す。それと同時にレオも動き始めた。
「おらあああ!」
レオは気合いの声を上げ、一体のノームを木刀で横凪ぎで吹き飛ばす。
が、それと同時に二つの炎の息と四本の矢がレオに襲い掛かった。
(全部は躱せねぇ!)
レオは返す刀で三本の矢を同時に弾き飛ばし、炎の息を屈んで躱した。
「ぐっ」
しかし、雷属性を宿した一本の矢がレオの太ももに当たる。
模擬戦用なので、先を丸めた矢を使用していることで刺さることはなかったが、属性を帯びた矢が当たったため一時的に痺れて動けなくなってしまう。
「レオ!」
もう一方のノームを相手取ろうと駆けていたフィルが叫ぶ。
今までの模擬戦で相手の攻撃をまともにもらった事が無かったレオが開始早々に矢を受けた事に動揺していたのか。遠隔攻撃手段を持つ相手との初めての対戦でどういった立ち回りをしなければいけないのかが分からなかったのか。様々な要因があったにせよ、フィルは致命的なミスを犯す。
「バカ、自分の心配をしろ!」
レオを注意したときには既にフィルの目の前に四本の矢が迫ってきていた。
エルフの四人から視線を切っていたため、矢を射られていることに気付かなかったのだ。
「フィルっち、ちゃんとこっちも見てないと駄目だよ?」
「うわあああ!」
フィルの胴体に着弾した四本の矢にはそれぞれ雷属性が宿っており、フィルは為す術なく倒れた。
「フィルっちいっちょ上がりー! まだやる?」
「へっ、生憎諦めが悪いんでな」
レオは地面を強く踏みしめると弾丸のように飛び出した。身体強化と敏捷強化を合わせた速度は、身体強化を施した黒狼族のマロンの速度をも上回る。
未だに倒れたままのノームの一体を踏み砕き、その後方にいたサラマンダーの頭部に木刀を上段から振り下ろす。
「やばっ」
精霊を二体倒されたティナ達は、焦りから射撃のタイミングがずれ、一矢ずつ叩き落されていく。
「ノーム!」
フィナの呼びかけにレオの背後から無事なノームが岩の剣を叩きつけるように上から振り下ろした。
「音でばればれなんだよ!」
重量のあるノームから発せられる足音から接近に気付いたレオは、横に飛んでノームの攻撃を回避する。
「そこっ!」
「サラマンダー!」
ティナの合図と共に、挟み撃ちの形になったレオの後方から矢が四本放たれ、フィナの声に反応したサラマンダーがレオの側面から炎の息を吐き二方面からの攻撃を成立させる。
「ぐっ」
レオは木刀を振った風圧で炎の息を割り、直撃を避けつつ矢を数本弾いたものの右肩に一本矢を受けてしまう。
木刀を両手から左手一本に持ち替えたレオは、息をついて様子を窺う。
一番レオに近いのはノーム、次いでサラマンダー。エルフの四人はレオを警戒してか、距離を取って弓を構えている。
全力でエルフの方に走って向かえばノームとサラマンダーを置き去りにできるだろうが、矢を躱しつつ懐に潜り込み四人を相手取っていればすぐに追いつかれるだろう。
かといって近くの二体を先に仕留めようとすれば後方から矢を射られて負けてしまうだろう。
まずは数を減らさないことにはどうしようもないし、挟み撃ちの形をどうにかしないと勝ち筋が見い出せない。
そこでふとレオは、弓の射線上にノームかサラマンダーを入れて戦えば撃ってこないんじゃないかと思いつく。
味方に当たる可能性があるならば躊躇して撃ってこないはずだと、間近にいたノームをまず仕留めようと弓の射線を意識しつつ襲い掛かった。
後方も警戒しつつ僅か数合でノームを倒したレオがまず一匹と僅かに意識が逸れたと思われた瞬間、弓を射る音が聞こえてきて咄嗟に地面に倒れ伏すと、ノームに一本矢が当たったのが視界に入った。
(まさか、撃ってくるのか。いや、よく考えれば当然か)
対面していたのは人ではなく精霊。これが人だったら躊躇っただろうが精霊なら怪我もしなければ死にもしない。対価の魔力を消費しきればただ還るだけだ。
「あれも躱しちゃうのかあ…」
ティナ達はレオの戦闘センスに戦慄を覚える。確かにティナ達から意識が逸れたはずだったのだ。
刀術や弓術には残心という概念がある。相手を倒したと思っても心身ともに決して油断をしないという考え方だ。倒れた相手が実際は擬態であり、油断をした隙に反撃を加えてくるという可能性がある。レオは刀術の"レシピ"にそのような考え方があると知ってそれを実践していた。
(やっぱり弓は厄介だな)
レオはサラマンダーを無視してエルフ達を片付けることに決めた。
フィルの支援魔法がいつ切れるか分からない以上、早めにケリをつけなければ劣勢は覆せないと考えたからだ。
レオはぐっと足腰に力を込めて身を屈める。どうやら最初に受けた太ももにも次に矢を受けた肩にも異常はないようだと判断したレオは木刀を両手に持ち替え、エルフ達に向かって駆け出した。
「こっちに来た!」
「後退しながら射撃」
「あとあれを」
「了解です」
ティナ達は、レオをけん制するように後ろ走りで矢を射続ける。
それでもレオは矢を時には躱し、時には木刀で弾いてぐんぐんと差を詰めていく。
そして、あと一歩で間合いに入ると思われた瞬間、レオの眼前に岩の壁が現れた。
(なっ!避けられ…)
最高速で走っていたレオは急には止まれない。目の前に現れた壁に激突したレオは、後方へ弾き飛ばされた。
飛ばされながら後方へと目を向けたレオは、ノームとサラマンダーがいつの間にかいなくなっていることに気付き、何が起きたのかを理解した。
(精霊を呼び戻したのか)
目の前に現れた壁は四体のノーム。レオと激突した二体のノームはレオと同様に倒れていたが、残りの二体がレオの右腕と左腕を拘束するように掴んだ。
「ここまでだね」
ティナ達がそれぞれレオに照準を合わせて弓を構えていた。
(ああ、負けちまったなあ)
戦闘中の、しかも弓を射ながら逃げ回っているあの短い時間の中で精霊を一旦帰還させて呼び戻すなんて芸当ができるとは到底思っていなかったレオは、まだ自分がエルフを甘く見ていたのだと気付き、己の敗北を悟る。
「そこまでだ」
テリーがパーティー戦の終了を告げる。
レオが探索者養成学校に入学して以来初めての敗北だった。
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