第14話

 帰宅したフィルは、レオと共に朝食を食べてから探索者養成学校へと向かう。


 「お、普通に動けてるのか」


 「マーサさんに治してもらったんだよ」


 「あー、あのばーさんか」


 てっきり筋肉痛で動けないものだと思っていたレオは、フィルに問いかけると理由を聞いて納得していた。

 レオも錬金工房のマーサのことは知っている。そもそも、ヨシュア一のポーション店として有名なマーサの錬金工房に探索者であるレオの両親が買い物に行ったところ、近くにあった鍛冶屋に立ち寄りフィルの父親の腕に惚れ込んだのが出会いのきっかけであるので、レオも何度か立ち寄ったことがある。


 「んだよ、動けねーってヒーヒー言うと思ってたのによ」


 「治してもらうまではそうだったよ」


 レオに揶揄われながらもフィルは楽しそうに通学路を歩いていく。

 いつも通りの雰囲気はやがて、教室に入ると一変する。

 二人が入った途端にがやがやとしていた会話は止み、こちらに向けられている瞳に好意的なものはない。

 レオには怯えや怒りの感情が、フィルには侮蔑、嘲笑、嘲りの感情が見て取れた。


 「席に行こうぜ」


 どうやらやりすぎたらしいとレオは内心舌打ちしつつ、委縮しているフィルを連れて席に座った。


 「ちょっとあんた」


 レオの席の前に両手を腰に当てて仁王立ちするエリスがそこにいた。

 教室内に騒めきが起こる。まさか、非力な人族の少女があれほどの力を見せつけたレオに絡みに行くとは誰も思わなかったからだ。

 それまでレオを睨み付けていたゴンソとサブも唖然としている。


 「あん?」


 レオはエリスに胡乱げな目を向けた。


 「あんなになるまで殴ることないでしょ? 大変だったんだからね!」

 

 鼻骨が折れたとともに噴き出た鼻血が気道につまり結構危ない状態だったらしい。


 「ああ? 先に殴りかかってきたのはあっちだぞ。それともなにか、おとなしく殴られてろってか?」


 レオはエリスを睨み付け、フィルは止めようかとあわあわしていた。


 「そんなこと言ってないでしょ! あんただったら殴り返さなくても抑えつけることぐらいできたでしょ?」


 「できたからなんだ?」


 「なっ!」


 「お前はダチが馬鹿にされても黙ってんのか?」


 レオの言い草に怒りを覚えたのも束の間、次いで紡がれた言葉にエリスは言葉が詰まったのか黙り込み、止めようとしたフィルの動きも止まった。


 「そ、それは…」


 「オレのダチを馬鹿にしたばかりか、実力差も分からずケンカ売ってきたバカを返り討ちにしたオレが悪いってか。おめでたい頭だな」


 動揺した様子のエリスにレオは更に追い打ちをかける。


 「その辺にしとけ、エリス。彼の言い分もそう間違ってはいない。レオ君だったか、君もそろそろ収めてくれないか」


 「ベネット…」


 仲裁に来たのかベネットはエリスの肩に手を置いて止めてから、レオに目を合わせて矛を収めるよう促す。


「あんな野良猫に関わるだけ無駄」


 いつの間にかベネットの隣に来ていたマロンもエリスも止めに来たのかと思いきや、なぜかレオに喧嘩を売っていた。


 「ああ? 誰が野良猫だ、犬っころ!」


 「犬じゃない。わたしは誇り高い狼」


 「オレだって獅子だ。猫扱いすんじゃねぇ」


 白獅子族のレオと黒狼族のマロンの子供の喧嘩のような罵り合いが始まった。


 「まあまあ、レオもちっちゃい子相手にムキにならないでよ」


 こんな小さな子とレオが殴り合いにでもなったらたまらないと慌てて二人の仲裁に入るフィル。


 「ちっ」


 「ちっちゃくない、レディ」


 「あ、ごめんね」


 フィルはレオには舌打ちされ、マロンには怒られてしまったので謝った。

 なんとか騒ぎは収まったが、フィルに向けられる視線は冷たい。昨日の醜態を晒した様が響いているのが見て取れた。

 レオも不機嫌そうにしているので、フィルに視線を送っていた者達は慌てて眼を逸らすが、教室内の空気はかなり悪くなっていた。


 「騒がしかったようじゃが授業を始めるぞ」


 ハンスが現れたことで幾人かがほっと息をつく。

 訓練学校二日目は最悪な雰囲気の中始まった。

 

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